エピローグ

第41話 ハーレム疑惑の晴らし方

 毛無峠にはまだマスコミが多数残留していた。

 五月とユーエンは県道側ではなく毛無山側に登ったところに空間歪曲で移動。

 そこから通い慣れた道を通って裏口から県支所に入る。

 そのまま裏階段を4階まで登って廊下を歩き、講習室3横の休憩室へ。

 聞いていた通り鍵は開いている。中へ入って窓際へ。

 ちょうどバス降車場が見下ろせた。

 いつもの休日ならもう人が少なくなり始める時間。

 でもやはり記者会見の影響があるのだろう。

 マスコミだけではなく一般の観光客もかなり多い。


「大丈夫、見える範囲にはいないわ」

「次のバスは16時03分。もうすぐ到着」

「おそらくそれですね」

 言っている間に路線バスが降車スペースに入ってくる。

 窓にポリカーボネイトの強化板をつけた頑丈そうな魔界専用バスだ。

 バスから全員降りてくる前にユーエンが五月の方を見て小さく頷いた。

「いました。2人です」

 走り出したユーエンに続いて五月もついていく。


 1階まで降りたところでユーエンは速度を緩めた。

 目立つのを避けるためだろう。

 同時にかぶっているニット帽手の耳の部分を手で確認している。

 周りはユーエンにも五月にも気づかない。

 2人は人の多いバス降車場から展望台への動線を横切りロッジの方へ。

 ロッジの中には入らず建物影の方へ。

 ここまで来て五月はやっと対象を目で確認する。

 女2人組。年齢は五月よりちょっと上だろう。

 1人は携帯電話をかけているが相手が出ない様子だ。

 もう1人はそれを心配そうに見ている。


 ユーエンはためらわず2人に声をかけた。

「シンジさんなら出ませんよ。マスコミからの問い合わせで酷いことになっていますから」

 2人、聖奈と駒絵がはっとユーエンの方を見る。

「あなたは……」

 駒絵の問いにユーエンはニット帽の右耳のところをちょこっと上げて見せる。

「!」

「シンジさんに会いに来たのでしょう。御案内致します」

「何で。誰にも連絡とっていないのに」

 確かにいきなりでは驚かれるだろうなと五月も思う。

 でも今は時間も無いし他に見つかる訳にもいかない。


「種明かしは後です。ここで見つかると面倒なので移動したいのですが、どうされますか」

 聖菜が駒絵の方を見て頷く。

「お願いします」

「ではついて来て下さい」

 ユーエンはそう言って歩き始める。

 来たのと同じ毛無山方向へ。

「あれ、この方向?」

 てっきり県道を城方向に向かうと思っていた駒絵は意外に思う。

「あっちはマスコミが多い」

 五月の説明で駒絵も納得。

 確かにマスコミの車が県道の片側をびっしり埋めて駐車している。


「ご心配なく。でもちょっと登ります」

「大丈夫、一応運動靴だし」

 だれにも見とがめられず県支所の裏まで辿り着く。

 ここまで来ると周りに人はいない。

「ねえ、2人っておに、真司さんとどういう関係なの」

 聖奈の質問にユーエンと五月はちょっと考える。

「えーと、私の立場は仕事の依頼者でしょうか」

「護衛兼料理人。今のところは」

 微妙な雰囲気と微妙な回答だ。

 本当は聖奈はもっと詳しく聞きたいし問い詰めたい。

 でも今はまだその時じゃないと彼女は思う。

 とりあえず真司おにいちゃんを確保してから。

 5分ほど歩いたところでユーエンは立ち止まった。

「ここでいいでしょう」


 ユーエンの台詞とともに4人の周りの風景がぼやけ、次の瞬間。

「!」

「ここって……」

 石造りに白い塗り壁の部屋の中。

 窓からは破風山が峠からとと角度を変えて見えている。

「ええ、カフネルズ城塞、通称では魔王アスモデウス城の中です。ここは2階の会議室、玄関のちょうど上の部屋です」

「ユーエンは瞬間移動テレポーテーションが使える。ただしこの付近限定」

 駒絵と聖奈は状況を飲み込むのに約1秒かかった。

「それでお兄ちゃんは? どこ?」

「シンジさんはこの下の部屋で事務仕事中です。これから案内致します」

「ここにいるのね」

「ええ」


 聖奈は自分の胸を押さえる。

 心臓が波打っているのがわかる。

 お兄ちゃんがすぐそこにいる。

 お兄ちゃんは昔とどれくらい変わったのかな。

 今の私はどう見えるかな。何を話そう。

 まず何と挨拶しよう。

 会うのが怖くないかと言えば嘘だ。

 でも会うために伝えるために来たんだ。だから。

 聖奈は首を軽く振って前を見る。

「お願いします」

 ユーエンは頷く。


 ユーエン、聖奈、駒絵、五月の順で部屋の外へ出る。

 広い中央廊下をちょっと歩くと左に中央階段。

 一度奥に行き戻ってくる形で階段を下りると、そこはもう玄関だ。

 前に見える扉のうち、左が警察・自衛隊関係の部屋。

 右側が県庁派遣者が昨日まで作業をしていた部屋で、月曜からは県庁派遣者、嬬恋村派遣者、そしてこのカフネルズ城塞の事務室になる部屋だ。

 ユーエンが右の扉を開く。


 部屋に入った聖奈がまわりを見る。

 微妙に年代物っぽいテーブルをいくつか合わせた事務スペースが2か所。

 そこで書類整理をしている県支所から臨時で来た事務員2人。

 その奥に更にテーブル2個を横に並べノートパソコンとプリンタが置かれている。

 そのノートパソコンを操作していた男が、中に入ってくる人の気配を感じてこちらに視線を向けた。

 多分5年前と同じ眼鏡。

 式典のために整えたと思われる髪。

 灰色のTシャツは『楽で汚れが目立たない』という不精な理由で愛用していた奴。

 顔はちょっと日焼けして精悍な感じなったかな。

 でも間違いない。

「お兄ちゃん……」


 真司の視線が駆け寄ってくる聖奈に向く。

 ちょっとの間の後真司は誰か気づいた。

「って聖奈ちゃん、どうして」

「お兄ちゃん! お兄ちゃん……」

「聖菜は某北大学工学部4年であんたの後輩、そして競技旅行部4年で私の可愛い後輩よ」

 真司はぎくっという感じで固まり、そして恐る恐るという感じで視線を向ける。

「って和泉、お前まで」

「あんたが起こした面倒の回収役は、何故か大体私なんでね」

 駒絵はそう言ってからユーエンの方を向く。


「改めて始めまして。私は和泉駒絵と申します。某北大学で鶴川君の同級生でした。

 突然で大変申し訳ありませんが、鶴川君はこの城に泊まっているのでしょうか」

「本当は峠のロッジにも部屋は取っているのですけれど、マスコミがあの様子で当分帰れないので、この城塞に泊まっています」

「でしたら大変申し訳ないのですが、私と聖奈を今夜泊めていただけないでしょうか。勿論費用はお払いします」

「部屋は空きがあります。シンジさんの御友人なら御代を頂こうとは思いません」

「ありがとうございます。それで」

 駒絵は真司の方を見る。

 真司がぎくっ、と震えたのが誰の眼もわかった。

「今夜、できれば夜通しで鶴川真司君の過去と現状とこれからについて、懇談会と糾弾会を実施したいと思うのですが、いかがでしょうか」

「それはとても楽しそうですね」

「任務了解」

「お兄ちゃん……」


 真司は頭を抱える。

 聖奈に会えたことも聖奈があの後立ち直って大学生になったことも真司にとっては驚き以上に嬉しい出来事だ。

 真司の過去に突き刺さった棘のひとつは間違いなく彼女だったから。

 しかしこの状況が歓迎できるかと言えば否だ。

 そして人間にはだれしも苦手というか天敵と言うか逆らいにくい相手がいるのだ。

 そして真司の場合、今現在真司を生暖かい目で見ている元同級生はその1人。

 味方にすると頼もしい奴だ。

 でも少なくとも今日はそうではなさそうだ。


「それでは私達はこれで」

 4人の背後で事務作業をしていた事務員2人が書類を持って立ち上がる。

 時間は午後4時30分。

 これから峠の県支所に車で向かって事務整理すればちょうど定時だろう。

「あ、お疲れさまでした」

「お疲れ様です」

 事務員2名が帰っていく。

 そして残されたのは真司と女子4名。


「それにしても女の子4人で修羅場を作るのってとっても既視感あるんだけれどな。これって鶴川君の趣味かな習性かな」

 悪魔のような笑みを浮かべる駒絵に戦きながら真司は考える。

 マスコミにつかまっても峠に逃げるべきだろうか。

「シンジさん、私の能力をお忘れですか」

 絶妙なタイミングでユーエンが真司に声をかける。

 この場合の能力とは魔眼で表層思考を読み取ることと瞬間移動能力。

 つまり真司に逃げ場はない。

「夜は長い。ゆっくりやろう。うまいものも用意する」

「それは楽しみです。ねえお兄ちゃん」

 真司は天を仰ぐ。

 この場に味方はいない。

 真司にとって人生で一番長い夜は、こうして始まる……

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