第38話 パーティ終了後

 一般招待客を載せたバスが城の駐車場を出ていった。

 これで残ったのは片付け作業をしているケータリング業者と、警察を含む県関係者、それと火曜日からこの城にいるスタッフ一同だけだ。


「県知事はあっさり帰られましたね」

 見送りに付き合って立っていた町田に真司が話しかける。

「議会説明もありますしね。その分パーティでガンガンに食べていましたし、まあいいんじゃないですか」

「何ならまたお土産持たせましょうか」

「政治家に賄賂は厳禁です」

 疲れた中にも満足感がある。


「もうこれ脱いでもいいですよね」

「望遠レンズもあるので城塞に入ってからですね」

 真司は服の重さを何故か実物以上に感じる。

 ちなみに真司が式典やパーティで着ていたのは上下黒のフロックコートに白シャツ蝶ネクタイという服装。

 余りに不自然すぎて違和感半端ない。

 それでもユーエンや五月の黒ドレスと併せるにはこれ位は必要だろう。

 そんな訳でユーエンが城の倉庫から探し出してきた服をサイズがほぼ合うのをいいことにそのまま着ている。

 ちなみに女性陣が着ていた服装は、ユーエンが着ると上品目のゴスロリで五月が着ると黒ロリだ。

 デザインはほぼ同じなのだけれども。

 これらの服も日曜日に城の倉庫から探し出した物だ。

 城の職人らしい男性にユーエンと五月に合わせて仕立て直してもらっている。

 どちらにも冗談みたいに良く似合っていたのだが、どちらを好みとするかはファン層によって大きく偏るだろうなと真司は思っている。

 後で掲示板を調べてみると面白そうだ。


 なお、ついぞ表に出てこなかったマーロンだが趣味で製造した肉加工品を大量に没収されて怒っているかと思いきや、評判が良かったことに喜んでいるらしい。

 本来の城の空間管理の仕事とユーエン達の手伝い。

 でも今は時間のかなりの部分を食肉加工業に割いているとの事だ。

 今日はこれから県庁出張組と現に警備に就いている隊員以外の機動隊派遣組とでささやかな宴会の予定。

 パーティで出された料理は壊滅状態だが少し余分に作った分があるとの事。

 機動隊の連中は明日で長野原警察署に新設された警備課警戒係の係員と交代。

 県庁から派遣の今の人員も明日で撤収して月曜日からは毛無峠の支所配置扱い。

 県庁から2人、嬬恋村役場から2人が通いで来るとの事。


 それでもおそらくユーエンも真司も五月も、当分は忙しい日々が続くだろう。

 土日はさすがに城の掃除と片付け以外は休むつもり。

 でも既にマスコミからの取材要請は相当数溜まっている。

 この城関係一切を管理するための会議も来週から始まる。

 幸い県庁が人員2名を派遣してくれるので何とか仕事は廻るだろうが。

 だがまあ、とりあえず対外的な作業は月曜から。

 記者会見でもそう宣言してあるし、今週は片付けに専念すればいいだろう。

 真司らが玄関入って左の通称『役場スペース』に入った時には、中はもうパーティの準備が出来ていた。

 というか既に始まっていた。

 真司達もすぐにその中に加わる。

 今日まで2泊3日をここで過ごしたのだ。

 もう全員顔は憶えている。

 下手な遠慮も今日はいらない。


 機動隊連中の食欲を考慮して用意した肉類がユーエンと五月相手に半壊したり。

 衆目の中五月に告白して玉砕する機動隊員がいたり。

 そんな感じでなかなか盛り上がる中、ふと真司とユーエンの眼が合う。

 周りは色々騒いだり食べ物に夢中になったり。

 ちょうどここだけエアポケットのように切り離されている。

 このチャンスにユーエンは気になっていた質問を真司にしてみようと思った。

 気になっていたけれど怖くて聞けなかった質問だ。

 今のこの雰囲気に流されないと二度と聞けないような気がしたから。


「シンジさん、ひとつ質問させていただいていいですか」

「改まって何?」

 真司は何でも無いような顔で振り返る。

「山で2回目に逢った時の事です。私は魔眼で表層思考を読めると言った。そう確かに言った筈です」

「確かに聞いているけど、それが何か」

「普通はそんな事を聞いたら私の事を警戒します。現にあなたもそれは理解している筈。だからこの城で話し合った時、このことは他には話すなと言ったのでしょう」

「その通りだけど」

「ではなぜ、あなたはそんなに平気なんですか、警戒しないんですか」

 すっとユーエンが聞きたかったのはこの事だ。

 ユーエンの友人も教師役も両親さえもがこの能力を警戒していたしユーエンと目を合わせないようにもしていた。

 ユーエン自身もそれが普通だと思っていた。

 例外はシンジに会うまでは1人だけ。

 特異な能力なしにユーエンの前をマイペースで歩いていてその癖ついぞ追い抜けないままの1人だけ。


「僕も表情や思考様式や行動パターンである程度は相手の思考を見る。それと大差ないだろ。それに思考を読まれて傷つくのは読まれた僕じゃない。違うか」

『傷ついてるのは僕じゃない』

 ユーエンは思い出す。

 今はこの世界にあるカフネルズの街でユーエンがまだ中等学校へ入る前に少し年上でこの街で一番年が近かった少年がこともなげに言った言葉。

 今では流れた時間も大分変わった。

 少年は少女の倍近い時間を生きた上で、少女が知らない少年がかつて亡くしたものを探すためにこの街に戻ってきた。

 時は過ぎすべては変わっていった。それなのに。

「……懐かしい答が聞けました」

「そいつはいい奴だったんだろうな」

「幼馴染で昔の目標で宿敵で遠くなった人です」

「何だそりゃ」

 それでもユーエンは満足だ。そう、満足なのに……


「あ、シンジ、ユーエンさん泣かしてる」

 何故か涙が止まらなくなっているのを五月に発見された。

 とたんにどやどや集まる一同。

「出たな女たらし」

「ひょっとしてユーエンさんもお手付き済ですか」

「あーやっぱりそういう関係?」

 真司は逃げようとして失敗し、そして地蔵化した。

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