第13話 ある日の出来事

 オークリーダーのおかげで思った以上に懐具合が向上した。

 でも真司と五月は今日もいつも通り討伐に出る。

 今年は遅いようだが、もういつ梅雨に入ってもおかしくない季節。

 ある程度貯えておかないと収支が一気に悪化してしまう。

 雨の日は魔物の出現率も下がるしエアガンの故障も怖い。

 だから雨の日は討伐休みの休養日というのが一般常識である。

 もちろん真司も五月もそのつもりだった。

 だから晴れ間の続くうちはとにかく稼ぐつもりだ。


 今日も2人は毛無山の山頂近くに陣取っている。

 時刻は午後6時20分。

 そろそろ帰りはじめればちょうどいい頃合いだ。

 ちょうど魔王城側からゴブリン3頭が近づいてきた。

 あっさり2人で連射して仕留める。

 念のためBB弾を補充してから二人は歩き始めた。

 帰りは下り坂なので楽だ。

 それに西側に向いている斜面なのでこの時間でも結構明るい。

 風破山側はもう暗くなり始めていて危険な時間帯なのだが。

 途中でスライム各種5匹を追加。

 本日も順調だ。

 このままお帰りコースかな、そう真司が思ったところだった。


 前方の岩陰に男が立っている。

 顔はシルエットになってよく見えない。

 男は真司達を見かけると手を振りはじめた。

 あれは単に友好の印として手を振っているんじゃないよな。

 そう思いながら真司達は近づく。


 近づくと事態は判明した。

 手を振っているのは結構な老人。

 足腰はしっかりしているようだ。

 問題はその近くに座り込んでいる老女。

 右足だけを伸ばして足首を抑えているところを見ると足をひねったのだろうか。

 真司としては色々言いたいこともあるが、この時間なので文句は後だ。


「歩けますか」

 真司の言葉に老女は首を横に振る。

「この少し上で足をくじいて、ここまで何とか歩いてきたのだが……」

 老人が説明を始めるが詳しく聞いている程時間の余裕はない。

 夜が近いのだ。

 真司は自分のザックを下ろし中身をダンプポーチに移動。

「搬送します。ポールお借りします」

 有無を言わず老女の横に置かれていたトレッキングポール二本を手に取る。

 2本まとめてタオルで包みザックに固定。


「メイ。警戒頼む」

 五月は頷く。

 これから何をするか、五月には既にわかっているのだろう。

 五月を搬送した時と方法は同じだ。

 今回はエアガンでは無く老女が使用していたトレッキングポールで代用。

 ちなみにこれが本来の救助方法だ。

「ここに足を乗せておぶさってください。峠まで搬送します。」

 老人に手伝わせて老女を背負う。

 幸い老女は小柄で軽く真司が歩くのに支障にはならない。

 念のため中華AKの肩ひもで老女を固定して、中華AK本体は手持ちで持つ。

 体勢的に背後を見ることが出来ないので真司は五月に尋ねた。

「メイ、魔物は大丈夫か」

「ゴブリン1、200メートル東」

 ゴブリン1匹なら大したことは無い。


「では峠まで急ぎます。先に行ってください」

 老人が老女の方を気にしながら歩き出す。

 真司が思っていた以上に老人の足取りは確かで歩行速度も速い。

 だがゴブリンが気になる。

 おそらく追ってきているだろう。

 ただ今の状態では五月に任せるしか無い。

 背後方向でガサガサ草をかき分ける音が大きくなる。

「大丈夫」

 五月の声と同時にPS90HC改がカタカタ音を立てて連射。

「大丈夫ですから早く」

 とっさに足を止めた老人を先へ進むよう促し、真司自身も振り返らず進む。

 今の五月なら大丈夫。大丈夫な筈。

 10秒ほどカタカタ音が止んだ。

 背後からついてきた足音は五月のものだ。

 5分かからずに車道に出る。


 それから峠までは魔物が出ることは無かった。

 県庁支所の裏側まで辿り着いて4人は一息つく。

「すまなかったな。でもおかげで助かった。ありがとう」

「いえ、義務ですから」

 冒険者は一般人が魔物に襲われていたり魔物に襲われる危険があるときは、自分のみが危険でない限り救助する義務がある。

「その代わり支所に報告義務があるので同行お願いしたいのですが。応急手当は支所で出来ると思います」

 救助も討伐実績になるので支所に報告義務がある。

 ただお小言と罰金が待っているので自ら進んで行く被救助者は少ない。

 そう真司は聞いていた。

 救助者と直接交渉して報告をしないよう頼みこんだりごねまくる場合もあると。

「ああ、当然だな。どうせ婆さんも今日は歩けんだろうからここで一泊するし、時間はある」


 老人に対する真司の評価がちょと変わる。

 今思えば、救助後も状況説明以外はほぼ無言で余分な会話をして魔物を引き寄せたリすることもなく、また孫ほどの年齢の真司の指示にも素直に従っていた。

 本当は途中で話をしている方が気分が楽だろう。

 魔物の出る場所で立ち往生した言い訳を延々続けるなんてのもよくある可能性だ。

 二人ともそれが無かった。

 つまりはそれなりに状況をちゃんと把握できていて、かつ自分の都合でそれを曲げないという事だ。


「もう話しかけても大丈夫かね」

 真司が背中に背負った老女が口を開く。

 話によると異世界のものらしい魔王城をどうしても見たく破風山に来たこともあり、つい登山道へ行ってしまったらしい。

 ちなみに名前は老人の方が玉川崇義で老女の方が玉川静恵。

 夫婦で崇義氏は元高校教師で校長まで歴任後退職。

 現在は寺の住職をやっているとのこと。

 結構反省しているようなので真司も五月もお説教はしない。

 まあ元がひきこもりなので話すのが得意でないせいも大きいが。


 県支所での事案確認は簡単に終わった。

 玉川氏らが自分のミスを素直に認めていることと、真司の状況説明と玉川氏らの状況説明が一致していたからである。

 五月が途中でゴブリンを退治していたこともあり、救助報奨金は3万円と結構な金額になった。

 ちなみに玉川氏への罰金は6千円である。


 事情聴取が終わってついでだから宿まで送っていった。

 ちなみに静恵用には支所で折り畳み車椅子を借りている。

 なお玉川氏にぜひお礼をと言われたが真司は断った。

 報奨金が出るので礼はいらないと。

 本当の理由は面倒だったのと、五月の対人苦手タイマーが発動しそうだったから。

 ちなみに主に受け答えをしていた真司も限界近い。

 レストランでの食事も誘われたのだがもちろん辞退。

 なにせ元引きこもりなのだ。

 他人と同じテーブルで食事なんてとんでもない。何を話せばいいのだ。


 結果、受け取ったのは一枚の名刺。

 寺の名前と玉川氏の氏名住所、電話番号が書いてある。

 一応古くから群馬にいるし、知り合いも多いので何かあったら遠慮なく連絡してくれとのことだった。

 とりあえず気持ちだけいただいて老夫婦と別れる。

 ここからは2人の日常。

 いつもの晩御飯買い出しに売店へ向かった。

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