第7話 勇者の試練

 ああそうか、スマホのメッセージでいいのか。

 真司はちょっとほっとする。

 何せ女の子と真っ当に会話できる自信など無い。

 でも考えてみれば彼女=モヒカンで真正ひきこもり。

 真司以上に会話が苦手なのは当然だ。

 彼女は空色の巨大なスーツケースを真司の方に両手で押しやる。

 運搬よろしくという事だろう。

 真司は受け取る。


『歩けるか』

 メッセージに彼女は小さく頷く。

 モヒカン=彼女の顔色は良くない。

 白いを通り越して青白い。

 真正引きこもりが公共交通機関を使ってここまで来たのだ。

 疲労困憊ダメージ多大なのは無理もない。

 彼女はそれでも小さく頷き、立ち上がる。

 そんな彼女の様子を見ながら、真司はゆっくりと歩き出した。

 彼女もなんとかゆっくりついてくる。


 幸い、バス乗降場から村営ロッジはすぐだ。

 真司の足でちょうど一〇〇歩。

 ロビーに着くと彼女はどさっ、とロビーのソファーに倒れこむ。

 一息どころか深呼吸を何回も繰り返した後、スマホを取り出して真司に渡した。

『チェックイン依頼。内容は画像』

 宿泊予約の確認ページをスクリーンショットした画面が一緒に送られてきた。

 これ以上他人と会話すると瀕死のダメージを受けるので代わりによろしく。

 そういうことだろう。


 真司は画面に目を走らせる。

 画像はこの村営ロッジの予約確認画面だった。

 部屋はデラックスシングル、なかなか良くてちょっとお高い部屋だ。

 期間はなんといきなり一か月。

 つまり安否確認に来ただけではない。

 討伐参加の意思まんまんというところだろう。

 氏名は柿生五月、年齢18歳……えっ。

 どう見ても18歳には見えないような……。

 真司はソファーでぐったりしている五月を見る。

 ツインテールの髪形に小柄というか発育途上という感じの細い体。

 うん、どう見ても中学生。

 ただ真司の高校時代にも制服以外は小学生に見えた同級生もいた。

 個人の発育の誤差という奴だろうきっと。

 真司は自分にそう言い聞かせてカウンターへ。


「チェックイン1名、予約済」

「いらっしゃいませ、ありがとうございます。お名前は」

 五月程ではないが真司も決して会話は得意ではない。

 故に一言。

「この内容で」

 スクリーンショットを写したスマホごとホテルマンに渡す。

「ありがとうございます。柿生五月様。デラックスシングルで本日から30日ということでよろしいでしょうか」

 真司は頷く。

「かしこまりました。お部屋の方は準備が出来ております。宿泊規則や予定変更についてはこの紙を……」

 真司は説明を半ば聞き流して、ホテルマンから鍵を受け取った。


 真司は終わったぞと五月の方に振り向く。

 五月がスマホを操作しているのが見えた。

 真司は自分のスマホを取り出す。

『売店で荷物受領。乞案内同行』

 体力気力はともかくとして、五月は準備についてはそれなりにしてきたようだ。

 巨大なスーツケースをカラカラ押して建物の中でつながっている売店へ。

 売店と言っても結構大きい。

 バスケットコートが二面はとれそうな広さの半分が、地元産農産物や生鮮食品とコンビニがごっちゃになったような販売スペース、残り半分に郵便局と銀行ATMと軽食スペースが入っている。


 五月はぐるっと見回してスマホを取り出す。

『ここじゃない』

『ここが売店だけど』

『我求武器屋』

 そういえば武器関係は群馬県支所の方だ。

 特区内でのみ許される規制超過武器もあるので、国から指定を受けた群馬県の業者が群馬県支所のスペースを借りて営業している。

『さっきのバス停から見て反対側の建物だけど大丈夫?』

『さっきよりまし』

 確かにさっきよりは五月の顔色もマシになっている。

 青白いから白いに変化した程度だが。

 とのことで真司達は再びスーツケースを押して群馬県支所へ。

 サバゲーショップとアウトドア店が一体となったような店に入る。

 そのままカウンターへ行くと、五月は自分で携帯電話を店員に提示した。


「いらっしゃいませ、予約商品の受け取りですね」

 いかにもバイトの店員という感じの女性がレジの奥の事務所に入っていく。

 すぐに色々入った段ボールを積んだ台車を押して戻ってきた。

「BDU上下二組、帽子、グラブと中古改造済エアガンでよろしいでしょうか」

 五月が頷くと店員は説明を始める。

「BDUは米陸軍OCPの女性XSサイズ上下と米海軍AOR二タイプの女性XSサイズ上下。帽子はAOR二女性用S、グラブはケブラー甲強化入り濃緑XS、エアガンは特区仕様改造済のPS90HCになります。特区からの持ち出しは出来ませんのでご了承ください。あと対魔物用0.3g魔物用BB弾1キロはサービスとなります。以上でよろしいでしょうか」

 すごく面倒くさそうに五月は頷く。

「なお、エアガンと対魔物用BB弾は18歳以上規制商品となりますので、年齢を確認できる身分証の提示をお願いします」

 五月はポシェットからブランドものらしい財布を取り出し、カードを出した。

 真司はさっと横目で確認。

 マイナンバーカード、柿生五月、18歳。

 本当に18歳だったんだと真司は思う。

「はい確認いたしました。代金は支払い済みです。レシートはこちらになります」

 いつのまにか現れたもう一人の店員が手提げ袋にこれらの荷物を詰め込む。

 手提げ袋は東京都指定ゴミ袋の最大サイズ並の大きさ。

 当然、受け取るのは真司だ。

 スーツケースと併せると結構大荷物。


 五月は店を出ると県支所事務所の方を見てそれから真司の方を見る。

 講習の申し込みをしておきたい、というところだろう。

 五月が何をしようとしているかはほぼ明確だ。

 今の買い物内容や宿の予約内容が雄弁に物語っている。

 荷物が多いがまあ仕方ない。

 五月につき合って真司も事務所の方へ。


 五月の登録申請・講習申し込み手続きは真司の予想より遥かに簡単に終わった。

 五月があらかじめ書類を全てネットで取り寄せ記載を済ませて写真まで用意していた為である。

 また本日の講習が終わった後で他の申請者が事務所内にいなかったのも大きい。

 にもかかわらず五月は再び顔色真っ青、足腰ふらふら状態になっていた。

 まあ当然ではある。

 真正ひきこもりが約1時間の間、他人がうようよしている空間で、やれ質問に答えたリ指示を聞いたり色々していたのである。

 むしろ真司は頑張ったなくらいのつもりで見ていた。

 それにまだ関門は多い。

 明日は他人と机を並べての講習だ。

 討伐も真正ひきこもりで小柄で華奢な五月は大変だろう。


 それでも真司は無理だから帰れとかは一切、言うつもりがない。

 少なくとも今の五月が無茶苦茶頑張っている状態なのは充分わかっている。

 真司も引きこもりだったから自分の事のようにだ。

 だいたい五月がここに来た理由も真司が心配だからだろう。

 真司が知っているゲーム内の五月=モヒカンは、見かけと言動とは裏腹に、控えめで妙に気を使ってちょっとおせっかいで親切な奴なのだ。

 いざという時用のために真司用の課金アイテムまで購入して用意している位に。

 ゲーム内の待ち合わせでもそれこそ大分前に到着して待っている。

 しかもその場でずっと待っているのを見られると相手に気を使わせかねないなんて考えたりもする。

 だからちょっと離れた隠れられるところで待機しているのだ。

 それで真司が到着すると同時に、

「ヒャッハー、時間通りだな凡人め」

とか言っていかにも今来ましたという感じに出てくる。

 それを知っている真司は何も言わないし言えない。


 まあ案の定、今日の手続きが全部終わった後、多大なダメージを負った五月はやっとのことで待合室の椅子にたどり着き倒れこむのだけれども。

 10分位でなんとか歩ける位に回復し、五月はスマホを取り出す。

『待たせた。部屋まで頼む』

 正直大荷物過ぎて面倒だ。

 でも今の五月に持たせるのも何だだろ。

 それに実のところ真司は心の中で

「見事試練を乗り越えたな勇者よ!」

位に五月を称賛していたりする。

 だから荷物持ちにも文句はない。

 ゆっくりと、ごろごろスーツケースと荷物一式とともに2人はロッジに向かう。

 デラックスシングルはロッジの最上階、4階の見晴らしのいい場所。

 眺望最悪、鉄格子付きの真司の部屋とはえらい違いだ。

 さすがは3倍以上の宿賃を取るだけある。資本主義万歳。


 五月の部屋は407号室。

 部屋前に荷物を置いて電子ロックを解除し、それで真司は立ち去ろうとする。

 女の子の部屋に入るのもどうかと思ったから。

 礼儀上はともかく、彼女無し歴満年齢の元引きこもり真司には女の子の部屋に入る度胸はない。

 五月がスマホを取り出す。

『明日は講習で要らないからエアガン試射頼む』

 エアガンPS90HC改一式とBB弾の入ったケースを真司に渡す。

了解イエス軍曹殿サー

 メッセージを返すと五月はキーをひねり、五月自身が入りそうなくらいの大きいスーツケースと荷物袋を部屋に入れ、ドアを閉めた。


 それが別に不愛想とは真司は思わない。

 引きこもりにとって自分の部屋は城なのだ。

 他の人が入るなどとんでもない。

 むしろ今までずっとついて歩いていたのが、さぞかし鬱陶しかったろう。

 荷物運びや案内やいざという際の補助で必要だと五月が判断たからではあるが。

 真正引きこもりが部屋を出て1日目に、知らない土地に公共交通機関をつかって来て、会ったことがない人間と一緒に申請なり買い物なりをやったのだ。

 真司はむしろそれを誉めたい位の気分だった。

 真司も引きこもりから脱出してまだ1週間程度。

 その気持ちがわからない訳ではない。

 もう少しは仲良くなりたいとは思わない訳でも無いが。


 そうだ。

 どうせ昼食をたべてないだろうし、食も食べに行って人前に出るのも嫌だろう。

 だから売店で何か買って置いておいてやろう。

 自分も昼食まだだし。

 もう夕方近いけど。

 真司はそう思って売店に向かった。

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