第15話

 友人か、ただの知り合いか。少なくとも恋人ではない。

 なんとも言い難い関係の相手からの電話は、用件が済めば話すこともなくなる。


 藤花は菖子からの電話を切ると、スマートフォンを枕元へ置いた。ベッドの上、横になってごろごろと寝返りを打ちながら今日あったことを反芻する。


 共通の前世を持つ人間が、目の前に二人いるという滅多にない経験をした。そのうち一人の前世は信じていいものかわからないが、探せば他にも同じ世界を生きた人物がいるかもしれないと藤花は思う。


 前世で繋がりがなくとも、同じ世界を生きた過去を持つ人物に会うことができれば、有益な情報を得られるかもしれない。

 藤花の頭に、菖子の姿が浮かぶ。

 彼女は淡藤を探すため、前世の記憶を持つ人間を調べていたはずだ。


 だが、藤花はすぐに菖子の姿を打ち消す。

 菖子は、藤花の記憶を呼び覚まそうとしてる。前世の記憶を持つ人物がいれば、それは藤花の記憶を蘇らせる呼び水になる。翠を藤花に引き合わせたように、前世の記憶を持つ人物を藤花に会わせようとするはずだ。随分前から前世を夢に見ていたらしい彼女なら、そうした人物に心当たりがあってもおかしくない。


 しかし、菖子は翠以外の名を口にしない。その上、淡藤が見つからないと言って屋上から飛び降りようとしていた。おそらくそれが答えだ。


 藤花は枕元のスマートフォンに手を伸ばしかけたが、ベッドから起き上がる。机に向かうと、ノートパソコンの電源を入れて椅子に座った。

 見ることができない夢や菖子に頼るよりも自分で調べた方が早いと結論付け、検索サイトにアクセスする。


「前世、夢、塔、超能力。……他になんかあるかな」


 藤花は検索ワードになりそうなものを頭の中に並べ、検索ボックスに入力していく。


 インターネットの中にこの世の全てがあるわけではないが、探せば手がかりが見つかるかもしれないと藤花は思う。しかし、現実はそう簡単にはいかず、検索結果に望むものが並ぶことはなかった。SNSを調べても、共通の前世を持つ人間らしきアカウントは見つからない。


 それもそうだと、藤花は細く長く息を吐く。

 菖子もインターネットを使って前世のことを調べたはずで、少し検索して見つかるものなら彼女がすでに見つけているだろう。

 藤花は検索することを諦め、SNSにログインする。気が進まないと重くなる指を何とか動かし、キーボードを叩く。


『塔に能力者として閉じ込められている夢を見る。#前世』


 仲間を探しているとはっきりと書くことは気が引け、検索しやすいようにキーワードを混ぜ込んだ文章を書き込む。藤花はこんなことで連絡が来るとは考えていないが、何もしないよりはましだと思う。


 友達や会社の同僚、先輩がやっているから。


 藤花は、ただそれだけの理由で始めたSNSを面白いと思ったことは一度もない。役に立ったことも今までなかった。だが、今回はSNSが役に立つ可能性がある。

 にゃあこによく似た置物を撫でてから、ノートパソコンの電源を落とす。眠るには少しばかり早いが、電気を消してベッドに横になる。


 目を閉じると、闇が深くなる。

 藤花は、夢の続きが見たいと思う。だが、夢は見なかった。




*** *** ***




 目が覚めれば、昼過ぎ。

 会社を辞めてから怠惰な生活を送り続けた藤花は、朝起きるという一般的な生活から遠ざかっていた。


 枕元に置いたスマートフォンを手に取って画面を見るが、SNSに関係する通知はない。一応、SNSで検索をしてみるが、期待するような結果は得られなかった。


 藤花は落胆しながらベッドから這い出る。明らかに眠りすぎで、頭がしゃっきりとしない。それでも、顔を洗えばまともな人間に近づくだろうと、洗面台へ向かう。


 廊下を歩いて洗面所へ続く扉を開け、鏡の前に立つ。

 眠そうな目を擦り、頬を叩く。

 冷たい水で顔を洗い始めると、後ろから明るい声が聞こえてくる。


「今、起きたの?」


 藤花が濡れた顔をタオルで拭いて鏡を見ると、そこには妹の柚葉の姿があった。

 藤花の寝ぼけた頭は半分ほどしか動いていない。大きな欠伸とともに「まあね」と答えると、柚葉が眉根を寄せた。


「お母さん、呆れてたよ。仕事がないからって、たるみすぎだって」

「あー、うん。昨日も言われた」

「そろそろ朝起きないと、人間としてダメになると思う」

「もうダメになってる」


 藤花はそう言い残して、リビングへ向かう。

 後を追うように、柚葉とにゃあこが付いてくる。にゃあこを抱き上げると、胃が催促するようにぐうと鳴った。


「お腹空いた。なんかある?」

「冷蔵庫に朝の残り物がある」


 藤花は柚葉の言葉に従い、リビングからキッチンへ向かって冷蔵庫を開ける。中には探すまでもなく、お皿にのった卵焼きとサラダがあった。藤花はにゃあこを下ろすと、それをリビングに運んで茶碗にご飯をよそう。そして、だらしなくソファーに座っている柚葉の向かい側に座った。


「柚葉。最近、夢みる?」

「んー、ケーキバイキングでケーキ食べ過ぎて気持ち悪くなる夢なら見た」

「それ、良い夢か悪い夢かわかんない」

「お姉ちゃんは?」


 問いかけられて、藤花は卵焼きを口に運ぶ。

 ゆっくりと咀嚼しながら、前世の夢を告げるべきか考え、すぐに結論を出した。


「……塔に閉じ込められる夢なら見た。柚葉はそういう夢みない?」


 前世と言わなければ、藤花が見た夢はただの夢だ。柚葉には、何のことかわからないだろう。それに、柚葉は前世を信じていない。夢が前世だと言えば、一笑に付されるだけだ。

 それでも、“もしも”と言うことがある。

 藤花は夢の一部をその可能性に賭けてみるが、少しの期待も叶わなかった。


「みない。おねーちゃん、ストレス溜まってるんじゃないの?」


 柚葉が当然のように言い、藤花の様子を伺う。


「そんなことないと思うけど」

「あるよ。昨日は出かけてたみたいだけど、仕事辞めてから外に出ないじゃん。もっと友達と遊びに行ったら?」


 もっともらしいことを言われ、藤花はトマトを口の中に放り込んだ。


「遊びにねえ」


 呟くように言って、ごくん、とトマトを飲み込む。

 朝食とも昼食とも言えない食事が、藤花の胃の中に溜まっていく。


 一緒に出かける友人がいないわけではない。だが、今は友人と出かけたいとは思えなかった。しかし、一日中家にいてもつまらない。そう思いながらもその日、藤花が出かけることはなかった。


 いつものようにベッドに入って眠る。

 今度は昼ではなく朝に目が覚めたが、SNSには反応がなかった。

 夢も見ていない。

 夕方、机の上からスマートフォンを手に取る。

 遊びたいわけではないが、確かめたい。

 藤花はチャットアプリを起動すると、菖子にメッセージを送った。

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