49 落日流星

「うそ……今まで一度も実をつけたことがなかったのに」

 その日の夕刻、彼女は今までで一番大きく、また黄金に光り輝く果実を見つけた。

 それは過去に一度も実らせたことのない一際大きなりんごの木。

 たった一つ、一つだけの果実は彼女の背丈よりも遥か上に実をつけ、村中を照らしているようにすら見える。

「ああ、やっと祈りが通じたのね」

 少女はその場に座り込む。

 黄金の果実が少女を照らし、大きな影をが地面に映し出される。



 遡ること少し前。

 聖女の真実について説明を受けたワールドは動揺することなく、全てそのまま受け入れた。

「……なるほどな」

「お、驚かれないのですか?」

「驚いているさ。ただ、コバルトたちも言っていただろう。聖女を騙る者もいる、と。そして天使病罹患者として帝都に連れ去られることある、とも。リリーがそうなる前に真実が明らかになって良かったとは思うがな」

「……お兄さんも、おこらないの……?」

 恐る恐るウェンディが尋ねる。

「怒る、か。俺はともかく、お前たちの親や他の村人はどう思うかわからんぞ」


「大人たちはみんな知ってるの。知ってて、聖女様だって」

「……え?」

 意外な返答にサータが驚きの声を上げる。

「……本当は『聖女様』は別にいたの。もっともっと昔、私があの黄金のりんごを初めて持って帰ってきた時、一緒に遊んでいたお姉ちゃんがケガして、それを食べたらケガが治ったの。もし、このりんごに不思議な力があれば『私は聖女になれる』ってお姉ちゃんが言ったの」

「りんごに本当に不思議な力があったわけか」

「私はただ、お姉ちゃんが褒められるのが嬉しくて、ひたすら黄金のりんごを探してはこっそり渡して。私も褒められるから嬉しくなって。村の人たちも気付いてたと思う。あのりんごを食べると病気が治るって」

「じゃあ、わざわざ聖女だなんて言わなくても、そのりんごを広めたら良かったのに……」

 不思議そうにサータが言う。

 彼女の疑問も最もだ。


「もし、黄金のりんごのおかげだと知られたらその『実』や『木』を目当てに人が来て、いつか盗まれたりするかもしれないって。お父さんがそんな話をするのを聞いたことがあります」

 リリーが代わりに答える。

「……なるほど。それは見て見ぬ振りをしているな。聖女の正体を知りつつ、村のために真実は隠すと」


「ところで、その『最初の聖女』はどうなったのでしょう」

 二人の少女は互いに見合い、目を逸らす。

「……私たちとおんなじです。罪の意識に耐えきれなくなっていなくなりました」

「つまり、村を出ていった?」

「はい」

「…………」

「それから村への客足は遠のき、村全体が暗くなってしまいました。ウェンディも塞ぎ込んでしまい、黄金のりんごも実らなくなってしまいました。――そんな村を変えたくて、私が『聖女』の役を演じるようになりました」

「……サータなんかより、よっぽど大変な目に遭っているのです。聖女を演じるだなんて」


「よく話してくれたな。辛かっただろうに」

「ううん。お兄さんたちならわかってくれるかなって思ったの。それに、おねーさんをこんなひどい目にあわせたのに、それっでもっ、全然、怒ったりしないからっ……」

 ウェンディは言葉をつまらせながら喋り、最後には再び涙をボロボロとこぼしていた。

「いや、うん、アタシは大丈夫だから……」

 ずっと起きていたグラが口を挟む。

 何か言おうか言わまいか、悩み続けていたらとうとうずっと何も言えなかった。

「そうだな、こいつは簡単にはくたばらないから安心しろ」

「……少しは心配しなさいよ……」



「私も明日には村を出ようかと思っています」

 夕食時にロマンが言う。

「彼女が聖女でなかったことで安心できましたし、ワールドさんにはお話したように、私には今治療を必要とする者が一緒にいませんから」

「え、彼女ってリリ……もががっ」

 サータの口にアップルパイが詰められる。

 彼女とはもちろんグラのことである。

 ロマンにはリリーたちのことは一切話していない。


「ところで、今夜は娘さんは居ないんですね」

 夕食中、ウェンディの姿を見ることは一度もなかった。



 その日の深夜。

 人々が静まった頃、一人ベッドを抜け出す影一つ。


「……まだ、関節は痛むわね……」

 グラは体を起こし、軽く背伸びする。

 一日中寝ていると節々が痛み、本調子が出ない。

 まともに陽の光を浴びたのなんて久しぶりすぎて症状の進行にも気付かなかったが、どうも大変危険らしいということがわかった。

 やはり日傘は手放せないようだ。


 ふと窓の外を見るとおかしな光景を見た。

 流れ星がとめどなく降り注ぐ。

 幻想的で美しいが、それはそれ以上に不気味で、何やら人工的な意思めいたものを感じられる。

 宿を飛び出し、光が飛び交う夜空の下へと駆け出す。


 おぼつかない足元では早足が精一杯で、それでも目指す先へと急ぐ。

 こんな空は初めてだ。

 流れ星の辿り着く先をその目で見るなんて。


「あれは……りんご畑……?」

 淡く光り輝く場所がある。

 それは昨夜訪れたあの畑。

 黄金のりんごを手にしたその場所だった。

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