恋愛測定
@pwmtstars
おはよう、いってらっしゃい
寝苦しさで不快にまどろむ意識に、ジュワミンミンと不快な音が反響する。
耳に残るその音を払拭しようと、右に左に何度か寝返りを繰り返す。
もちろんそんなことで音を防げるわけもなく、動きが重なる毎に自分の意思とは裏腹にむしろ意識は鮮明になっていく。
何度目かもわからないほど寝返りを繰り返し、諦めて起きるか…。そう思ったところで、タイミングを見計らったようにジリリリとスマホのアラームが鳴り出した。
季節は夏で、暦は7月。つけっぱなしにしてしまったらしいテレビでは今年は例年以上の暑さが〜と毎年恒例の謳い文句を清楚なお姉さんが読み上げている。
今年と例年のデータの比較が終わると、画面は街中の人達へのインタビューへと移り変わる。
「暑いですね〜」ジュワワワワ
「汗が出て仕方ないですね」ジリリリ
「暑い中お疲れ様です」ジュワワワワ
「近々結婚予定でして」ジリリリ
暑さで未だに活性化しない頭でぼんやりとテレビを眺めていても、ジュワジュワと鳴き続ける蝉の声と、ジリリリと鳴り続けるスマホの音が響き続け、話は半分も入ってこない。
部屋の中にいながら、照り尽くす日差しを想像して、暑そうだなぁ…と他人事のように思っているうちに、意識がはっきりすると、だんだんと頭に響く音が不快になってくる。
せめてスマホのアラームを止めたいところだが、残念なことにこの音の出所は自分のスマホではない。
そもそも今日は予定もないので、こんな朝から起きたくない。可能限り寝てたい。
では音の原因はどこにあるのか。
真実はいつもひとつ。
さながら名探偵のように勢いよく後ろを振り返る。
「朱音…。そろそろ起きてくれ。スマホがうるさいぞ」
ペシペシ。ペシペシ。
隣に転がる布団の塊を何度か叩く。
が、全く反応がない。
仕方がない、平和の為の戦いのゴングだ。
守りを固めるフトンマスクに対し怒りのワン・ツー。続くアッパーで布団を思いっきり奪い取る。
想定しているのがプロレスなのかボクシングなのかは曖昧だった。両方とも人気マンガの知識くらいしかない。
「うぁ…」
マスクを失ったフトンマスクが声を上げる。マスク系のレスラーのマスクを取った後、実況の人はなんて呼ぶんだろう。
スマホの画面を力強く叩く。試合終了だ。
のっそり、と起き上がった。
「おはよう、朱音」
僕はついさっきまで闘いを繰り広げていた相手に勇気を持ってコンタクトを持ちかけた。いい試合だったぜ。人類の平和は1つの対話から始まる。
「…おはよう、お兄ちゃん」
こうして僕は、布団怪人改め、最愛の妹である朱音との感動の再会を果たした。
朝普通に起きただけだけど。
◇
「毎回思うんだけどさ、アラームくらい別に止めてくれてもいいのに」
キッチンで朝ごはんを作りながら、朱音が声をかけてくる。
「いやー、なんか人のスマホに触るのってあんまり…」
「ユウ君って変なトコこだわりあるよね」
「変かなぁ…」
会話を続けながらも、朱音は手際よく料理を進めていく。
ちなみに僕はひたすら待ち続ける。
「あ、そろそろ机出していいよ」
「ほい」
否、準備くらいは手伝うのだ。
僕、高崎由宇と妹の高崎朱音は1Kのマンションに2人で住んでいる。
兄妹の2人暮らしとなると両親が既に…というのがよくある話だが、僕達はそのケースではない。
親は両親とも存命なのだが、2人とも出張が多く家にいないことの方が多かった。
そのため、広すぎる家は寂しすぎるからと、マンションを借りて暮らしている。
昔から、朱音とお互いに寂しさを埋め合わせてきた。
その結果が今の現状で、完全に依存しあってしまっている。
机に朝ご飯を並べ終わり、2人で向かい合ってご飯を食べる。
テレビでは夏の暑さを嘆くニュースではなく、彼女の好感度を上げるためのデートスポットランキングが流れていた。
特に話すこともなかったので、興味があるわけでもなかったが世の中の女性の願望丸出しなランキングを眺めながらご飯を食べる。
「ユウ君、今日の予定は?」
ランキングが上位に入り、よく見る有名スポットの名前が続けて挙がってきたところで、沈黙に耐え切れなくなったのか朱音が声をかけてくる。
「寝る」
即答。
「流石ニートだなぁ」
朱音がケラケラと笑いながら言う。
「僕はアルバイトしてるのでニートとは呼びません」
「思考回路がニートっていうか」
それは否定できない。
アルバイトで働いているのを誇っている時点でどうなのだという話だ。
僕は、高校を卒業して、そのままなんとなく2年制の専門学校に入り、特にやりたいことも見つからずそのまま専門学校を卒業した。
卒業した後も特に就職するでもなく、かと言ってニートになるでもなく、高校時代からずっと働いている本屋でアルバイトを続けている。
専門学校時代、特にやりたい仕事があるわけでもない、かと言って就職したくないわけでもないので、店長に正社員として雇ってくれと言ったことすらある。
結果としては断られてしまったのだが。
そういえば、卒業してからは一度も言ったことがなかった。
今言ったら、正社員として雇ってくれるのだろうか。
「私、今日ちょっと遅くなるから、ご飯なんか食べてきてね」
「あぁ、うん」
僕と朱音は、4つ離れた兄妹だ。何をするにも適当でだらしのない兄を持つ妹は、自分が親の代わりに兄の面倒を見なければと幼少期から思っていたのだと思う。そんな朱音も今やピチピチの大学生になり、現に今、僕は妹がいなければ生活できない状態にある。
心身ともに、依存している。
依存させられているとも言うが。
ご飯を食べ終わり、洗い物ぐらいはしようと言う僕の(申し訳なさからくる)好意に甘え、朱音が大学に出かける準備を整える。
「そういえば、今日メーターチェックの日だ」
朱音が、ぽつりと言葉をこぼしながら、ポケットから取り出したモノに視線を合わせる。
直後、部屋に絶叫が響く。
「1mm減ってる!なんで!?」
「そりゃ、朝からあんなにうるさいアラーム耳元で聞かされたら、少しは減るだろうなぁ…」
そう言いながら、僕も同じようにポケットから取り出したモノに視線を合わせる。
「逆になんでお前は3mm増えてるんだ」
「寝癖が…可愛いなって…」
「ちょろいなお前…」
僕達が確認しているコレが、僕達が2人で暮らしている最大の理由だ。
『好感度メーター』、それがこのメーターの名前である。
長さはちょうど15cm。1mmごとに定規のようなメモリが振ってあり、温度計のような見た目をしている。
メモリの上には『高崎朱音』の文字。
これは、自分の好きな人を指す。
そしてメモリは、自分の好きな人の、自分への好感度を指す。
なので、好感度メーター。単純な名前だ。
この好感度メーターが政府によって全国の30歳以下12歳以上の男女に配られたのは、20年ほど前。
減衰する一方の結婚率、少子高齢化社会。
そんな現状を打破するために政府が目をつけたのが、恋愛の奥手化脱却だ。
成就するはずの恋を、成就すべきタイミングで成就させることで恋愛を発展させようと言う脳内お花畑な政策である。
ところが実際、この政策は成功していると言っていい。
人々は無理な恋愛は諦め、可能性のある恋愛にはグイグイと積極的になった。
その結果、結婚率は大幅に上昇。国が諸手を挙げて取り組んでいる政策なので社会全体の福利厚生もバッチリ。近年では少子化問題が解決するのも時間の問題ではないかとさえ言われている。
今や人々はお花畑の中に生きていると言っても過言ではなかった。
学校や会社、今ではどこでも月に1度、メーターの確認をする日がある。
朱音の通っている大学ではそれが今日らしかった。
「うわー…憂鬱だよぉー…最近友達が名前見せろってうるさいんだよー…」
何度も言うが、好感度メーターの上部には自分の好きな人の名前が書いてある。
そして、僕達のメーターにはお互いの名前が書いてある。
そう。
僕達は兄妹で愛し合っている。
以前の日本ではどうだったのかわからないが、好感度メーターが配られて以降の日本では、血縁関係者との恋愛は刑罰の対象になる。
理由は簡単だ。そんなことをしては好感度メーターの、この政策の意味がないから。
国の最優先は家庭の幸せなんかではない。あくまで少子化問題の解決なのだ。
血縁関係者との間には子どもが作れない。
その事実が、僕達を縛る鎖だった。
幸い、プライバシー権というものがあるので、好感度メーターの名前部分は隠すことができるようになっている。
公開する義務があるのはメーター部分だけなので、基本的には他の人に誰が好きなのか公開する必要はないということだ。
しかし、このお花畑政策はもう国民に強く根付いている。
メーターの値が5を超えた辺りで、告白しろと周囲に囃し立てられ、10を超えていると、何故結婚しないのかと疑念の目を向けられる。
僕達は初めてこれを配られた時から、上部にはお互いの名前があった。
当初は6〜8辺りを上下していたメーターは、今では12〜13辺りをウロウロしている。
高い値を維持しながらも、彼氏彼女を作ろうとしない僕達は周囲に怪しまれ続けてきた。
名前は絶対に見せられないのだ。
二人でいるためには、絶対に。誰にも。
「これ、15cmまでいったらどうなるんだろうね」
朱音がメーターを左右に振りながら呟く。
この政策は20年近く続けられているのに、今まで15cmに到達した人はいないらしい。
「噂じゃ、国宝扱いでニュースになってテレビに雑誌に大忙しらしいぞ」
誰も到達したことがない値なので、根も葉もない噂なのだが、この国の現状ならそれくらいやってもおかしくないだろうなと思う。
「うわ、嫌だなぁ」
朱音が心底嫌そうに顔を歪める。
「ま、僕達じゃそうはならないだろ」
兄妹だし。
歓迎されるとは思えない。
「それはそれで、嫌だけどね」
今度は複雑そうに顔をしかめる。
「あ、私そろそろ行かないと」
「あぁ、うん、いってらっしゃい。気をつけてな」
玄関まで見送ろうと立ち上がる。
すると、立ち上がった僕の頭を朱音が思いっきり掴んできた。
そのまま流れるように、唇に唇を当てる。
舌が入ってくる。朝ごはんの卵焼きの味がする気がした。
たっぷり数秒間。もしかしたら数十秒。
ゆっくりと朱音が離れていく。
「お前な…時間ないんじゃないのか…」
口の周りの粘液を拭いながら文句を言う。
「私はそんなに余裕ない生活してないよ」
同じく口を拭いながら、悪戯っぽく笑い、荷物を持つ。
「えへへ…大好きっ」
そう言い残すと、パタパタと駆け足で部屋を出て行ってしまった。
照れ隠しか。
主を失った部屋が、途端に静かになる。
1日の初めに、1人になって感じる静寂。
朱音の明るさに助けられているなと思った。
だから。
「僕も好きだよ」
僕は、誰もいない部屋に、ぽつりと呟いた。
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