幸福学

スプレーノ

ケース1

「裕子、君の幸せが俺の幸せなんだ。だから、幸せになってくれ。」

 こんなドラマみたいなセリフ、まさか実際に聞くことになるなんて夢にも思わなかった。

 あんたの幸せとかどうでもいい。私が幸せにさせてやるつもりだったんだから。ついでに言うと、私の幸せはあんたじゃないと作れないんだからな。なに履き違えたこと言ってんだ。

「俺は、裕子を幸せにさせられる程の男じゃなかった。」

 なんだ、焦らせるな。じゃあ一緒に成長してくれるって認識でいいんだな。

「だから、裕子。君を幸せにしてくれる人を見つけるんだよ。それが俺ができる最後のお願いだ。」

 ふざけんなよ。

 一体私がお前にどんだけの時間を使ったと思ってんだよ!どんだけお前を理解しようとしたと思ってんだよ!どんだけ、お前と一緒に居たいと思ってんのか知ってんのかよ…。

「うん。私は、君と会えて幸せだった。嬉しかったよ。」

「…最後まで気を使わせちゃったな。ごめん。…もう行くな、さよなら。幸せになってくれ。」

 最後の最後に振り絞った本音も、お前には伝わらないんだな、この大バカ野郎。

 いや、姿が見えなくなる前に、行かないでとか、やだとか、別れたくないとか言えない私もバカだ。

 さっきまで繋いでいた手が、まだ熱い。さっき一緒に食べたディナーの肉の繊維が、歯の間に挟まっている。少し前に一緒に撮ったプリクラが、スマホのケースに貼られている。初めてもらったプレゼントのキーホルダーが、家の鍵に辛うじて繋がっている。

 お前は、私にこんなにも爪痕を残していったのに、いつかお前はそんな事もあったなと笑い飛ばして、私の知らない誰かとの話のタネにするんだろう。その話を私が聞くことは永遠にないのにな!

 大体、お前の幸せは私の幸せなのかもしれないが、私の幸せがお前の幸せにはならないぞ!なんで一方通行の幸せを押し付けるんだ!そんな歯の浮くようなセリフ、反吐が出る!大嫌いだ!

 ああ、ムカムカする…。お酒でも飲みながら誰かに電話かけて愚痴ってやろう。


 目が覚めて、いつも通り仕事に向かおうとした時、鍵にキーホルダーが繋がっていないことに気がついた。

 やっと涙が出た。会社も、連絡を入れて休んだ。

 私との繋がりが消えたんだ。君は、いつか私の知らない誰かと幸せになるんだろう。私は、本気で君と幸せになりたかったんだよ。最後の最後に超ド級の呪いをかけたのは許さないからな。

 …安心しな、どうせ私も幸せになる。いつか君との思い出を封じ込められて、私も、君の知らない誰かと幸せになる呪いをかけたのは、君だからね。その人は、君よりもイケメンで、お金持ちで、大型犬を飼っている優しい人だよ。

「あーあ!幸せになりたかったなぁ!」

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