また明日

アール

第1話全ての始まり

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、

何事かを為すには余りに短い

朦朧とした意識の中、その言葉だけが耳に残った。

俺の名前は加藤。別に下の名前は言う必要がない。どこかの誰かと同じよくある名前だ。

そして俺はどこにでもいる平凡な高校二年生。

いつものように午後一発目の授業を睡眠時間として有効活用していたら、誰か読んだであろう言葉が聞こえてきた。

“人生は何事をも為さぬには余りに長いが、

何事かを為すには余りに短い”

自分の心のモヤモヤを、誰かが言葉にしてくれたのかと思ったが、そんな事は無く、そのまま授業は進んでゆく。

チャイムが鳴り、一緒に遊ぶような友達も居ないので寄り道せずに家へ帰る。

帰り道、バスに揺られながら授業中に聴こえてきた言葉を思い出す。

{人生長すぎだよなぁ・・・]愚痴を言うようにそう呟いた。

「ただいまー」バスに揺られること1時間、ようやく家に着いた。俺と祖母の2人しか住んでいない割にこの家は大きめなので空いたスペースが余計に寂しさを感じさせた。

この家も昔は賑やかだった。俺と父さんと母さんと、弟妹の2人と爺ちゃん婆ちゃんの7人で住んでいた。

普通の家庭だった。俺が弟妹と喧嘩して、父さんに怒られて、どっちも大泣きしてお母さんに泣きつくんだ。母さんが慰めてくれて、お婆ちゃんがお菓子をくれた。お爺ちゃんはそれを見て笑ってる。そんなありふれた幸せで溢れていた。

でも、それは長くは続かなかった。

爺ちゃんが脳卒中で死んでしまったと思えば、今度は父さんの浮気が発覚した。

当然離婚の方向で話は進み、俺と弟妹は最後まで仲直り出来ないかと訴えたが全ては決まった事だった。俺は父さんと婆ちゃんと今の家で暮らす事に決まり、母さんは弟妹を連れて実家へと帰って行って、俺達家族は2つに引き裂かれた。しかしそこで終わりではなかった。父さんは浮気相手と結婚して、俺を婆ちゃんに押し付けて出て行った。

そんなこんなで、この家には俺と婆ちゃんの2人しかいない。

「お帰りなさい」

婆ちゃんが笑顔で迎えてくれて、テーブルの上にはご飯が並べられている。着替えてくるのも面倒なのでそのまま夕食にする。

「今日は学校どうだった?」

「別に、普通だったよ」

静かな食卓にテレビの音だけが響く

やれ芸能人が不倫しただ、そんなどうでもいい内容のNEWSだった。

ささっとご飯を食べて、すぐに部屋に戻り制服のままベットに横になる。

あんな事があってから、俺は婆ちゃんを避けるようになった。高いストレスの中、無意識に防衛本能が働いたのだろうか?俺は何も考えない事という事が自然にできている。

親に捨てられて婆ちゃんと2人暮らしの事も、そのせいで婆ちゃんが夜遅くまで内職をやってギリギリ生活できている事も、自分が婆ちゃんの負担になってしまっている事からも上手く目を背けられていた。

全てがどうでもいい、全てが下らない。

俺のような狂った人間には、マトモな人間の事は理解できないし興味も無い。

さっきのNEWSだってそうだ。どうして他人の不倫であそこまで野次馬は怒る事ができるんだろう?まるで親の仇のようにネットで罵声を浴びせている不特定多数のマトモな方々を1mmも理解できない。不倫したのが自分の親だった俺でも文句の1つも言わずに生きてきたと言うのに。ま、どうでもいいか。

そう、全てはどうでもいい事だ。

だから俺は病むことも無く生きていける。

そんな事を考えていたら、いつのまにか意識は無くなっていた。

「おい!加藤!最近大丈夫なのか?」

「ん?何が?」

そいつは呆れたように聞き返す

「何がじゃねーよ!お前の家離婚して親父に引き取られたと思ったら親父居なくなってんじゃん!」

こいつは自分の事でもないのに何を必死に喋っているんだ?

「別になんともないよ。ギリギリだけど生活はできてるし、学費は父さんが払うって約束してくれたから。」

「それもだけど!!!お前は寂しかったり、悲しかったりしねーのかよって話だよ」

「は?俺が?」

予想もしてなかった事を聞かれたのでキョトンとしてまう。

恐らく、日本で1番の間抜け面になっていただろう。

雨音で目を覚ます。最悪の気分だった。

朝から大雨で、学校へ行くのに少なからず濡れるという事と、さっき見た夢が胸糞悪い夢だったからだ。

なんだよ、俺が本当は傷ついてて、友達に心配してもらいたがってるってか?

全てがどうでもいい俺にとって何の傷にもなっていない。

第一、こんな他人に興味を持たない俺に、興味を持ってくれる奴がいるか?

誰も好きになれない男に、愛情を注げる奴がいるか?

考えるまでもない事だった。

靴の中に少しずつ水が染み込んできて、靴下が濡れて気持ちが悪い。田舎特有の雨の匂いがして更に気分が悪くなる。

今日はロクな一日にならなさそうだなぁ

教室に入ると何やら騒がしかった。

机の上でノートがハサミか何かで切られてバラバラになっている。

誰がやったかは知らないが、誰がやられたかは分かる。山田の机の上にその紙屑となったノートが散らばっていたからだ。

山田はいわゆるオープンなオタクで学校にアニメのファイルだったり、カバーも掛けずにライトノベルを読んでいるような奴で、おまけに人と関わるのが苦手らしい。

最初は軽口で

「うわオタクがいるわ、気持ち悪りー」と言われてただけだったが、山田も我慢の限界だったのか持っていた本をからかって来た奴に投げつけてしまったのが失敗だった。

そこからイジメはエスカレートしていき今に至る。

切られていたノートは授業で使っていたものでは無く、山田が趣味で描いていたアニメキャラのイラストノートだった。

おそらくしまい忘れて机に置きっ放しにしてたのを運悪く見つかったのだろう

それにしてもひでぇ事する奴も居るもんだ

ま、俺には関係ないからなんだってんだけどね!

取り敢えず机に突っ伏して時間を潰そうとしたら紙屑を片付ける山田の顔がチラッと見えた。

どうでもいいどうでもいい。そう心の中で念じた。

いつも通り家に帰る。雨は相変わらず降っていて俺を不快にさせた。

「ただいまー」

おかしいな、いつもだったらおかえりと婆ちゃんが出てくるんだけど。

不思議に思って婆ちゃんの部屋まで様子を見に行くとベットで横になっていた。

「婆ちゃん大丈夫!?」

柄にもなく焦っている自分がそこに居た。

「ん・・・?あら、おかえりなさい」

「そんな事はどうでもいいんだよ!それより具合悪いの?」

俺に心配させまいと笑顔で応える

「大丈夫だよ、ちょっと疲れちゃっただけだから。でもごめんね、まだご飯作ってないの。すぐ作るから少しだけ待ってて。」

「飯は俺が作るから!いいから寝てろ!」

何で俺はこんなに熱くなっているんだろう

料理は得意ではないが、お粥くらいだったら作れる。ささっと作って婆ちゃんの部屋に置いて体温計と市販の風邪薬を置いてきた。

ひと段落して部屋で一休みする

俺がいるせいで、内職の量も多くこなさなくちゃいけなくなって、寝るのも遅くなって体調崩したんじゃないか?

脳裏に浮かぶ言葉をかき消すように念じる

何も考えるな何も考えるな、何も考えるな!

休んでいると余計な事を考えるので、皿洗いやまだ残ってる事に手をつける。

ある程度片付くとテーブルの上に置いてあった1枚の封筒に目が行く。

いつもなら見向きもしないが、婆ちゃんが寝込んでる今、もし重要な手紙だったとしたら後が大変なので確認する。

学費未払い・・・?

簡単に言うと、3ヶ月分の学費を滞納してるので払って欲しいと催促する手紙だった。

父さんがとうとう学費を払ってくれなくなったようだ。俺らの事はどうでもいいってか?

俺の中で何かが切れた。何年も、「仕方ない」「どうでもいい」「関係ない」で済ませていたものが、数々の理不尽や不幸が堰を切ったように溢れてきた。

気がつけば俺は雨の中外に出て走り出していた。

クソが!クソが!クソが!

俺らが何したって言うんだよ!

何でこんな辛い事ばっかりなんだよ!

なんで俺は婆ちゃんの重荷になるだけで、何もしてやらないんだよ!

もういい、もう要らない

こんな人生だったら俺は捨ててやる!

公園のベンチに座り俺は考える

タダで死ぬ気は無い

まず、俺が居なくなれば婆ちゃんの負担は激減する。そして保険金だ。心配性の母さんが中学校に入学すると俺を保険に入れさせた。

確か3年も経てば自殺でも保険金は降りるんだったよな?

俺は辛いだけの人生を終わらせられるし、婆ちゃんに少しでも楽させてやる事もできる。

後はどこでやるかだな

流石に婆ちゃんにショッキングな姿は見せられないしな・・・

あ!いい事思いついた。思わずニヤける

雨はまだ降っていた。でも気分はさっぱりしていた。

次の日、俺は始発のバスに乗り学校へ早く着いた。早起きは大嫌いだけど、これが最後の登校だと思うと悪い気もしない。

俺はこれから死にに行くというのにとても活き活きしている。

そうか、俺は生きてはいなかったんだ。

毎日毎日、ゆっくり死んでいってるだけだったんだ。

今はやるべき事が見つかったからこんなにも生を感じれるんだ。

事務員くらいしかまだ学校には来ていないだろう。

俺は屋上へ向かう

階段をゆっくり登りながらこれからやる事を再確認する

まずは登校時間になるまで待つ。そして山田をイジメてた奴らが昇降口まで来たら屋上から紐なしバンジーと洒落込む。

前々からあいつらの事は気に入らなかったんだ。山田を助けてやろうと思った訳じゃない

別に仲良くなんて無いし。

ただ気に入らない奴が笑って学校に来ているのが気に食わないので、アイツらにはしばらく飯が食えないくらいショッキングなものを見せてやろうと思っただけだ。

考えている内に屋上に着くと、そこには人影があった。

事務員かと思って隠れたが、そいつは柵を跨ごうと、柵に手を置き足をかけている。

「馬鹿野郎おおおおおおおお!」

「命を粗末にするんじゃねー!!!」

一体どの口から出た言葉なんだろうか

とにかく無我夢中でそいつを捕まえようとして取っ組み合いになる。

朝からツイてなかった。

ついでに飛び降りようとしたソイツも運が悪かった。

何故なら捕まえたのはいいが、俺はそのままバランスを崩し、ソイツにブレンバスターを決めてしまった。

「あっ」

やってしまった・・・

え?これ生きてる?

俺悪いのこれ?え?俺?

アタフタしていると目の前のソイツが悶えるように動き始めた

「いでえええええええええ」

「何すんだよこの人殺し!」

生きてる事に安堵したのもつかの間俺は思っている言葉を吐きつける

「命の恩人だろーがテメェ!」

「命の恩人はブレンバスターなんて使わないよ!」

お互い言いたい事を言い合ったのか、しばらくして呼吸を整えると、ようやく相手を認識する

「あれ?お前山田?」

「なんで加藤君がこんな所にいるんだよ」

山田の奴は知らんが俺は大方予想は出来ていた

「お前と同じ理由かな」

山田が目を見開き驚いたような顔をする

あ!またいい事思いついた。

俺はほくそ笑んだ

「なぁ山田、お前もここに死にに来たんだよな?」

「それは・・・」

山田はまだシラを切ろうとしてるが俺には関係ない

「どうせ捨てる命ならお前をイジメてたあいつらに復讐したくないか?」

「もっとデカい事しようぜ」

こうして俺と山田の奇妙な関係が始まった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また明日 アール @sakura-saki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る