二人の馬鹿
「いたっ、ちょ、ま、ううううっ!」
森の中にライトの悲鳴が木霊した。
それを「わかってるって」の一言で流したウタが、容赦なく包帯を引っ張る。
「いたい! いたいって! ちょ、骨! 骨おれる!」
「折れない折れない。痛ぇのはあざになったところだからな」
騒がしい会話には緊張感などない。ひんやりとした地面に腰を落ち着けて治療は行われていた。
そのすぐそばでは巨大な魔獣、【サイファリス】の解体が行われている。ナイフを器用に使って作業を進めるダルクは、あえてウタとライトのやり取りを無視していた。
数分前にダルクが放った毒針は、狙い通り【サイファリス】の眉間に突き刺さった。
即効性の毒を使ったとはいえ、巨大な身体に毒が回り切るにはある程度の時間を要する。地面にたたきつけられた巨体は鋭い眼光を失うことなくダルクのいる場所を見据え、甲高い鳴き声とともに吹雪を吐き出そうとしてきた。
だが、それは不発に終わった。
(休んでいろと、言ったのに!)
悲鳴を無視しているのは腹いせと八つ当たりだ。
吐息がこぼれるよりも早く動いたのは、ウタでもダルクでもなくライトだった。
木に身体を預けていたはずの彼は鳴き声を聞くと同時に立ち上がり、魔獣に向かって駆け出した。驚いたダルクの声には耳も傾けず跳躍。【サイファリス】の背に飛び乗ると数発、強く拳を叩きつけた。
一発目の拳で、【サイファリス】は何かを詰まらせたかのように息を止めた。
二発目の拳で、その身体を大きく揺らしてライトを振り落とそうとした。
そして、三発目の拳で身体を痙攣させて、そのまま息絶えた。
相手の沈黙を確認した後に倒れたライトは、再び地面に身体を打ち付けることになり痣をいくつか増やした。それでも満足げに「終わったよ」なんて言うのだから、ダルクの胸はなんとも言えない思いでいっぱいになってしまった。
(恥ずかしくて、仕方がない)
そして、悔しくて仕方がない。
偉そうに作戦を語り、予想できたはずの負傷に対応できず、無理をさせてしまった。それだけでも悔しくて仕方がないが、それ以上に恥ずかしかったのが、ライトの実力を甘く見積もっていたということだ。
(最後の三発は適当に打ち込んだわけじゃない。彼は、わたしと同じくらい……いいえ、わたし以上に、あの魔獣を理解していた)
おそらくウタは理解していない。彼は生存のための嗅覚はすぐれているが、知識量はそう多くない、自他ともに認める直感型だ。
だがダルクにはわかってしまった。
一発目は分厚い首の皮の下にある呼吸器を狙ったのだろう。二発目と三発目は少しずらして血管と魔素器官を刺激。ダルクが眉間に打ち込んだ毒を回りやすくした。
――あれ、結局なにしたの。
思い起こされるのはライトからの質問だ。ダルクはそれを聞いて、ウタを相手にするように針を打ち込んだ場所を答えたが、きっとライトが聞きたかったのはそんなことではない。
ライトはどこに針を打ち込んだのかは理解していたはずだ。そのうえで、ただ針を刺しただけで【サイファリス】があんなにも苦しむ理由を知りたがった。
無論、針を打ち込むだけでも一定の効果は望める。それを知っていたからライトは作戦を受け入れて、相手の動きをシミュレートしていたはずだ。
(わたしが、毒のことを先に言っていれば)
ライトの回避が間に合わなかったのも、結局はそこである。相手が暴れることは想定していて、回避行動もとったが、それが間に合わないほど激しく大きい反応が返ってきた。
ダルクがもっと詳しく作戦の内容を語っていれば避けられた怪我だった。
ライトとウタが似ていたから、ついこれまでのように――ウタに作戦を話すように詳細を省いてしまった。
(……いいえ、それは言い訳でしょう)
ライトの実力を見誤っていた。彼もウタと同じく、知識ではなく直感で戦うタイプだと思い込んでいた。
だが実際は違った。ライトはウタほど直感は鋭くなく、それを恐らくは知識で補っている。
それは今まで新しい仲間を作ってこなかった弊害だ。ウタとダルクは旅する前からの知り合いであったから問題なかったが、そこにライトが加われば事情は変わってくる。
お互いのできること、できないことをもっとしっかり把握すべきだったのだ。
無論これはダルクだけの落ち度ではない。それをわかっていても、ダルクは自分を責めずにはいられなかった。
無言で解体作業を進める。討伐証明と資金稼ぎを兼ねて、赤い翼や皮を剥ぎ取り、瞳を取ってしまう。肉や血液はダルクの打った毒のことを考えて、そのまま放置することにした。魔獣とはいえ動物の肉体だ。やがては自然に帰っていく。
ただし、魔素器官だけは別だ。本来の動物にはない器官。魔獣だけが用いる魔素という不可視のそれが、動物や土地を汚染しないとは限らない。
肉を切り開いて目的のものを探す。白い球体に透明な管が伸びたようなそれは、途切れることないひとつの器官として存在していた。球体の部分は魔素溜まりと呼ばれていて、特に魔素を必要とする部分に位置するといわれる。【サイファリス】の場合は喉元と肺、翼、そして心臓にあたる部分に球体が見られた。
魔素器官をずるりと引きずり出す。一度で全てを取り出すと長すぎるため、適当なところで切断。革袋を取り出そうとしたところで、横から手が伸びてきた。
「これだろ?」
「ウタ」
いつの間にか治療を終えていたらしい。ウタがダルクに革袋を投げて渡す。その後ろでは、上半身に包帯を巻いたライトが痛みに耐えるようにうずくまっていた。
「ライトは、大丈夫なのですか」
「ああ。骨にヒビがいってそうだが、ああやって包帯で固定しちまえばしばらくはいいだろ」
医者には見てもらうべきだけどな、と言ってウタはダルクの横にしゃがみ込んだ。「まぁ、気にするなって」と彼は明るく言う。
「俺もアイツも、気にしちゃいねぇ。っつーか、あれくらいのケガで大事なこと学べたんなら、儲けものだろ」
「でも」
「でももクソもねぇよ。成功は失敗のもと、じゃなくて、あーなんだっけ」
「失敗は成功のもと、じゃないかな……」
弱弱しい声で、ライトが口を挟んだ。ごろんと地面に寝転がった彼は、顔だけを二人の方に向けている。
「ウタの言う通りだよ。ダルクが全部悪いわけじゃない。僕も、きちんと自分のことを伝えるべきだったんだ。だからお相子……じゃ、だめかな?」
「ですが、あなたは怪我をして」
「うーん、これくらいならなぁ。ひとりだともっとひどい怪我になってただろうし、それに、ウタの治療のほうが痛かったし」
「おいライト喧嘩売ってんのか? 買うぞ? もっときつく包帯〆んぞ?」
「今のしめる、絶対意味違ったよね……?」
勘弁して、と本気で嫌そうな声を出す。真面目な話をしていたはずなのに気づけば軽快なやり取りへと変わっていた。
(本当に、)
「ライトは、大人ですね」
小さくこぼす。ぎゃいぎゃいと言い合っている男二人には聞こえてないようだが、それでいい。
ああ、彼は大人だ。自分たちよりも、十分。
笑みをこぼす。後悔も恥も消えたわけではないが、それでも幾分か気分が明るくなっていた。
解体作業が終わったらおそらくここで一晩野営をすることになる。そのときに反省も込みで多くのことを話そう。
ただ、今はまあ。
「それ以上本気で喧嘩を続けるようなら、麻痺毒を打ちますよ」
二人の馬鹿の言い争いを止めるほうが先だろう。
――EP1 鏡合わせの馬鹿 終
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