大人への扉
無月兄
第1話 妹みたいなわたし
小学校からの帰り道、喫茶店のドアを開く。これがわたし、
と言いたいところだけど、この喫茶店はわたしの家でもある。つまり、自分の家に帰ってきたってだけの話。
お父さんやお母さんからは、喫茶店から出入りしないって注意されてるけど、こっちの方が入りやすいんだもん。
それからしばらくして、もうすぐ晩御飯ってくらいの時間になると、もう一度だけ喫茶店に顔を出す。それもまた、毎日のことだった。
だって、ユウくんが来るから。
「ユウくん、お帰りなさい」
喫茶店に行くと、早速待っていた人がやって来て、嬉しくなって駆け寄っていく。
「藍、ただいま」
ユウくんは、いつものように笑いながらわたしの頭を撫でてくれた。その優しい表情に、思わずドキッとする。
ちなみに、ただいまって言ってるけど、もちろんユウくんはうちに住んでる訳じゃない。ユウくんの家はうちの近所にあるけど、毎日学校帰りにうちの喫茶店にやって来て晩御飯を食べてるから、ついお帰りって言うようになっていた。
「ねえ、後でわたしの宿題見てくれない?」
「こら藍、ワガママ言って困らせたらダメだろ。分からないなら、後でお父さんが教えてやるから」
お父さんがそう注意するけど、わたしはユウくんがいいの。ユウくんに教えてほしくて、今までやらないでとっておいたんだから。
「俺はかまいませんよ。藍、持ってきてくれるか?」
嫌な顔一つ見せずにそう言ってくれる。そんな優しいユウくんが、わたしは大好きだった。
だけどその時になって、ユウくんの座っている席の隣に、別の誰かがいるのに気づいた。
「その子が、いつも言ってる藍ちゃんね」
その人は、ユウくんと同じ学校の制服を着ていた。ただしユウくんとは違って、女子の制服だ。もちろんその人は女の人で、しかも美人だった。
「わたし、有馬くんと同じクラスの、
その美人さん、大沢さんはそう言ってにこやかに挨拶してくれたけど、わたしは自分がどんな顔をしているのかも分からない。
ユウくんと同じクラスって言っても、どういう関係なんだろう。
「も、もしかして、ユウくんの彼女なの?」
自分の声が緊張で震えているのが分かった。もしここで、そうだって答えが返ってきたら、この人がユウくんに彼女だったら、そう考えると、なんだか凄く寂しい気持ちになった。
「ううん、ただの友達。有馬くん、彼女はいないから」
そう言われてホッとため息をつく。よかったって、心から思った。
大沢さんは少し笑って、それからさらにこう言ってくれた。
「有馬くん、いつもあなたの話してるのよ。だから、今日初めて会ったって気がしなかったわ」
「ユウくんが!本当ですか!?」
「ええ。近所に住んでるかわいい女の子だってね」
ユウくん、いつもわたしの話をしてるんだ。しかも、かわいいって言ってるんだ。思わず、飛び上がるようにしてユウくんを見る。
「そんなにいつも言ってたっけ? まあ、何度か話はしてるかな」
ちょっと恥ずかしいけど、ユウくんが学校でもわたしのことを考えてくれてたんだと思うと、すごく嬉しかった。
だけど──
「とってもかわいい、妹みたいな子だって」
妹。ユウくんにそう言われた瞬間、なぜか胸が少しだけチクッとした。
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