大人への扉

無月兄

第1話 妹みたいなわたし

 小学校からの帰り道、喫茶店のドアを開く。これがわたし、藤崎藍ふじさきあいの日常。学校帰りに喫茶店なんて、なんだか大人っぽい。

 と言いたいところだけど、この喫茶店はわたしの家でもある。つまり、自分の家に帰ってきたってだけの話。

 お父さんやお母さんからは、喫茶店から出入りしないって注意されてるけど、こっちの方が入りやすいんだもん。


 それからしばらくして、もうすぐ晩御飯ってくらいの時間になると、もう一度だけ喫茶店に顔を出す。それもまた、毎日のことだった。


 だって、ユウくんが来るから。







「ユウくん、お帰りなさい」


 喫茶店に行くと、早速待っていた人がやって来て、嬉しくなって駆け寄っていく。

 有馬優斗ありまゆうと。わたしは、ユウくんって呼んでいる。近くにある高校の制服を着た男の人。小学四年生のわたしより、七つ年上の高校二年生だ。



「藍、ただいま」


 ユウくんは、いつものように笑いながらわたしの頭を撫でてくれた。その優しい表情に、思わずドキッとする。


 ちなみに、ただいまって言ってるけど、もちろんユウくんはうちに住んでる訳じゃない。ユウくんの家はうちの近所にあるけど、毎日学校帰りにうちの喫茶店にやって来て晩御飯を食べてるから、ついお帰りって言うようになっていた。


「ねえ、後でわたしの宿題見てくれない?」

「こら藍、ワガママ言って困らせたらダメだろ。分からないなら、後でお父さんが教えてやるから」


 お父さんがそう注意するけど、わたしはユウくんがいいの。ユウくんに教えてほしくて、今までやらないでとっておいたんだから。


「俺はかまいませんよ。藍、持ってきてくれるか?」


 嫌な顔一つ見せずにそう言ってくれる。そんな優しいユウくんが、わたしは大好きだった。


 だけどその時になって、ユウくんの座っている席の隣に、別の誰かがいるのに気づいた。


「その子が、いつも言ってる藍ちゃんね」


 その人は、ユウくんと同じ学校の制服を着ていた。ただしユウくんとは違って、女子の制服だ。もちろんその人は女の人で、しかも美人だった。


「わたし、有馬くんと同じクラスの、大沢泉おおさわいずみって言うの」


 その美人さん、大沢さんはそう言ってにこやかに挨拶してくれたけど、わたしは自分がどんな顔をしているのかも分からない。

 ユウくんと同じクラスって言っても、どういう関係なんだろう。


「も、もしかして、ユウくんの彼女なの?」


 自分の声が緊張で震えているのが分かった。もしここで、そうだって答えが返ってきたら、この人がユウくんに彼女だったら、そう考えると、なんだか凄く寂しい気持ちになった。


「ううん、ただの友達。有馬くん、彼女はいないから」


 そう言われてホッとため息をつく。よかったって、心から思った。

 大沢さんは少し笑って、それからさらにこう言ってくれた。


「有馬くん、いつもあなたの話してるのよ。だから、今日初めて会ったって気がしなかったわ」

「ユウくんが!本当ですか!?」

「ええ。近所に住んでるかわいい女の子だってね」


 ユウくん、いつもわたしの話をしてるんだ。しかも、かわいいって言ってるんだ。思わず、飛び上がるようにしてユウくんを見る。


「そんなにいつも言ってたっけ? まあ、何度か話はしてるかな」


 ちょっと恥ずかしいけど、ユウくんが学校でもわたしのことを考えてくれてたんだと思うと、すごく嬉しかった。

 だけど──


「とってもかわいい、妹みたいな子だって」


 妹。ユウくんにそう言われた瞬間、なぜか胸が少しだけチクッとした。













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