第64話 根室重光と根室容保が再会すること③

 「すみません! 幽香を持って行かれました!」

 星願寺の本堂へ戻ると、まず頭を下げた。

 「伯父さま、根室くんを責めないであげてください。あの人たちに利用されていることもわからなかったわたしが悪いんです」

 隣りで信南子先生も口添えしてくれる。

 「よいよい。大方そんなところじゃろうと思うておったよ」

 信星住職は一切咎めることなく父の収まる水晶玉を見た。


 「ひさしぶりじゃな容保くん」

 『お住持さまこそご健勝な様子で何よりです』

 ひさびさの邂逅を果たした親父と老師は快活に笑い合った。

 「あまり健康でもないぞ。近頃はボケが進んで、君の息子を半六と勘違いしたりする有様じゃて」

 『ご謙遜を。倅がお住持さまの知遇を得ていたとは、神仏のお導きを感じずにはいられませんな』

 「わしも人生も終わりにさしかかった頃に善い子らに出会えたのは、信仰に生きた者への神仏からせめてもの贈り物じゃな」

 『終わりだなんてお住持さまもまだまだ』

 「いや、明日にもまた自分を見失ってしまいそうなんじゃ」

 『それはいけませんな……』


 俺も鼓動が高鳴った。住職が再び記憶欠如の状態に戻ってしまうのか。

 「お住持さま、俺が絶対に薬師如来の神電池を手に入れてきます」

 膝を折って誓いを立てると半六も隣で膝をつく。

 「それまで頑張ってください。僕たち、お住持さまから、もっともっと神音力のことや信仰心による発電を学びたいんです」

 「おまえたちの気持ちは嬉しいが、老齢による肉体の劣化までは、どんなボケ封じに効く神様の霊験を以ってしても完全克服とはいくまいよ。せいぜいが現状を維持する時間を増やせるだけじゃて」

 「そんな……」


 切ないため息が漏れ、俺は視線を格子天井へ向けた。

 友の辛い表情を見るのが耐えられなかった。

 「自然の摂理にだけは逆らえん。逆らってはならん」

 特に付け加えることもない正論である。水晶玉の中の親父を初め、半六の父の栄之助さん、信南子さんも黙っている。


 『烏鴉カア~』

 気まずい間を破ったのは、くたびれはてたような鳴き声だった。

 境内に面した廊下に鳥型ロボットが舞い降りてきた。

 「ナキワスレ! やられたのか?」

 半六が駆け寄った。愛鳥の片翼が折れている。

 「油断したな。すぐ直してやるぞ」

 『不可鴉フカア……』

 神使は今は報告が先とばかり首をぐるぐる回転させて修理を拒んだ。山吹色の両目から二乗の光線を照射、障子に画像を映し出す。


 立誠高校が半透明の薄緑のドームで覆われていた。

 「奴等すでに結界を張り終えたか」

 画像が代わる。校門前に鳥居が立てられていた。

 「寺社でバトルするときのですか……?」

 「これで近隣の住人にも不審がられずにすみますからね」

 ナキワスレは接近し過ぎて結界バリアに接触してしまったようだ。


 「俺は学校へ向かいます。ゆっくり作戦を練る暇もなさそうですから」

 信星住職は何事かを思案しながら顎を撫でる。

 「そうじゃな。幽香が悪遮羅に食われてしまっては元も子もない。おまえと半六はすぐに討ち入りの準備をしてくれ。わしもヒトトビとナキワスレの修理をしつつ、結界を破る祈祷を始めよう」

 「はい、任せてください」

 「ちょっとした戦争だよ重光。この日のために神電池を入れて使ってみたかった玩具の武器がいっぱいあるんだ」

 半六が頼もしそうに俺の肩に触れた。

 「派手にぶっ放してやるぜ」


 「待って」

 二人で奥の間へいこうとしたところで信南子先生が手をあげた。

 「わたしも行きます」

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