第52話 鬼女の胎動④

 「油断したとはいえ男に不覚を取るとは……」

 侮蔑をあらわに如斎谷は吐き捨てた。

 「貴重な血を分けてやっても凡夫は凡夫だな」

 失神した長野をまたぐどころか踏みつけにして来た。

 メリッと体重のかかった鈍い音がする。凶悪さんのときと同様、すがすがしいまでに敗れた部下への労わりがないな。

 ま、男性憎悪の結晶みたいな奴なんでもう一回ぐらい踏んでもいいと思うが。


 「リ、リーダー兵美ちゃんがあんまりです」

 「おまえも廃棄されたいか?」

 冷徹そのものの声に片岡杏も無言で首を振った。

 しかし、血を分けてやったというのが妙にひっかかる。

 「私が直々にやろう」

 「いよいよ大親分みずから俺と立ち会うか?」

 「部下がポンコツだらけだからね──っと」

 真横からのキックに如斎谷がよろめいた。


 『卯-ッ!』

 毎度来るのがやや遅めの我が神電使の参上である。

 「ちっ、ロボ兎ともどもじっとさせようか」

 如斎谷の右腕には白いブラウスの上から銀のリングが二つ嵌まっている。筋肉を引き絞るとリングは腕を滑り落ちる。

 「気をつけろヒトトビ」

 指にひっかけて、くるくる回してからこっちの頭上へ投げつけた。

 (でかくなった⁉)

 うっかり見惚れたのが運の尽き、瞬く間に頭の直径以上に広がり、真上から落ちてきたリングが俺の胴体を締め付ける。


 「何だこれは! 離せ!」

 『卯卯卯ウウウ⁉』

 ヒトトビも魔法の腕輪に拘束されていた。

 「外道法術、捕縛如意輪キャッチングチャクラのお味はいかがかな?」

 「如斎谷さん、重光ちゃんにひどいことしないで!」

 半裸に近い幽香が叫ぶ。

 「暫定フィアンセに好んでこんなことをする女がいるものか。兄上が桃みたいにスライスされたくなければ君が阻止してみたまえ」


 改めて扇を広げて剣呑なポーズを取る。

 本気で鋼鉄さえ断ちかねない真空波を飛ばすつもりか。

 「ま、待て! 俺を痛めつけたって無駄だ! 幽香とはケンカ中なんだ! 俺が殺されそうになったところで助けやしない!」

 「ケンカ中?」

 いいことを聞いたとばかり如斎谷の目が笑う。

 「彼女の本性を確かめるにもってこいの状況だ!」

 鉄扇が展開して大きく弧を描く。

 「駄目ーっ!」

 「やめろーっ!」

 

 射出されたのは白く輝く半月型の刃だった。

 衝撃波というより可視化されるほど凝縮された神音力だ。対策は逃げの一択のみだが腕輪のおかげで足に力が入らない。

 死神を乗せた白刃が俺を捉える寸前、幽香が割って入った。

 俺を抱いて迫る半月に背を晒す。

 「よせ幽香っ!」

 淡い青炎が全身を包み、髪が銀色に染まってゆく。

 風船が破裂したような音が鼓膜に響き、狂気の半月が砕け散る。胴体を封じるリングも衝撃で弾け飛んだ。


 「……大丈夫?」

 「馬鹿……」

 おのれを盾に痛苦を耐えた顔には紅玉の瞳と短い双角。

 幽香は三度みたび鬼女への変貌を遂げていた。しかも今度は衆目の真っただ中で。

 「あれほど言ったのにおまえは!」

 感謝すべきところを面罵してしまう。


 「どどどうしましょう⁉ また鬼になっちゃいました⁉」

 「ええい、ここは退却だ」

 「授業は?」

 「どうせ今日は休校になる!」

 「岡田先生はいいの?」

 「う~ん……いい!」

 二秒半ばかり考えた。

 「寝かせとけ! それよりヒトトビを落とすな」

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