第26話 神電池実戦・三光宮御由緒

 球体の次の対戦相手は四角だった。

 土曜日の午後五時前、ひさしぶりに三光宮さんこうぐうを参拝に訪れた帰りに絡まれた。

 三光宮、またの名を星の宮、三星神社みつぼしじんじゃ

 元々は星願寺の寺内社で、明治維新後の神仏分離令で現在の場所に移ってきた。神社としての歴史は案外浅いのだ。


 三光とは言うまでもなく日月星ひつきほしを指す。天照大神が太陽、月詠命が月なのは当然として、少々特異なのは素戔嗚命を星――明星の化身と見なしている点か。

 しかし、伊邪那岐から同時に生まれた三貴子のうち姉兄が天体を司る神でありながら、末弟だけが違うというのは座りの悪さを覚える人も多いようで、素戔嗚の神性を星と捉える説も、それなりの説得力を持つ考察を伴って存在する。


 百年以上に渡って日月星の三姉弟として親しまれてきた本社だが、星願寺同様、先代の神主さんが高齢で隠居して以来、後任が決まらない悩みを抱えている。

 正月、夏越祓、秋祭の時期に総社の禰宜さんが出向いてくれて、あとは敬虔な付近住民が交代で境内や社殿の掃除を受け持つ。かくいう俺たちもその一員だ。

 自宅の神棚よりも神電池のリフレッシュに効果的と思い、境内を掃き清めながら、拝殿前に置いた三方の上の神電池が再充電されるのを待つ。


 「ちゃんと瓦、持ってろよ」

 時間が余ったので恐兎怖跳拳の練習をすることにした。

 「瓦が割れたって勝てないものは勝てないわ」

 「だからといって無為に過ごしながら待つわけにはいかん」

 俺は如斎谷昆じょさいやこんのことを思い出していた。

 あの女と対峙する時が再び来る――八日前の下弦の夜にここで会って以来、とんと姿を現わさぬが、いつか俺の前に立ちはだかる。あれはそういう女だ。

 どのような甘言を弄して俺を丸め込みにかかるか予測がつかない。しかし、あの女に与する気はない以上、激突は必至。

 雌雄を決する日に備えて修練を積み重ねておく必要がある。


 「いくぞ」

 「ひっ……」

 「終わった」

 幽香が目をそらした瞬間に瓦を正拳で砕いていた。

 学校の空手部で突きを教えてもらった。おかげで恐兎拳の精度も増した。

 「お見事です」

 「誉めなくていい。この程度だもんな」

 学生時代に三十人の不良を恐兎拳で手玉に取って全滅させた親父の武勇と比べたら、たかが瓦一枚粉砕できたところで自慢にもならない。


 「この程度だなんて……十分強いですよ」

 「おまえは瓦を握り潰せるだろ」

 「でも……」

 「わかっているはずだ。いくら鍛えてもおまえの怪力には及ばないことぐらい」

 「重光ちゃん、わたしのことが怖いですか?」

 「はあ?」

 「幽香の馬鹿力が嫌いなんですか?」

 こいつが頓珍漢な発言をした場合、即体罰が鉄則だが今回は違った。

 「嫌いなわけないだろ!」


 ああ恥ずかしい。実に恥ずかしい。

 無自覚に僻みっぽい言い方をしてしまった。

 「もっと有効に使ってほしいとは思っているが、別に難癖つけてるわけじゃないんだ。もっと言葉を選ぶべきだったな、許せ」

 「重光ちゃん、わたしなんかに頭下げないでください!」

 「いや、今日は俺が悪い。おまえの力は天からの授かりものだ。誇りにするべきものにケチつけるような真似をしてすまなかった」

 「やめてください! いつもみたいにわたしをポカポカ殴って!」


 おもてを上げると、ここを叩けと幽香が自分の頭を指さしている。

 ぎゅっと目をつぶり、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて。

 「ひっどいもんだ。おまえが不細工なのが改めてよくわかるよ」

 たまらず吐息と一緒に苦笑がもれた。

 「弱気になり過ぎてたかな」


 充電も終わり、締めに祓詞を奏上した後、俺たちは三光宮を後にした。

 「最近の重光ちゃんて聖人みたい」

 「神電池バトルで一番頼りになるのは信仰心だからな」

 鳥居を出て、しばらく歩いたところの四辻の角から人影が伸びていた。

 歩みを止めて幽香にも警戒をうながす。


 「たぶん対戦相手だ」

 シルクハットに膨らんだスカート。影の主は女と見ていいな。

 「待ち伏せか?」

 声をかけると歌声のような返事が帰ってきた。

 「心当たりがおありでしょう?」

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