第17話 神電池入門②

 畳には新聞紙が敷かれ、その上にプラモデルのような物が横たわっていた。

 鳥のロボットで、真っ黒なボディと真っ黒な翼、黄金に煌めく嘴と足のコントラストが見事だった。背中にも金色の日輪紋がある。

 その横では四本並んだ単三電池が充電中だ。


 「これは鳥の模型か?」

 「神電使しんでんしだよ。金烏きんうの神電使」

 「初めて聞く言葉ばっかりだな」

 「太陽に棲む烏だよ。八咫烏の親戚」

 「金烏は知ってる。初耳なのは神電使のほうだ」

 「僕や君が持つ神電池を動力源にする使い魔みたいなものさ。今整備中のこいつも、神電池を入れれば動き出す。僕の命令ひとつでね」


 そこで充電完了を告げる音がした。

 「馬鹿に早いな。でも、ちょうどいい。具体例を見せてあげよう」

 いったん閉めた障子を開けて、埜口は廊下に出る。

 庭に向かって設置された機械はソーラーパネルに見えた。コンバーターと蓄電器を経由して単三電池を四本並べた充電器に繋がっている。

 「集光パネルみたいだけど信仰心を集める〝宗教パネル〟さ」

 埜口は柏手を打って、ありがたやありがたやと乾電池をはずす。

 「元はエボループだったんだぜ」

 商標名が消えた金色の外装に浮かぶ図案は、これぞお伊勢さまの象徴、花菱紋。

 「こいつに入れるよ。上手くいったらお慰み」

 「わたしにも見せて」

 溺れた人みたいに幽香が縁側から這い上がってくる。


 新聞紙の上で寝ていたロボットの背中の蓋が開かれ、神電池が挿入された。

 ライトのような丸い目が山吹色に光った。

 尾羽を支えに立ち上がると、鳥は調子を整えているのか左右に首を振り、ぐるっと360度回転させた。烏だがフクロウみたいだ。

 「調子はいいようだねナキワスレ」

 『快調』

 電子的な音声で答え、神使は翼を広げた。

 両翼の先端は指のように五枚の羽が金色に輝いている。


 「この子、ナキワスレっていうんですか?」

 「うん、烏なのにカアーって鳴かないだろ? 鳴くのを忘れたみたいなんでナキワスレ。でも、人語はわりと流暢に話すよ。ほらナキワスレ、お客様にご挨拶」

漆黒の鳥は体を傾けてお辞儀をした。

 『我名ナキワスレ』

 「かわいい……」

 「ああ、俺は根室重光だ。よろしくな」

 片言で挨拶する姿は実に健気で、思わず愛想よく応えてしまう。

 『ネ・ム・ロ・シ・ゲ・ミ・ツ。義勇麗人』

 「わたしは重光ちゃんの従妹いもうとで幽香っていうの」

 『ネ・ム・ロ・ユ・カ。美少…………健啖令嬢』


 美点を見つけるのに手間取った微妙な間など気にもとめず、幽香は拝火教の原始部族の人みたいに感動の言葉を連発した。

 「すごい! すごいです! 科学万歳です! 二十一世紀の文明開化です! 産業革命です!」

 同感である。アホには言葉を飾る知恵が不足している。徒に人の怒りを買う軽率な発言にも繋がるが、転じて誉めるときはどこまでも純粋だ。


 「よほど高度な人工知能を搭載してるんだな」

 「もう人工生物と言っていい。何が素体か知ったらたまげるぜ」

 「半六、お茶を煎れたぞ」

 お父上の声が聞こえてきた。

 「ナキワスレ、取ってきておくれ」

 メカ烏はさっと飛び立ち、すぐに戻ってきた。

 お盆を三本の足でしっかり掴んで宙に浮いている。そう、三本。金烏だけあって第三の足が普段は内部に収納されていたのだ。

 「ありがとう。部屋の外で待機しててくれ」


 お盆の上では、食材の色がよく出た黄色いケーキと、湯気をたてるハーブティーのカップが三つ。

 「美味しそうですねえ」

 食い気丸出しの女が舌なめずりをする。

 「南瓜ケーキは父さんの十八番だよ」

 「おまえの父さんって、もしかして専業主夫?」

 「バイト程度に詩作もするけどね。母さんが宗教法人の事務長やってて、こっちの稼ぎがまたいいんだ」

 専業主夫が気楽な身分とは思わないが、ちょっと羨ましい人生だ。


 「あのあのあの、早くいただかないとお茶が冷めてしまいますよ」

 「黙ってろ。ここへおやつをたかりに来たのか」

 「いいよ幽香ちゃん、お茶を飲みながら解説しようじゃないか」

 「ありがとうございまーす」

 初見でうちのバカ姫さまの大飯ぐらいを喝破したのであれば、埜口の父上の慧眼には舌を巻くばかりである。

 ケーキはあらかじめ三人ぶんに切り分けられてはおらず、真ん中でぶった切られた半個だけがでんっと皿に乗っていた。


 「はい、レディには少し大きいかな?」

 「もっと大きくてもいいです!」

 どうせ最初のうちだけだと思うが、兄弟のいない人間には世話を焼いてやれる弟妹ていまいの存在が面白いのだろう。埜口は嫌な顔ひとつせずケーキをナイフで切り分けてやる。

 「根室くんはこれでいいかい?」

 自分には申しわけ程度に切り取って、残り全部を俺に勧めてくれた。

 いい奴だな。いい奴であってほしいな。

 「うん? ありがとな」

 十八番というだけあって埜口父の南瓜ケーキは美味しかった。幽香などは四分の一個に近い量を瞬く間にたいらげ、お茶をすすりながらじっと俺の皿を見る。


 「やらねえぞ」

 凄味を効かせて乞食目線を封殺しておく。

 「はい……栄養過多よね……」

 「半分あげよう。あーんして」

 紫ドンファンが自分のケーキをフォークで幽香の口元へ差し出した。

 「埜口さん優しい……」

 餌付けされて涙を浮かべる従妹に嫌気がさす。


 「あまり甘やかさないでくれ。そいつ図に乗りやすいからな」

 「甘やかしてる気はないよ。変に体重ばっかり気にするよりパクパク食べる女の子のほうが健全だと思うだけさ」

 「そりゃ食う量に見合う働きをすればの話だぜ」

 「それでこの子が駄目になると思ったら、君が存分に殴る蹴るすればいい」

 「殴打だけじゃ効果がなくなってきてんだよ」

 表向きは嫌味で通すものの、俺は内心、奴と飴鞭を分担する形で幽香を調教していければ、それは理想的な関係なのではないかと感じ始めていた。

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