第18話 神電池入門③
ティータイムを終えて、埜口の講義が始まった。
「ナキワスレの素体はおはようピーちゃんなんだ」
「あのペットロボットの⁉」
前身が単三電池二本で稼働する九官鳥ロボとは度肝を抜かれた。
「うん、神電池を入れただけで完璧に御用聞きを果たす神使に生まれ変わった」
「他の機械にも応用できそうだな」
「むしろそっちに関心があるんだろ。ラジオを聞いてみようか」
ラジカセのスイッチを入れると般若心経が聞こえてきた。
「星願寺でお住持さまが読経してるな」
ダイヤルを左右に何度か回しても流れてくるのは読経ばかりで、近場の神社から初宮参りの祝詞が一度混じっただけだった。
「駄目だ。すぐ近所でお経を唱えてたら」
「宗教関係の音を優先して拾ってしまうわけか」
「仏教>神道>その他の順でね。おかげで神音力の収集装置にもなる。上手くいけば霊の会話とかも聞けるよ」
ラジオを切って、次に用意したのは二台のラジコン自動車。
「根室くん、このプロポに自分の神電池を入れて。神音力比べだ」
言われるままに俺は青いスポーツカーの送信機に木瓜紋の電池をセットする。埜口は同型の赤い車のプロポに充電したての天神の神電池とは別の一本を入れた。
「それは何の霊を降ろした電池だ?」
「試合ってからのお楽しみということで。幽香ちゃん、合図を頼む」
「承りました。はっけよーい……」
「相撲なのか?」
「この畳の縁から相手を出したほうが勝ちとしよう」
「待て! 俺はラジコンの操作なんてあまりやったことがない」
無趣味に近い男だな俺は。寺社参拝は体に刻まれた習慣だし、スポーツは人並以上にこなすが部活で情熱を燃やすほどでもなく、ゲームも暇つぶし程度にしかやらないし本当に十代の少年だろうか。
「こう動けと念を込めればいい。下手に操作しようなんて考えないに限る」
「のこった!」
埜口の操作する赤い車がぶつかってきた。
大急ぎでこちらもプロポを握りしめて踏みこたえさせる。しかし、地の利か電池の性能差か、俺のラジコンはじりじり押しされてゆく。
「重光ちゃん、後がないですよ!」
「三光大明神を仰ぎ奉り、負い持つ業に励ましめ給ひ……」
鰯の頭も信心からだ。推進剤になればと拝詞と
「大津辺にいる大船を大海原に押し放つ事の如く……!」
一瞬、ぐぐっと赤い車を後退させた。が、相手に乗り上げる形となり、てこの原理で跳ね上げられた。
逆さまになって畳に落ちた青車のホイールが空しく回る。
「レッドアロー号の勝ちぃ~」
無念そうに幽香が埜口に軍配をあげる。
「完敗だ。俺じゃ薬師さまの神電池を取れる見込みは薄いかな」
「相手の土俵で負けたぐらい気にしない。隣室が仏間でね」
襖を開けると、洋服箪笥ぐらいの大きさの見事な仏壇があり、きらびやかな装身具をまとった仏の
「大日如来?」
「我が家の守り本尊さ。お分けいただいた神音力を貯めたのがこれ」
〝ア〟と読む種字の神電池が埜口のプロポから出てきた。
「
「そう、天照と同じく太陽の神格だ。比和効果でより強い神音力が引き出せる。僕にとって地の利が最大に働く場所で、よく持ちこたえたほうだよ」
「埜口さんの言うとおりです。敗北は恥じゃありません」
もらい泣きして、ハンカチで涙をぬぐう幽香の慰めが最高に疎ましい。
「負けてからが本当の勝負なんです。わたしは百や二百の敗北で重光ちゃんを見捨てたりしません。自信回復のためにわたしに一発お見舞いください」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
脳天を足ではさんで体を持ち上げるとパイルドライバーで床に埋めた。
場所が悪かろうと純粋な実力負けである。〝レッドアロー〟の時点で相当ムカッときてはいたが、感情任せに殴ったら単なる八つ当たりなので、お仕置きは日を改めてと考えていたところを本人の申し出により急遽変更させてもらった。
「悪い、畳が凹んじまったかもしれん」
「スマートにやるなら女の子への暴力もOKだよ。パンツ丸見えなら尚良し」
お尻を高く上げて失神中の幽香のスカートは盛大にめくれあがっている。しっかりデジカメで撮影している埜口は食えぬ男だ。
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