第11話 魔族の片鱗

 ユーマがこちらへ来て二か月が経った。


「やめてください」


 ユーマは高等部のダルタス、彼とよくつるんでいる数人の生徒に周りを取り囲まれていた。


 今日は特別に高等部が初等部に指導するという訓練内容であったため、

 教官の監視が無く、訓練場で堂々とユーマへのイジメが行われていた。


「やめてくださいだ? 何言ってんだよ。訓練に付き合ってやってんだ。有難く思えよっ」


 ユーマがダルタスから前蹴りをくらい地面に倒れ込む。

 その様子を見て周りの生徒はへらへらと笑う。


 ユーマは素手の状態、周りには武器を持つ生徒たちに囲まれ、

 ユーマの顔には悔しさよりも恐怖が表れている。


「たくっ、もっと抵抗してくれていいんだぞ。その方が楽しいからな」


 ダルタスは剣を振り回しながら退屈そうにする。

 ユーマは目の前にチラつく刃物に怖気づき、相手を刺激しないように徹するので精いっぱいだった。


「そういえば、前から気になってたんだが、お前のいつもしてるブレスレット、結構な値打ちもんじゃねえのか」


 その言葉にユーマの反応は過剰だった。

 取られる。

 そう思ったユーマは母からもらった大切な贈り物を取られまいと体で覆い隠し、ダルタスを見る。


「これは……」


 その行動はダルタスの物欲を強くさせた。

 値打ち物に違いないと欲望に満ちた目でユーマの手の内にあるブレスレットに注がれる。


「そう言われると余計欲しくなるんだよな。お前らそれを持ってこい」


 高等部の生徒が数人ユーマの身体を押さえつけ、ブレスレットを奪い取る。


「やめろ!」


 初めて必死に抵抗するが、自分よりも大きい体の人間が何人も相手ではその抵抗は無駄である。


 虚しい抵抗を気にも留めることもなく、ダルタスは手に入れたブレスレットを腕にはめその輝きに目を奪われる。


「こりゃいいや、お前なんかなにゃ勿体ねーな」


 ユーマは悔しさで泣き出す。自分の力の無さを恨む。

 心の底から初めて憎悪という攻撃性を持った感情が爆発する感覚を持った。



「返せ」



 一瞬だった。

 誰にも何が起こったか分からなかった。

 ユーマ自身でさえも。


 ユーマはいつの間にか押さえつけられた場から抜け出し、

 グルタスの背後に駆け抜けていた。


 グルタスは激痛の走る左手に目をやる。


「うわあぁぁぁぁぁ」


 ブレスレットを嵌めていた左腕の肘部分から下が千切られていた。

 粗い切り口から血が噴き出す。

 突然の事に周りの生徒たちも慌てふためく。


 周りの慌てようにユーマも驚くが、

 右手が何かを握っている感覚に気づき、正体を確かめる。


「そんな……」


 ユーマの右手にはブレスレットが嵌められたままのグルタスの左腕が握られていた。


「てめぇー、よくも……よくも俺の腕を」


 グルタスが出血を抑えようと右手で止血するが血が止まる気配は一向にない。


「違う、知らない」

「知らないじゃねーよ。お前が持ってるじゃねーか。バケモノ」


 ユーマはブレスレットを外し、千切った腕を地面に投げ捨てる。


「違うんです。これは――」

「お前ら、アイツを殺せ、このままじゃアイツに殺されるぞ」

「待ってください。話を――ぐわっ」


 後ろにいた生徒が持っていた剣でユーマの背中を切りつける。

 実際に相手を切ったことのない生徒には迷いもあったようで、致命傷なほど深い傷ではならなかったようだが、動きを止めるには十分だった。


 殺される。

 逃げるしかない。


 その考えがユーマの頭を駆け巡った。

 背中の傷の痛みを気合でねじ伏せ、生き延びるための行動だけをひたすら考える。


 素早く立ち上がり、誰もいない方向へ走り始める。


「逃げるぞ」

「逃がすか」


 生徒たちが自分たちの武器を元康に一斉に投げる。

 訓練を受けている生徒だけあって、狙いは正確であった。

 モーニングスターが背中にあたり、ユーマの背にあたり傷口をさらにえぐる。


「ぐがっ」


 傷口だけではない。

 重さからくる衝撃はユーマの全身にも響き、心臓の鼓動を一瞬止める。

 倒れたら二度と立ち上がれない。


 その意思がユーマを倒れさせなかったが、

 動かなければ格好の的、

 投げ遅れた生徒がそこへ斧で仕留めにかかる。


「ああ……」


 斧は見事にユーマの右足に命中しただけでなく、膝から下を切り落とした。かろうじて立っていたユーマは前のめりに倒れ込む。


「倒れたぞ。今度こそ仕留めろ」


 生徒たちがユーマにとどめをさすため、当たり損ねた武器を拾いながら走り寄って来る。


 地面に耳が触れているユーマに刻々と近付く死神の足音が聞こえてきた。


 殺される!


 避けられない現実にユーマは目を閉じる。

 そして母からもらったブレスレットをしっかりと握る。


「お母さん……助けて……」


 ユーマがつぶやくほど心から願った。


 その瞬間、ブレスレットが輝き、銀色の風がユーマの周囲を囲む。

 異様な光景に生徒たちは歩みを止める。


 様子見で武器を投げつけた者もいるが、

 銀色の風がそれらを寄せ付けない。


 数秒経ち、風が徐々にその姿を消していくと、

 いたはずのユーマも消えていた。


「チクショウ、どこ行きやがった。探せ、ここで逃がしたら本当に殺されるぞ」


 グルタスが喚き散らすが、生徒たちは腰を抜かしたり、ガタガタと震える者ばかり。

 ユーマを殺そうとした自分たちがどうなるか。

 魔王の息子を殺そうとした。


 あってはならない愚行、

 そんな不安が今になって魔王の恐怖が襲ってきたのだ。

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