ユーマのトラウマ
第9話 心の牢獄
訓練が終わり、しばしの自由時間ができた。
夕食までまだ時間があるが、話し相手のいないユーマにとっては辛い時間である。
このままではいけないと思い、
どうにか状況を変えられないかと考えていると、ここへ来た時の言葉を思い出した。
『困ったことがあったら任せな』
「そうだ。グルタスさんなら何とかしてくれるはず」
ユーマはグルタスのいる建物へと向かった。
現状、そうすることしかユーマには残されていない。
グルタスのいる部屋の前に向かっていると、通り道にダルタスが腕組みをして壁に寄りかかっていた。
もっとも会いたくない人間であったが、無視するわけにはいかない。
ユーマは会釈をして通り去ろうとしたが呼び止められる。
「待て」
「何ですか?」
ユーマは隠し切れない怒りが表情に表れている。
それが伝わったようでダルタスがおどけた笑いをする。
「そう怖い顔すんなって、お前のために呼び止めたんだぞ」
「どういう意味ですか?」
自分のための言葉と信用できるわけがない。
原因を作った張本人にさらなる疑いの目を向ける。
「オヤジになんとかしてもらおうとしてんだろ。やめとけ。殺されるぞ」
「殺される? なぜですか?」
予想だにしない言葉にユーマはいささか動揺する。
「ここではなんだ。こっちへ来い」
ダルタスはユーマに背を向け歩き始める。
指示に従う必要はない。
しかし、無視できるものではなかった。
自分が殺される理由に見当もつかないユーマはその真意を知るために、背中を押されるように一歩一歩ダルタスの後をついて行ってしまう。
連れていかれた場所は普段誰も使っていないようで不気味なほど静かだった。
その空間にユーマはダルタスと一対一で向き合い身構える。
「こんなところへ連れて来て、一体何のつもりですか?」
「おいおい、これはお前のためなんだぜ」
「僕のため?」
不敵な笑みを浮かべ続けるダルタスにユーマは気味の悪さを覚える。
「そうだ。簡単に言ってやる。オヤジは魔王を恨んでる」
「! そんな、じゃあなんで僕を預かるなんてことを」
「お前はバカだろ。魔王に逆らえるわけねーだろ」
「なんでお母さんを恨んでるんですか?」
ユーマはかつての魔王を知らない。
今はこの世界に敬われることさえある母がなぜ恨まれているのか理解できなかった。
「この世界を取り決めた制度は王都の人間にとっては喜ばしい物だろうが、ほとんどの人間は違う。王族や貴族が勇者万歳と両手を上げている一方で、街や村に住む人間は魔王に屈したお前の父親を非難し罵倒した。オヤジも当然とばっちりだ。この町を出れば後ろ指を指される」
「……」
ユーマはダルタスの言葉を真剣に聞く。
素直な態度につけ入り、ダルタスは続ける。
「オヤジは荒れた。酒に溺れ、女に溺れ、俺はその女の中でたまたまできたガキだ。俺が物心ついてもオヤジは相変わらずだった。浮気はするは、王族からもらった褒美の金貨を使い果たし、おふくろに逃げられた。ボロボロになってようやくここまで立ち直った。ここまで
してもまだ、多くの人間はオヤジを魔王に魂を打った裏切り者扱い。魔王を恨んでねーわけないだろ」
「……」
実際にダルタスの言葉が正しいかどうかは分からない。
他人の心情は抜きにダルタスの言葉には合点がいくものがあった。
ユーマは少しだけ持っていた反抗心さえ消え失せ、
自分たち親子の方に非があると思い込み、力なく小さく頷いた。
「理解できたようだな。なら話が早い。お前がこれからどうすればいいか教えてやる。来い」
ダルタスは再び歩き始める。
ユーマには彼の言う通りに従う以外選択肢を見出すことができなかった。
ユーマが次に連れてこられたのは学生寮の地下にある一室だった。
「入れ」
言われるがまま部屋に入るユーマ、
その部屋はろうそくが一本明かりをともしているだけの光の差さない場所であった。
じめじめとした空気が漂う狭苦しく息苦しい部屋に、
長年使われていない綿の死んだ薄っぺらい掛け布団が一つ用意されているだけ、
それはまるで牢獄のような部屋だった。
「これからお前にはここで寝てもらう。一人で四人部屋を使われちゃかなわんからな。そうそう、荷物はすでにここに運んである」
ダルタスの指差す先には、ユーマがここへ来た時の荷物が無造作に置かれていた。
拒否するでもなく黙り込んでいると、ダルタスが口角を上げ今にも笑い出しそうになる。
「そう落ち込むなって、お前の家と同じじゃねーか。魔族ってのはこんな感じの部屋が好きなんじゃねーのか。はじめは不便かもしれねーがそのうち慣れるって、せいぜいがんばれ」
皮肉なことを言いながら、抑えきれなくなったのか大声で笑いだし。
ユーマを部屋に残したまま扉を勢いよく閉めて出ていく。
廊下には反響するダルタスの大きな笑い声と足音がユーマの耳にも届く。
その音が消えて、ようやくユーマは動くことができた。
自分の荷物を確かめると、袋の中には持ってきた本、
一冊はビリビリに破かれ、
もう一冊は酷い暴言と落書きがびっしりと書かれていた。
「……」
ユーマは読めなくなった本を部屋の片隅に置き、ろうそくの火でそれらを燃やした。
煌々とした明かりがろうそくの小さな火とは比べ物にならないほど明るく部屋全体を照らす。
ここへ来てたった一日でユーマの心と体はボロボロになり冷え切っていた。
悲しいことに、読めなくされた本からくる炎がユーマには一番暖かかった。
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