第十二話 百億点対イルカ派



 毎日が誕生日ではなくても、それなりに日々は楽しいものね。まあ、【あたし】なら、つまらなくても無理矢理面白くしてしまうだろうけれど、私だって同じ。

 勉強だって、分かるようにすれば眠気もたらす呪文ではなく先生方の色つきクイズになるし、体育だって、楽しもうとすれば肉痛めるばかりの運動が皆で行う遊技にだってなるもの。

 そのようにして、一人きりだと退屈な放課後を、私は団の皆でわいわいするのにあてることで、毎日の楽しみにしているわ。

 まあ、それにしては皆一つの部屋で好きにしている時間が多いのだけれど。それも、当座の目標すら不在で兎に角遊べればいい、という緩い団の中でのことだものね。それも仕方がないかな。


「うーん。にしても、デザインって存外難しいものねぇ」


 そんな中私は、共有させて貰っている文芸部室で家から持ち込んだお古のノートパソコンにてホームページのロゴ製作一つに悪戦苦闘中。

 なるべく目立って、それでいて先生方にも認められそうな色といえば……やっぱり赤か青、かしら。しかしビビッドカラーを駆使するのは流石に問題かもね。

 頭の中には、何だかびびっとくるようなデザインもあったのだけれど、思い直すとそれはちょっと、という感じだったの。あんまり自分の団の名前をくねくねさせてしまってもねえ。常識からはみ出ちゃいそうで嫌だわ。


 仮入部員だった私を覚えていてくれたコンピューター研究会の人たちに相談したところ、快く手伝ってくれて可能になったネット環境。しかし、広大過ぎるその海の手前で溺れそうな私はちょっと馬鹿みたいね。

 とはいえ、想像力の足りない私では、コンピ研の部長さんに借りたペンタブレットを、思ったように動かせないのよ。これでも、美術の成績は中々なのだけれど、自由に創造するというのはどうすれば正しいか分からなくって困るわ。

 まあブログにしておいた方が、更新しやすいのかもしれないけれど、何となく古式ゆかしいホームページ作りというのもやってみたかったのよね。まず、テンプレートがないと、色々とできそうじゃない? 私には、むしろ難しかったみたいだけれど。

 そんな、悩める私に、いかにも軽薄な声がかかったわ。


「ふぁ……どうだ、涼宮。中々進んでないみたいだが」

「谷口。あんたが眠そうな顔して読んでた文庫本のページよりは進んでるわよ……って言いたいけれど、実際全然ね。うーん。初心者が全部一から手作りっていうのは無理があったのかしら?」

「どれどれ……って殆ど真っ白じゃねーかよ」

「あ、そうだ今拡大させてるんだった。ちっちゃくすると、こうなるわ」


 机に可愛い女の子が表紙の薄い本を置いて、無遠慮にも覗いてきた谷口の前で、私はパソコンを操作するわ。そう、私は試作品の粗を消している途中だったのよね。

 行っていたのは、ドット単位での修正。ふふ、私はこれでも凝り性なのよ。まあホントは……主線を重ね描きしたせいでぐちゃぐちゃになってしまったのを根気よく整えていただけ、だったのだけれど。きっと分からないでしょう。

 綺麗な丸に囲まれた、六色で出来たSOS団の文字。それを見て、谷口は微妙な表情をしたわ。筆が遅いって私をからかおうとでもしていたのかしら? でも、そこそこ出来上がっていたのを見て、彼は苦し紛れのように言ったわ。


「なんだ……マトモなの、出来てんじゃねえか」

「そう、マトモなのよね……やっぱりそっか」

「問題あんのか? ……あ」

「デリート、っと」


 私は谷口の言葉を信じて、そのマトモとされたロゴを、一思いに消し去ったの。そして、そのまま私は保存もせずに描画ソフトを閉じたわ。

 自然とタスクは切り替わって、現れたホームページ制作ソフト、入り口しか出来ていない作成途中のSOS団ホームページが再び出てくるわよね。そのあまりの真っ白さに、私がため息を吐いてしまったのは、仕方ないでしょう。


「はぁ」

「うわ、もったいねえな。よく出来てたじゃねえか」

「そうよ。自己採点でも、百点満点中、九十点ってところね。でも……本当は私、最低でも百億点は欲しかったのよ」

「はぁ?」


 今度は、谷口がはぁ、ね。こっちは嘆息と違って疑問によるものけれど。まあ、私も自分の発言が中々におかしいものだとは思っているのよ。でも、それでもここは、引けないのよね。


「ゼロを重ねて、せめて宇宙まで届くくらいのものは創りたかったのだけれどねぇ。そうしたら、私達の日常って一変してくれると思わない?」

「いや、意味不明なんだが……」

「なるほど。先程から涼宮さんが試みていたのは、芸術性による地球のホメオスタシスの突破ですか。実に、興味深いですね」

「流石ね、古泉くん! そうよ、どうせなら私は【あたし】らしく、独力で日常を変化させてみようと思って頑張っていたのよ!」

「はぁ。古泉お前って、こんなにオセロが弱いってのに、涼宮の目を白黒させるのは得意なんだな……本当に、集中してたのか?」

「いやはや、流石にここまで黒で染まってしまった盤面を見続けるのは苦でして、つい、耳をそばだててしまいました」

「やれやれ」


 言葉足らずで谷口を困惑させていると古泉くんが、私の言葉を知的に変換してくれたわ。その上手さに私は、はなまるをあげたくなっちゃった。何故か家にあったダイヤモンドゲームでもここに持ち込んで来たら、喜ぶかしらね?

 そう、古泉くんったらボードゲームあまり得意ではないのに、好きみたいなのよね。何時も、キョンくんや谷口と一緒に将棋や囲碁等を楽しんでいるわ。

 中座してしまった古泉くんに、キョンくんが苦言を呈したことに、軽く苦笑いで返している辺り、彼らって本当に仲良くなったわよね。何か恨みがましそうな目をしている、ちょっと捻った話になるとついて行けない谷口は少し可哀想だけれど。


「しかし、それが駄目なら次善の策を披露するしかないようね。……みくるちゃん、出来た?」

「はい。完成しました! お裁縫なんて久しぶりでしたけれど、とっても可愛く出来たと思いますー」

「ありがとう。ふふふ。やってみたいって手に取ったみくるちゃんが、おもむろに頭頂部を首元に縫い付けはじめた時はどうなることかと思ったけど、これで準備は万端ね!」


 私は、みくるちゃんから手渡された胸元で潰れていたその布地を、大切に抱くわ。果たしてこの赤青二色一対は、皆に認められるものかしら。根回しは済んでいるのだけれど、ちょっと不安ね。

 でも、私渾身のデザインにみくるちゃんがフードをくっ付けてくれたこれは、うん、明らかに可愛らしいもの。これならきっと、大丈夫。それらしく、SOS団を認知させられるわね。


「……涼宮。昨日あたりから朝比奈さんと隅の方でちくちくやっていたと思ったら、今度は何を始める気なんだ?」

「ふふ。キョンくんそれは、これを見れば一目瞭然よ!」

「それは……ピンクと青の……パジャマのように薄手のキグルミか? その耳の長さ、まさか捻ってツチブタという訳でもないだろうが……」

「そう、ここはストレートにうさぎさんよ! それに手製のチラシ。これで、私達は日常を打破するのよ! ね、有希!」


 私はふわふわうさぎさんのキグルミに、鞄の中にしまってあった大量の不思議募集中のビラを見せつけてそう言ったわ。

 今は部活の勧誘期間外だけれど、機会をねだったり交渉したりして、明日の放課後にチラシ配布することを了承して貰ったのよね。

 最初は無理そうだと岡部先生も言っていたのだけれど、新設同好会とはいえ機会は平等にしてもいいでしょうという、校長先生の鶴の一声で決まったの。いや、カツラは少しごわごわだったけれど、頭が柔らかい人で助かったわ。後で改めてお礼しないとね。

 ああ、明日が楽しみね。うさぎといえば有希。そんな彼女と一緒にビラ配りなんて、可愛さの隣で私はどうなっちゃうのかしら。まあ実際はにこにこ笑顔でチラシをばら撒くことになるだけなのだろうけど。

 私が微笑みを向けていると、相変わらず、分厚いちょっと著者名にカチカチなふりがなが使われてばっかりの本を手にしたまま、顔を僅かに上げて、有希は言ったの。


「私は聞いてない」


 あれ、言っていなかったかしら?



「うう、こっ恥ずかしかったー……」

「彼らなら照れるくらいなら、とでも仰るのでしょうね……いやしかし、お疲れ様です、涼宮さん。お茶をどうぞ」

「ありがと、古泉くん……あー、あんまりチラシ、捌けなかったわ」


 独断専行してしまった後に、了承を得てはじめたビラ配り。それが終わって、私はくたくたになってしまったのよね。

 ああ、緊張した。昨日は高く持ち上がったテンションで忘れていたわ。そう、私はちょっとしたあがり症だったのよね。いざという時にうさぎさんを萎れさせてしまったのは、本当に残念至極。

 縮こまる私に比べて、有希うさぎさんのしゃんとした姿は、目を見張るものだったわ。青色うさぎさんは自分の持ち分をさっさと片付けた後、私を置いて帰っていったの。

 ……あれは、やらされて怒っていたというわけじゃないわよね。事前に話していた自由解散という文句を守っていただけ、だったら良いのだけれど。無理、させちゃったかなあ。


「初めての配布作業です。予定の半分は消化できたというだけで、胸を張っても良いものではないでしょうか? そもそも、私見ですが準備していた量が北高の生徒数と比べて多かったようなきらいが見受けられます。うさぎの格好の卓抜性といい、これでもう充分、SOS団は認知されたものではないかと」

「ありがとう。そう言ってくれて、助かったわ。気持ちが楽になったかも」

「それは、良かったです」


 旧館文芸部室にて茶を片手に項垂れるそんな私を、古泉くんは何時も通りに笑顔で認めてくれてるのよね。

 一人お湯を沸かしながら団長を待ってくれているなんて、古泉くんたら非常にありがたい人だわ。確か、今日は私と有希だけで団活動するの、ということで皆に集まりはないと事前説明したものだったと思うのだけれど。

 まさか……有希にやっちゃったみたいにまた、古泉くんに伝達不足だった、ということはないでしょうね。もしかして私、ボケちゃった?

 つい気になって、私は古泉くんに口を開こうとしたの。すると、先手とって、彼は言ったわ。


「ああ、ここに僕が居るのは、一つ、告白したいことがあってのことでして……涼宮さんが言葉足らずだった訳ではありませんよ?」

「ああ、なら良かったわ。それで、告白って、何かしら? 実は、古泉くんはライオンさん派だった、とか?」


 有希を一人にさせないためにも、友達とペアルックっていうのも素敵と思ってのうさぎさんだったのだけれど、私的には、ライオンの格好良さの方も身にまといたかったってこともあったのよね。

 やっぱり、谷口みたいに男の子でうさぎ派は少数派なのかしら。そんな風に、私は古泉くんが先の配布に関係したことを言ってくるのかと思ったのよね。

 どうやらそれは勘違いだったみたいだけれど。ちょっと顔を真剣にして、彼は言ったわ。


「いえ、僕はどちらかというとイルカ派でして、そもそも選択範囲外なのですよ。……しかし、涼宮さんはちらとも恋愛的な告白とは考えないのですね。少々、男としての自信を失ってしまいます」

「え? でも、違うのでしょ? そもそも古泉くんが私なんかのことを好きになるなんて、ありえないでしょうし」

「なるほど。仮称、天蓋領域の言葉もまんざら誤っているものではないようですね。涼宮さんは受け入れてしまったら距離を失くしてしまう……邪気がない、むしろ無さすぎるといってもいいのでしょう」

「古泉くん?」


 優しく、しかしどうしようもなく遠いものを見つめるようにして、古泉くんは一人語るの。その細まった瞳は、明らかに見定めようとしている。燃えるような熱意が、私にも分かったわ。

 思わず竦む私。そんな小物な私に向けて微笑んで、古泉くんの告白は唐突に始まったわ。


「実は、僕が超能力者の団体……機関を創って運営している、リーダーだと言ったら、貴女はどうします?」

「え? ホント?」


 前の【あたし】が作り上げてしまった超能力者達の纏まりで、今私が溢れさせてしまった感情の処理を任せてしまっている、機関。

 何でか未来予想図には情報が足りなかったから、誰か大人がその操縦をしているものと思っていたのだけれど、違ったの? そうしたら、学業と組織運営に挟まれた古泉くんって大変じゃない?

 と、ここで私もようやく気付いたの。ああ、私はやらかしたんだって。どうして、私は未知で分からないはずの情報をそのまま知っていることであるかのようにして、聞き返しているのよ。ああ、どうにも私は下手なアクトレスね。


「知らない筈の言葉そのまま受け容れ、しかしその真偽を見抜くこともない……こうして間近で見て、それが演技ではないと確信できました。まさかとは思っていたのですが、涼宮さんは全てを知っている訳ではなさそうですね。それなら安心です」


 そして、私のでっかい傷に付け入って、ようやく古泉くんは安堵したようだった。少年の笑顔で、彼は続けるの。


「全知全能でもなければ、人の手に負えるはずですから」


 きっと抱きしめることすらも可能なのでしょうね、とまでその男の子は言ったわ。決して、その手は伸びてこなかったけれど。




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 ほのぼの日常回?

 それは、何重かの意味での告白だったのかもしれませんねー。



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