第五話 お天気おねーさんの嵐
前の席に座る人のつむじの観察にばかり時間をかける女子高生って、そうそう居ないと思うのよね。でもまあ、それが好きな人相手であったら別じゃないかしら。まじまじと観察してみたところ、キョンくんのつむじは右巻きだったわ。
そして、キョンくんが結構授業中に視線を彷徨わせていることも、存外気遣いを見せることが多いっていうのも背後に陣取った観察によって理解した事実ね。
「はぁ……」
でも、知れば知るだけ、ため息が出てしまうもの。想う相手のパーソナルな特徴を会話以外の手段で回収している私は、どうにもシャイなのよね。
それこそ【あたし】みたいにキョンくんというあからさまな優良物件に突撃訪問なんて出来ずに、一々谷口の仲介を望んでしまう私はきっと【涼宮ハルヒ】に向いてない。
そうだとしても、いい加減、勇気を出さなくちゃ。毎日毎日天気の話題ばかりを持ち出して、そうして尻すぼみに会話を終えてしまう私を彼は青春の一ページに、後ろの席の奇妙なお天気おねーさん、と記憶して終わり、っていうことになりかねないし。
あ、心を決めたちょうどいいタイミングで、キンコンカンコンとチャイムが鳴ったわ。
声を掛けそびれた前の休み時間の終わりから、授業の最後までずっと悩んでいたせいで、授業の大体を聞きそびれてしまったけれど、そんなのどうでもいいことよね。忙しくなりそうだったから、高校一年の勉強くらいは大体受験期間に予習済みだし。
私は腕組みの姿勢をといてから、立ち上がる。そして、格好良く成長しちゃったあの日の彼に、声を掛けたわ。
「キョンくん!」
「ん? なんだ涼宮。今日は降水確率ゼロパーセントだぞ」
「そうなんだー、雲が多いお天気だけどやっぱり雨は降らないほうが……って、今日の私は別に天気予報をして欲しい訳じゃないのよ!」
「違うのか。なら、谷口か。あいつなら柳本と話しだしたみたいだぞ。最近あいつら妙に仲いいよな」
「ホント! なになに……今日の涼宮黒歴史シリーズは……って、谷口、なに人の話で盛り上がってくれちゃってるのよ!」
でも、中々本題に入ることは出来なかった。気を利かしてくれたつもりなのだろうけれど、キョンくんが持ち出してくれた話題の全てが的外れで。
まあ、お天気の話が出てきちゃったのは自業自得だけれど、谷口が出てきたのはどうしてかしら。それにしても、アイツはまた人の話を吹聴して回っているのね。いや、私が中学生活中に相当やらかしたのは確かだけれど、誇張するのはよくないでしょうに。
私の大声に尻尾を巻いて教室から逃げ出した谷口の姿を鋭い目で追っていると、酷く呆れた声で、キョンくんは呟いたわ。……この気怠げな声、私、好きかもしれない。
「やれやれ。読唇まで出来るのか……涼宮はやたらと多芸だよな」
「そうかしら? 私ジャグリングとか結構下手よ?」
「別に、遊芸のことを言ってる訳じゃないんだが……ああそういえば、涼宮が全部のクラブに仮入部しようとしている、っていう噂は本当なのか?」
「ええ。いい情報筋から聴いたのね、それは本当のことよ」
「国木田はいい情報屋だったのかよ……ちなみに悪い情報筋ってのは、谷口のことか?」
「そうよ! アイツは面白おかしく話を盛りたがるんだから!」
「やれやれ。谷口も不憫だな……」
私は何とかキョンくんと目を合わせながらも照れることなく、会話を続けられたわ。でも、話が逸れちゃったわね。
これも全て谷口のせい……といいたいけれど、本当は私のせいじゃないかしら。
友達少ない人は、人間関係が希薄だからどうしても、話題に出てくる人が少なくなっちゃうのよね。それは仕方がないことかもしれないけれど、相手を飽きさせてしまっては、いけないわ。
これからは、谷口NGの会話を心がけないとね。……それも何だか可哀想だけれど、まあ練習にはなるでしょう。
何やらあいつに同情しているキョンくんを無視して、私は強引に話を戻したわ。
「それで、私が仮入部を繰り返してることが、どうして気になったの?」
「あ、そうだ。参考にしたくてさ。どこか面白い部があったら教えてくれよ」
「面白い部ねぇ……テニス部も野球部も、映像研究部もコンピューター研究部もなんだかんだ全部、面白かったけど?」
「てっきり面白い部が見当たらないから巡り回ってるのかと思ったが……全部面白いって感想もそれはそれで、フラットすぎて参考にならんな……」
何だかカレー粉を舐めたら漢方だったかのような、そんな苦み走った表情をしてからキョンくんは立つ私を見上げたの。
そして半端に上げていた腰を下ろしてから、私も自席に座るように促したわ。何か違うなと感じながらも話、もっと聞きたいのかしらね。
それにしてもひょっとしてこれは私がキョンくんと会話した最長記録じゃないかしら。よし。このままゴーゴー、ね。
「なんだ。でも、涼宮はどこの部に行っても活躍を見せるって聞いてるぞ? ……まあ、書道部ではやらかしたとも聞いたが」
「その節は、反省してます……」
「それは置いておくとしても、どれにも適性があって面白かったってんなら、よりどりみどりって感じだよな。中でも今涼宮が高校生活中に打ち込みたい部活動って、なんだ?」
反省の項垂れを無視してキョンくんは続け、私が入りたい部活を聞いてきた。それには、こう答える他にはなかったわ。
「ない、のよね……」
「ない?」
そう、ないの。正確には、今はまだ存在しない、ということなのだけれど。ああ、SOS団って、何時創るのが正解なのかしら。
流石に、今直ぐ創りたいって言ってもキョンくんは手伝ってくれないでしょうね。未だ友達の友達、って感じだし。
まあ取りあえず、種だけでも撒いておきましょうか。伏線でも良いかな。ふふ。私は策士なのよ!
しかし、恐る恐るを装おうとして、実際演技することに気が引けたせいか抑え気味に私は始めたわ。
「あのね、私……自己紹介で言ったこと、あったでしょ?」
「ああ、途中から早口過ぎて聞き取れなかったが、確かあの宇宙人やらなんやらがどうのって奴か。……いや、あれって冗談だったんだよな?」
「冗談じゃなくて、本気よ! 本気で、宇宙人や未来人とかと遊んでみたいのよ!」
これは、掛け値なしの私の本音。思わず、地団駄までしてしまったわ。あ、ついちっちゃな閉鎖空間を創っちゃった……ごめんなさいね。謝罪代わりにとってもよわよわな神人を出しておくわ。
でも、目の前に宇宙人やら未来人が居るというのに、超能力者が来ることだって知っているのに、【涼宮ハルヒ】らしくするには彼らに気づかないようにするのが必要というのは悔しくって仕方がないの。
ああ、早く皆と遊びたいな。有希と一緒も楽しいけれど、やっぱり欲張りな私はそれだけで一杯になれない。テキスト的だったとはいえ、あの眩い未来の記録を目にしてしまったからには、ね。
異なる、が仲良く一室にて遊ぶ。そんな素晴らしき世界。ああ、それこそ私の理想なのよね。
私の本気を見てから、そっと宙を眺めて何やら考えたかと思うと、ふと苦笑いを零してからキョンくんは言ったわ。
「いや、まあ気持ちは分からんでもないが……だが、そんなもん、そうそう見つかるものじゃないだろ?」
「そうなのよね……でも、遊びたいのよ……そういう関係の活動がしたいの」
「やれやれ……涼宮はミステリや超常現象研究部、みたいなのには行ったのか?」
「それはもう、真っ先に。でも、ちょっとインドア系なのよね。資料で満足しちゃってるというか……いや、確かに面白いし興味深い内容だったけど、それは私の求めるものとは違うのよ」
奇っ怪な記号の海を泳ぐのも別に良いのだけれど、ちょっと一緒するには了見が狭すぎたのが難なのよね。いや、ツチノコを草の根分けて足元を探すこともしないで、居ないからロマンがあるとか語る彼らには、ちょっと私もついて行けなかったのよ。
それに何しろ、私自身がミステリーな超常現象そのものだったりするし、捕まって解剖でもされたら、堪ったものじゃないわ。
「なら、それはもう……」
「あら。二人とも、随分と仲が良さそうね。何の話をしていたの?」
私に向けてキョンくんが何か口にしようとした時。丁度そのタイミングで長髪美人のお出ましがあったわ。クラスメートの中でも一番親しくしてもらっている、フレンドリーが形になったようなこの女の子は、朝倉さんね。
可愛い女の子の前でおかしな話をしたくないのか口を鎖したキョンくんを見て、最長レコードが途切れたことを知った私はちょっとがっかりとしてから、気持ちを切り替えたわ。
彼が止めちゃったなら話の続きとして、ダメ元で聞いてみましょうか、とか思ったのよね。友達同士でする、格好良い男の子紹介してよ、みたいなノリで私は朝倉さんに尋ねたわ。
「ねえ、朝倉さんって宇宙人の友達は居ない?」
「……急にどうしたの?」
そうしたら、何か朝倉さんは酷く微妙な顔をしたの。まあ、それはそうよね。誰だってあんたの知り合いにUFO乗りが居るかどうか聞かれたら、返事に窮するのは当たり前。
朝倉さんが私の正気を疑わなかったのが、有り難いくらいね。私は言い訳するかのように続けるわ。
「あのね。ちょっと私達、不思議系の話をしてたのよ。前言ったみたいに宇宙人みたいな人と遊びたいから、なんかそんな知り合いに心当たりはないかなー、って」
「うーんと……知り合い? 宇宙人云々は兎も角、私、涼宮さんと同じく長門さんとは親しくさせて貰っているわね」
「それ、ホント? 私、有希から聞いていないわ」
「ふふ。私は長門さんに、涼宮さんのこと、よく聞いているわよ」
本当かしら。あの有希が私に語るほど興味を持っているっていうのは眉唾ね。というか、あの子、未だに私相手にワンブレスで吐き出せる以上の言葉を駆使してくれたこと、ないのだけれど。
うう、もしかしたら私、有希に嫌われていたりしていないかしら。いいや、つい先日に信じるって言っておいて友達を疑うなんていけないわよね。
頭を振って余計な考えを振りはらってから、気を取り直して私は朝倉さんに聴いたわ。
「それにしても有希と朝倉さんって、どうにも不思議な組み合わせね。どういう縁で知り合ったの?」
「マンションが一緒なの。時々顔を合わせていて、それで仲良くなったのよ。長門さんって意外と無精でご飯をないがしろにすることもあるから、時々作りに行ってあげることもあるのよ?」
へぇ。私のクラスの委員長が私のコスモチックフレンドと知り合いなんて、そんなこともあるのね。
私、自分のやるべきことは兎も角として、有希については宇宙的な子だっていうことくらいしか頭に情報がなかったから、その周りの人間関係って意外と未知だったのよ。
それに、これから色々と楽しげな生活が待ってるみたいだけれど……そういえば、どんなことがあるかどうかってのは今ひとつ不明なのよね。判るのも私の味方ばっかで敵が不明というか……ひょっとしたらこの世界にそういうものはいないのかな?
或いはネタバレ防止でもされているのかしら。だったら、面白いわねー。ちょっとこれからが楽しみになってきたわ。
……そう。この時私はそんなに呑気なことを考える余裕があったのよね。
「……すまん。お前らの話題に出ている長門って何者だ?」
そして、私はすっかり蚊帳の外でふてくされている様子のキョンくんにようやく気づいたわ。あ、ごめんね。でも、キョンくんに対する好きと同じくらいに、有希に対する好きも大事だから。
そんな私の壊れた秤を知ってか知らでか、笑顔を作って朝倉さんは訝しげなままのキョンくんに説明したわ。それに、私は追従して補足する。
「ちょっと物静かだけれど、面白い女の子よ」
「そして、私達の友達! もう、メガネが似合うとっても可愛い子なんだから!」
「……それってまさか、あいつのことか?」
「え?」
すると、キョンくんは私達の後ろ、死角になっている入り口の方を視線で示したの。そうしたら、開いたドアの一歩手前で所在なさそうにしている有希の姿が見て取れたわ。
驚いて、私は有希に駆け寄ったの。私でも、表情を変えた朝倉さんを見る限り彼女が呼んだわけでもないのに、あの家への行き帰り以外には物静かな置物のようだった彼女が、自らの意思でこの教室に来た。
そこに、意味深さを感じないのは、あり得ないでしょう? 自然、声が大きくなるのを感じながらも私は彼女に問うわ。
「有希! どうかしたの?」
「…………信じて欲しい」
「……長門さん?」
それは、雪中を割いて出た芽吹き。自我を圧する三点リーダの群れを押しのける、意思。そして、少女の冒険だった。
今日は晴れ。そんなの嘘。大きな嵐が待っていた。
「わたしは、宇宙人」
私達の前で、彼女はそんな、爆弾発言をしたわ。
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ちみに谷口くんは、ちょっと涼宮さんが苦手だというクラスメートの柳本さんにその苦手意識を減らすためにと、涼宮さんの面白おかしい中学生活の話をしていたようです。
実は彼、似たようなことを中学時代からずっとやっていました。健気ですねー。
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