第57話 尿管結石7
共同墓地にはすでにコープスとその仲間がいた。しかし、コープス達が墓所を捜索して出てきたものはほとんどないという。
「むしろ何もないというのがおかしな話で」
「どういう事だい?」
「墓場にあるはずの遺体も全くないのだよ。骨が出てきてもおかしくないほどに穴が開いているのだけども」
墓所はたしかに墓石がところどころに散在し、その間にかなりの多くの穴が開いていた。平坦な所がほとんどないくらいになった状態である。
「まさかね」
「いや、おそらくはそのまさかだ。全ての骨がアンデッドと化してどこかへ連れ去られたと考えたほうがいいだろう」
「この数の?」
墓所にはそれこそ数百を越える墓があった。その全てに最低一人ずつ埋まっていたとしても数百以上のスケルトンが生み出されたことになる。だけど、この現状から言ってそれ以外は考えられないのかもしれない。しかし、それだとするとそのアンデッドたちはどこに行ったのだろうか。
「足跡を追跡しようと思う。ここから南西に向かったのではないかと思うが、なにせ体重の少ない骨の足跡なんて分かるかどうか……」
「それでも数百が動けば、痕跡は分かりそうだけどね」
「それに期待しよう」
たしかに南西に向かってうっすらと跡のようなものが見える気がする。そっと心眼を発動させると、何かしらの魔力の痕跡というのが見て取れた。これが死霊術の跡なのかもしれない。
だけど、もし本当に数百のスケルトンを操ったとすればかなり洗練された魔法である。こんな規模の魔法を、これまで回復魔法しか扱えなかったラッセンが使うことができるのだろうか。
魔法はそんなに簡単なものではないと思う。魔石などの何かしらの代償を払ったのならばまだしも、一朝一夕で強力な魔法が使えるはずがないのだ。そのために魔法使いたちは日々訓練を重ねているのだから。
「ラッセンは前々から死霊術を使っていたのかい?」
「いや、そんな形跡はどこにもなかったはずだ」
すくなくともコープスの知る範囲で死霊術が使われた形跡というのはなかったらしい。あったとしたらダリア領には少なくない被害が出ていてもおかしくないのだ。しかし、
「ラッセンではないという可能性も考えとかないとね」
「その通りだな」
「僕らも手伝うよ」
ラッセンが狙っているのは僕だという事実から、コープスは一旦は反対した。だけど、僕の実力も知っていた事もあって最終的には同行を了承する形となった。すくなくともこの数のアンデッドに対抗することができるほどにコープスのパーティーは実力があるわけではない。それは僕らが加わったところで変わるわけではないのかもしれないのだけれども。
「南西には、遺跡がある。まだ冒険者たちによって詳しい調査がされていないが古代の墓所の可能性があると冒険者ギルドで聞いた」
「死霊術師ならば、そこに引き寄せられたと?」
「分からない。だが、可能性は高い」
墓所巡りでもしているのだろうか。もし、この数のアンデッドを使役することができるのであれば、墓所を巡る度に強くなるということかもしれない。
たしかに、この共同墓地の遺体が多いとはいえ、数百人で
古代の遺跡というのは僕も冒険者時代に何度か足を踏み入れている。そこには貴重な魔道具や失われた魔法が書かれた書物などがあったり、金銀財宝が保管されていたりという反面、住み着いた魔物やその遺跡を守護する者、さらには罠などの危険も沢山潜んでいるのである。
遺跡などが見つかれば、まずは周囲の安全が確保されるまでは高位ランクの冒険者のみでの探索となる。周囲の安全の確保に低位のランクの冒険者たちにも依頼が回ってくることもあるが、未知の危険に対峙するにはそれなりの経験が必要となる。もちろん、危険が明らかになればそれを排除できる冒険者へ依頼が来るのだ。
「たまには遺跡巡りも悪くないよね」
「ええ、そうね」
メンバーも十分だと思う。コープスたちは斥候業としては優秀だし、僕もレナもいる。それでも危険がなくなるわけではないし、行きつく先には大量のアンデッドがいるかもしれない。少しだけ不安があるにはあるけど、行くべきだと判断した。この時は。
***
「これ、……思ったよりも大きな遺跡だね」
ユグドラシルの南西にはあまり高くない山があった。その麓の森の中にひっそりと、遺跡はあった。
やや窪んだその場所は遠くからでは全く見えないために、これまで発見されることがなかったのだろう。しかし、石造りのアーチ状の入り口はかなり大きく、数十メートルの横幅で僕らを迎えていた。扉は一人では開けられそうにもないほどの大きさである。これももしかしたら十メートルを越えるかもしれない。天井までは普通の家屋の三階分の高さがありそうだった。
「地下に向かうようにして遺跡が作られているのかもしれない。中の規模は分からないが狭いということはないだろう」
「そのようだね。コープス、とりあえずはベースキャンプ作るかい?」
遺跡の規模に対して装備が足りないと感じたのは仕方ない。ベースキャンプを設営して、一度町に引き返した方がいいという僕の意見に全員が賛同した。
「適当な物資だけ置いて、夜は全員で町に帰ろう。遺跡からアンデッドが飛び出してきたらやってられない」
「いや、そうも言っていられないかもしれない」
コープスが睨んでいたのは遺跡の入り口だった。そこにあった巨大な扉がゆっくりと開きだしたのである。
「隠れるぞ」
その一言で僕らは森の中へと入った。明らかに味方ではない者たちがその扉から出てくるというのが予想されたからでもある。そしてその予想は完全に当たっていた。
「アンデッドだな。やはりこの遺跡にいると考えて間違いない」
「結構な数がいそうだね」
昼間だというのに、スケルトンやゾンビなどのアンデッドと呼ばれる種類の魔物たちが遺跡から出てこようとしていた。出てきたのは数十体であるが、それが統率された動きをしているという所に違和感を抱く。
「ねえ、シュージ。あいつらがあんな動きをするってことは……」
「……もしかしたらそうかもね」
レナが僕にだけ分かるように言葉を選ぶ。アンデッドは漠然とした目標に向かって歩くくらいのことはできるのだけど、隊列を組んだりすることはほとんどない。
「どういう意味だ?」
「いや、アンデッドって基本的には自我があまりないからあんな集団行動は苦手なはずなんだけど」
僕もレナもSランクの冒険者であり、アンデッドの討伐というのをやったことがないわけではない。特にSランクにもなると、高位のアンデッドの討伐依頼が舞い込んでくることもある。本当ならば神殿の聖職者が売っている聖水なんてものを用意して挑むその討伐に、僕らのパーティーは火力を全面に押し出した正面突破なんて作戦をとったこともあった。レイヴンとレナがいれば可能だったのである。
そして、その討伐した高位のアンデッドの中に、下位のアンデッドを支配下に置く事のできるものがいた。
「もしかしたらリッチがいるかもね」
「確実にいるわ。あの動きなら」
リッチと呼ばれるアンデッドは黒衣の霊体である。実体を持たないから魔法での攻撃か聖水を振りまいた武具でなければ傷を負わすことはできない厄介な相手だった。
僕らが以前に討伐した時には他の冒険者のパーティーと組んで行った掃討戦である。そこも確か古代の遺跡というか墓所だったけど、雑魚は他のパーティーに任せて最奥にまで潜ってリッチを討伐したのだった。かなりのごり押しだったけどなんとかなった覚えがある。
しかし、ここには僕の他にはレナしかいない。コープスたちも優秀とはいえ戦力不足は明らかだった。あのアンデッドたちにばれないうちにユグドラシルの町に帰るのが最善だろう。
「待て、なんか違うのが出て来たぞ」
「やっぱりいたか……」
統率されたアンデッドたちの奥から、黒衣が姿を現した。そしてそれは完全な霊体であり、とりあえずは足がなく浮いている。
「レナ、気づかれる前に
「分かったわ」
すでにいつでも唱えられるような体勢に入っていたレナは僕ら全員をまとめると
***
ユグドラシルの町に帰ると、僕はすぐに冒険者ギルドへと向かった。マスタールームで仕事中のロンの胃がさらに悪くなるような気がするけども、仕方ない。
状況としては最悪だった。あのアンデッドの集団の中にラッセンがいるかどうかは分からないけど、少なくともアンデッドを支配することのできるリッチが確認できたのである。これほどの高位の魔物になると、もはや個人で対応していいものではなく、冒険者ギルドはAランク以上のパーティーを複数用意するつもりだと言った。場合によってはギルドマスターであるロンが出ることも考えるそうだ。
「まあ、リッチともなれば冒険者ギルドが総力をもって事に当たるのがいいだろうと思います。とくにあそこはユグドラシルの町に近すぎる」
辺境の奥の遺跡の中で発見されたわけではない。ユグドラシルの町から数時間の距離の遺跡にいたのである。それは逆にいつでもリッチがアンデッドを率いてユグドラシルの町を襲うことができるというのを示していた。
「シュージ、私は領主に詳細を知らせてくる」
「分かりました」
どう対応するかというのはもはやランスター領主に一任したほうがいいだろう。そこで討伐依頼が出たならば手を貸してもいいとは思っているけど、少なくとも今日はレナが魔力を使い果たしているので出るつもりはない。
「ひっひ、手をこまねいているとアンデッドたちの戦力が増えるぞね」
「アマンダの言う通りだからな」
服装を正すとロンさんはマスタールームから出て行った。僕は冒険者ギルドの一階に降りると、コープスたちにギルドの対応を説明した。なぜかアマンダ婆さんもついてくる。
「たしかに領主が対応できるのであれば、それが一番いいだろう」
「衛兵たちが外に討伐に出ることはできなくても、遺跡方面の偵察くらいはできそうだしね」
ただ、アンデッドと戦う場合に数がそのまま力になるというのは違ったりする。スケルトンやゾンビ程度のものを相手にするならばいいが、死霊術師やリッチが近くにいるとなると、死んだ仲間が敵となって襲ってくるのだ。弱い者を下手に仲間に入れておくと戦力が逆転する可能性が出てくるのである。
死ななければいいのだろうけど、即死級の魔法を使うリッチ相手に油断なんてできないし、味方を護る余裕もないかもしれない。
この町でリッチに対抗する最大戦力というとレナだった。彼女の魔法が命中すればリッチといえども消滅するしかないというほどの威力を兼ね備えている。あとは、ロンがサンライズという杖を持っていれば同じ程度の威力の魔法となるだろう。近接戦闘になるとランスター領主の魔法剣くらいのものか。
ユグドラシルの町には神聖魔法という対アンデッド戦を得意とする教会の支部が一つだけあった。あまり信仰の強くないこの町においては、司祭もいない有様で聖水の貯蓄もほとんどないそうである。優秀な治癒師を多く輩出すると言われている教会は本部に援軍を要請するという事だったけど、それが間に合うかどうかは分からない。
そういえば、ラッセンももしかしたらその教会に所属していたのかもしれないと、記憶の中にあるラッセンの着ていた服を思い出したのだった。
診療所に帰ると、尿管結石の再発でカジャルさんが担ぎ込まれていた。僕はコープスを呼んできて、弱めの「気」をカジャルさんの背中から撃ってもらった。
「うぐぉっ…………」
「
心眼で見ていたら、周囲の臓器がちょびっとだけ損傷したような気もしたけれど、すかさず
「やっぱり、これは治療に使えるよ。……ちょっと威力が強すぎたけど」
「強すぎたのか?」
「まあ、大丈夫……あれ? カジャルさん、意識がない?」
意識を取り戻したカジャルさんには適当にごまかしたのだけども、あとでニーナさんに怒られてしまった。
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