第51話 尿管結石1
「ああ、これは
心眼を発動させた僕は診断名を告げた。
診療所のベッドに横になって痛みに耐えているのはカジャルさんである。ニーナさんに付き添われてやってきた彼は普段の威厳などどこかへ行ってしまったかのような状態で、腹痛を耐えることもできず同僚の
「痛みに耐えて数日待てば基本的には良くなりますが……」
「が、なんだ? はっきり言ってくれ」
「痛み、耐えられないくらい痛そうですね」
尿管結石の痛みというのは尋常ではないと聞く。よく見ていた病気の一つではあるけど僕が経験したわけではないから仕方ない。尿管結石の痛みというのは尋常ではないと聞く。
「痛み止めを処方しておきますけど、帰れます?」
「むりだ……」
「でしょうねぇ……」
この診療所へと来ただけでもかなりの激痛に耐えていたはずなのである。帰れと言われても困るのだろう。
「仕方ない、レナ。
「いいけど、シュージの書いた本には寝てたら治りにくいって」
「まあ、そうなんだけどね」
尿管結石は痛みに耐えながら動いていたほうが石が外れやすい。だから僕が書いている本にもそう記載してある。だけど、目の前で患者さんが痛がっていたらそれをどうにかしてあげたくなるのは人間の
「大丈夫だよ、数時間に一度の割合でノイマンに頼んで体を動かしてもらおう」
カジャルさんはそれなりの体格をしているので、ノイマンとかの前衛職でもなければ担ぐこともできない。ノイマンが診療所に顔をだした時点でカジャルさんの体を揺さぶってもらうこととして、とりあえずはレナに
「安心しました。ありがとうございます」
「いや、ニーナさんも大変でしたね」
カジャルさんはなんといっても領主館専属の治癒師である。その専属治癒師が魔法で治らない腹痛で領主館を飛び出したのだから、もう大変なことになっているというのは予想がついた。あとでランスター領主の襲撃がなければいいがと思いつつニーナさんには伝言をしっかりとやってもらわないといけない。
「食生活が悪かったのもあるでしょうけど、体質でしょうね」
「食べ物が悪かったのですか?」
「ええ、なんでもかんでも食べていればいいというものではないのですよ」
この世界の食生活というのはあまり良くない。しかし、領主館に努めているカジャルさんは貴族とはいかないまでもかなり良いものを食べているだろうと思う。生活習慣病にかかるには十分な年月が過ぎているけど、どうなのだろうか。カジャルさんも体を鍛えているのだろうか、あまり余分なぜい肉などは見当たらない。
「この人はそこまで贅沢なものを食べたりはしていません。ほとんど他の使用人と同じものです。そもそも領主様がそんなに贅沢をされないもので」
「あ、じゃあやっぱり体質でしょう。尿管に結石ができやすい人というのはいますので」
そしてその結石ができやすい人が軽度の脱水とかになると石ができてしまう。だから、石ができてもすぐに流れるように多めの水分を取ることを推奨するわけだけど、カジャルさんは今寝ているからあとで説明することにしよう。
「しかし、困りました」
「どうされました?」
ニーナさんが手を頬に当ててため息をつく。カジャルさんが助かったのはいいのだけども、何か困りごとができたようである。
「ええ、あの人がいなくなると領主館の治癒師がいないもので」
「まあ、そうでしょうね」
「領主様の訓練などで怪我人が出たり、領主様が怪我を追われた場合はどうすればよいのでしょうか」
僕はそんな事に付き合ってられないとばかりにウージュを紹介してあげた。たぶん、ウージュにとっても良い休肝日になるんだろう。
***
「シュージの評判というのがすこしずつ良くなっているようだ。診療所の経営も軌道に乗ってきたな」
「それは良かった。仕事もそこそこ増えてきていますし、これ以上はいいです。ゆっくりさせてください」
ニーナさんが看病についているカジャルさんをほったらかしにして、僕は冒険者ギルドへとやってきている。目的は管理職ともいえるギルドマスターのロンの神経性胃炎の往診だ。心眼の精度が徐々にあがってきている僕はかなりの精度でロンの胃炎の状態を把握できるようになっていた。
「また、悪くなってますよ。いつか胃潰瘍ができて血が出ますからね」
「そんな事を言ったってだな……」
「胃炎だけじゃなくて、ロンさんの心の方も心配なんですがね」
それだけのストレスを貯めこみながら冒険者ギルドのギルドマスターをしているというのはある意味では危険である。だけど、ロンはこの役目は他の誰にもできないと言って退職なんてしようとしない。ランスター領主の負担を少しでも減らそうと思っているのだろう。
日本ほどに良い胃薬がないこちらの世界では、あまり胃酸の分泌も抑えられていないのかもしれない。
「下の者へ回せる仕事は回してくださいよ」
「まさかシュージにそれを言われるとは思わなかった」
「僕はできるだけ他の人間に回せるものは回してますから」
診療も手術も器具の開発も診療所の運営も、他の人間にできるわけがない。やる事は多いけど、レナやローガンをはじめとして少しずつ仕事を助けてくれる人材も増えていっている。
「僕は自分がどのくらいで潰れるのかっていうのはよく分かってますから」
「私がつぶれるというのか?」
「ええ、このままでは間違いなく。年齢も考えてくださいね」
ロンが僕に何かを言おうと思ったのだろうけど、職員がマスタールームに入ってくるのを見計らってわざとそういう事を言った。それを聞いてしまったギルドの職員はびっくりした後にロンの方を睨んだ。やっぱり職員たちからも働きすぎを注意されていたのか。
「では、お大事に」
薬を置いてマスタールームを出ると、後ろからギルドマスターに向かって説教をする職員の声が聞こえてくる。あのくらいやらないと危機感を持たないだろうし、実際に胃炎が増悪しているのだから仕方ないだろう。胃潰瘍で吐血するなんていうのを緊急で止めるなんて僕はごめんだ。
「そういえば、工房に頼んでおいた器具はできたかな」
思ったよりも早く用事が済んでしまったので、僕は工房へも足を運ぶこととした。まだ納期には時間があるから進捗状況だけを確かめるつもりだけど、もしかしたらサントネ親方が仕上げているかもしれないという期待を込めて、である。
これが終わったらローガンを見つけて一緒に肝機能の検査魔法の特訓をしよう。そう思って僕は歩き出した。
***
「は? シュージがさらわれた?」
ユグドラシルの町は治安が良いと言われているにも関わらず、白昼堂々と治癒師が誘拐されたという報せが届いたのだが、たまたま冒険者ギルドにいたSランク冒険者であり領主の息子でもあるアレン=レニアンがそれをすぐさま否定した。
「無理だ。曲がりなりにもシュージはSランクであって、ノイマンともタイマンがはれるほどの男だぞ」
確かに、という言葉でギルドの中はあっという間になんだなんだと落ち着きを取り戻していく。が、それも一瞬のことで情報を持ってきたはずの冒険者が叫んだ。
「じゃあ、違う誰かがさらわれた!」
理論的には正しい。さらわれた治癒師風の男がシュージという冒険者ギルド併設の診療所で治療を行っている者だと認識していたがそんなさらわれるような男ではないとのこと。であれば他の誰かがさらわれたというのが真実だったのだろうとその冒険者は一瞬で納得し、そしてその誰かがさらわれたという事自体は冒険者ギルドをざわつかせるには十分な情報だったのである。
「どっちに行った?」
「西だ、数人がかりで馬車に乗せてあっと言う間に城門へ向かって行ってしまった」
「ダリア領の連中か!?」
情報の整理を短くするために、アレンは情報提供者の冒険者に詰め寄り簡単な事柄だけを聞き出す。
「馬車はどんなだ?」
「丈夫そうだが、地味で……濃い紫色のカーテンで中は見えなかった」
「馬は?」
「二頭だ。どちらも茶色、かなりいい馬だった」
「攫って行った者たちの服装は?」
「黒いローブとフードに隠れていたけど、冒険者風の革鎧を中に来ていた。人数は少なくとも四人とそれに加えて御者だ」
あっと言う間に聞き出すとアレンは西へと走る。城門に待機していた兵士からも情報を得るつもりだった。だが、情報を得ているうちにシュージらしき人物をさらった馬車はどんどんと距離を放していくだろう。アレンは冒険者ギルドの馬を拝借すると、軽くだけ鞭を打った。一人で向かうかどうかを思案したのちに、手ごろな兵士を見つけて命令する。こういった時だけ、アレンは領主の息子の権限を使った。
「冒険者ギルドの診療所のレナ殿に助けを求めてくれ! 場所は……」
レナならば援軍をつれて
それだけ伝えると、アレンの馬は駆けだした。
向かうは、ダリア大空洞を見張るための砦、今は使われていないそこを目的地としたのはアレンの勘である。
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