第34話 緊張性気胸2
「できるだけ無駄打ちを避けるんだ!」
城壁の上ではロンが魔法使いたちと弓を持つ兵士たちに向けて叫んでいた。その手にはランスター領主から貸与された形になっているサンライズという巨大な魔石が取り付けられた杖が握られている。指示を出しながらも自身は特大の
後ろではアマンダが補助魔法を使って補佐をしている。
乗り越えられることを前提として形成された壁と堀というのは、死角を作ることなく魔物たちが城壁へ到達するのを遅らせることに成功しており、城壁に待機している魔法使いと弓使いたちにとっては格好の的としか映らなかったのである。
次々と作られていく魔物たちの死体であったが、それでもそれ以上の数の魔物たちが東からこちらへやってくるのが見えて、兵士たちの士気を保つのが難しい状況であった。
「前回の記録よりも数が多いかもしれぬ」
城壁の上でランスター=レニアンは忌々しくうめいた。レニアン家に伝わる資料をかき集めて対処したのであるが、それでも準備不足だったと痛感せざるを得ない。しかし、あれだけ歴代の領主たちが身構えていた
傍らにはアレンの弟であるジェラール=レニアンが控えている。アレンが領主を継ぐ気がないという事が分かった時点で、この弟の次期領主が決定したようなものだった。自分が冒険者だった事を考えると、ランスターはアレンに強く反対することができず、ジェラールはそんなアレンの気持ちを察してかあえて何も言わない状態が続いている。
ユグドラシル領がそこまで大きな領地ではないために、後継者争いというものは表面化していないし、アレンの取り巻きというのはごく少数で、主にカジャルたちである事を考えるとこれでいいのかもしれない。
「ランスター様! 飛行型の魔物が!」
部下の一人が東の空を指差して言った。そこには前回の資料には載っていなかった大型の魔物が飛んでいる。その数は数十以上であり、あれらには壁も掘りも、さらには城壁さえ意味をなさないのだろう。城壁の上の士気はロンに任せてある。ランスターはロンの所へと向かった。
「魔法で撃ち落とせるか?」
「もちろんだ、だが速いな」
数人の魔法使いと弓使いがその飛行している魔物たちに狙いを定めた。鳥型の魔物なのだろう。ユグドラシル近郊ではあまり見ない形である。そもそも飛行能力を有していてもダンジョンの中なんて狭い所で飛ぶことが何のメリットになるのだ、とランスターが愚痴をこぼした。しかし、そんな事を言っても始まらない。
「撃て」
魔法と弓が飛ぶ。それが着弾したのは三匹ほどで、撃墜されて地面に落ちていくのが分かった。
「やはり、速い」
「だが、放置しておくわけにもいくまい」
「下を歩いているやつらが城壁がにとりつくと厄介なんだがな」
空を飛んでいる魔物を狙うと的中率が下がる。その間に地面から魔物たちの接近を許すことになるのではないかとロンは焦っていた。こうしているうちにも、徐々に魔物たちとの距離を詰められているのである。
「情けないわね、貴方たち」
そんな時に若い声がした。ロンはむっとしてそちらを振り返ったが、その声の主の顔をみてそんな感情は四散した。そこにはレナがいた。
「見てなさい」
片手にバチバチと
その通電の作用だけではとてもとどめをさせるとは思えない威力の
極限にまで少ない魔力量で、レナは数十匹の魔物を全て撃墜して見せた。その全てが地面を走ってくる魔物たちの群れに吸い込まれ、ほとんどが落下だけではなく魔物たちに踏みつけられることで死亡したのではないだろうか。
城壁の上からそれを見ていた兵士や魔法使いたちから歓声が上がる。
「レナ、さすがだな」
「なんて言ったかしら。シュージが言っていたのよね」
ロンはレナの事を、普段はシュージの後ろに控えている大人しい性格なのかと思っていた。だが、違うようだ。シュージがいない時のレナは昔のアマンダに少し似ている。絶対に怒らせないようにしようとロンは思った。
そんな事をロンが思っているとは全然気づかず、レナは言う。
「省エネって言うらしいわ。こういうの」
魔力を余裕で残していたレナは地上に迫ってくる魔物の群れに目がけて今度は特大の
***
「ノイマン、出番はまだまだ先だぞ」
「いや、だってよ、城壁の上ではすでに戦闘が始まってるんだろ?」
「あれは戦闘というよりは数減らしのようなものだ。こちらは誰も傷ついてはいないさ」
遠距離攻撃というものを仕掛けてくる魔物はさほど多くない。その知能というのが人間並みであったならば遠距離攻撃を考え着くのかもしれないが、せいぜいがドラゴン系のブレスがいい所だろう。それにしたって城壁の上にまで届くとは思えなかった。つまりは、今現在城壁の上で戦っている者たちは安全圏にいると考えていてよい。ほとんど負傷者などは出ずに魔物を殲滅しにかかっているだろう。
「数が少なかったら、こちらの出番はほとんどない」
「でも、魔力や矢が尽きたら……」
「そうなった時に突撃するのが私たちの役目だ」
周囲には冒険者ギルドの中でも戦士や剣士などの前衛職が集まっている。向こうには兵士たちが列を形成して城門が開けばいつでも突撃できる体勢を作り上げていた。
「今から緊張していては突撃の時までに疲れてしまうぞ」
「そ、そんな事言ったって」
「お前はAランクなんだ、もう少ししっかりしろ」
斥候業を専門としているくせに突撃組に混じっているアレンはノイマンの肩を叩いた。少しでも心がほぐれればと思う。
アレンにはここにいる意味があったが、他の冒険者たちは善意でユグドラシルに残ってくれている。もちろん冒険者ギルドや領地からはそれ相応の報酬を払うつもりであり、Dランク以下の下位冒険者にとっては一攫千金とも言える額だ。しかし命あっての物種とも言い、明らかに自分には手に負えない魔物が来るかもしれないこの状況でユグドラシルから逃げるというのは、冒険者として間違っているわけではない。
この部隊が突撃することなく、城壁の連中たちだけで片をつけてくれるといいのだがとアレンは心底思った。
***
順調とも言える魔物の殲滅であったが、城壁の上の魔法使いたちの中には魔力切れを起こす者も出始めた。予想されていたとはいえ、実際に戦線から離脱してく者たちが増えると、攻撃の厚みも減り、その分魔物たちの接近を許してしまう。
「城門にとりついたぞ!」
「やれ!」
初めて城門にとりついたのは熊型の魔物だった。その巨体は平原で出会ってしまえばほとんどの冒険者がなす術なく殺されるのではないかと思うほどである。しかし、その魔物一体だけで城門がなんとかできるわけもなく、次々に魔法や矢が突き刺さって死んでいった。それでも今までは城門までたどり着かなかったはずなのに、魔物たちはその数をどんどんと増やして、城壁に殺到してきている。堀のほとんどは魔物の死体で埋め尽くされており、そのために徐々に魔物側の進軍が速くなってきていた。
「全ての堀が埋め尽くされたら、歩兵による突撃を行うしかあるまい」
突撃の部隊を率いているのはランスターも信頼している部下の一人であったが、冒険者たちを率いているのはアレンだった。領主の息子自らが陣頭指揮をとることの意味は理解している。しかしランスターは領主でもあったが父親でもあった。心配しないわけがない。できれば突撃の指示は出したくないという思いがある。しかしそれでタイミングを失うわけにもいかず、ただただひたすらに魔物の数が減ってくれることのみを祈り続けていた。
「Sランクだ!」
そんな時に誰かが叫んだ。今まではたまにAランクの魔物が出るのみであり、それを主にロンの
「しかもストームバードか……」
嵐を呼ぶと言われているストームバードという巨鳥である。その翼が羽ばたく度に周囲に暴風が吹き荒れる。目撃情報があればSランク冒険者のパーティーが派遣されるのが確定な、まさに災害と称されてもいい魔物だった。それが東から向かって来ているのが見える。
「普段は群れるなんてことをしないくせに」
「魔法使いたちを護れ、できるだけ早いタイミングであれを落とすんだ! ロン、
「あと、数発は……だが、あれに魔法は効きにくいぞ」
「ああ、分かっている」
討伐経験はある、ランスターはそう付け加えながら剣を抜きはらった。年老いた体でSランクと戦うことになるとは思わなかったが、ここに前衛職を張れる人間は少ない。領主自らが戦う姿も見せる必要があるだろう。
しかし、この判断がユグドラシルの町にとって良いものだったかどうか。
「領主様!」
激闘の末、ストームバードはランスターを城壁の上で踏みつぶした。しかし、その胸にはランスターの愛剣「オリオン」が突き刺さっていた。見た目は相打ちである。しかし、実際はそうではない事を気づいた者がいた。
「まだよ!」
鳥類の胸骨はぶ厚い。あの剣が心臓をつら抜いていないことをレナは察知していた。
「
頭に着弾した
「………ひゅー…………」
「後の指揮は任せろ」
胸を潰されたランスターは声が出ないようであった。ロンがその声をかけると、ランスターは力なくうなずいた。兵士たちに担がれて、治癒所へと運ばれていく。領主がやられたことで、城壁の上の兵士たちの士気が下がるのが分かった。
しかし、それを吹き飛ばすほどの轟音で、城壁に群がりそうだった魔物たちが殲滅される。
「大丈夫、あそこにはシュージがいるわ」
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