第2話

 ホームへ上がっていくエスカレーターの列を下から眺めて切なくなる。

 外れてしまった。

 友人たちは、すでに家族があり、勤めている子たちも役職つきになっている。程よく経験もして、会社にとっても有益な人材として重要にされていることだろう。

 そんな彼らに相談はできない。

 40歳になる前に就活か。

 エスカレーターのように最後まで流れに乗ることはできなかった。

 

 ぼんやりと考え事をしながらも、体は駅のホームへと運ばれていく。流れに沿って乗車口の列に並ぶ。

 電車は遅れているらしく、ホームは人でごった返していた。

 メロディがなり、電車が滑りこんでくる。

 それに合わせて、風が巻き起こる。

 髪の毛が顔にかかり、邪魔になるのを手で押さえる。

 わずかに視界が狭くなり、どこからか肩を押されて、体勢が崩れた。周りの人を避けようとして、不安定になり踵が地面を離れる。

 頭から倒れるのは、嫌だなと思っていると、気を取られ鞄が肩から滑り落ちる。脇を閉じて堪えるが、思ったより、鞄が重たかった。疲れているせいか体の反応が遅れていく。

 

 そう、読んでおかなくてはならない通知やら更新された手順書を印刷して、持って帰っているんだった。業務中に読んで確認する暇なんてなかったのだ。

 余計なことを考えている間に、地面が近づいていた。

 アスファルトの細かい窪みがはっきりと見える。

 周りが見えないのは仕方ない。顔を打ちつけるのは避けよう。

 当たり前の反応で、両手を地面に向けて、身を守る。

 とっさに、目を閉じるのは当然だろう。


 春の夜とはいえ、空気は冷えている。

 アスファルトも、冷たく手の温度を奪うほどだった。

 風が激しく舞うのを近くに感じた。

 竜巻が訪れた時に起こるねじ切れた悲鳴のような不安になる音だった。

 思わず、息を止め、身を縮める。

 やがて風が収まり、音が遠のいた。人の気配が、空気が変わっていくのが分かった。

 

 以前、駅のホームで貧血を起こしふらふらしていたが、誰も声をかけてくれなかったことを思い出した。正確には、車掌に呼び止められたけれど。

 今回も、酔っぱらっているのか足元のあやしい若くはない女が体勢を崩して一人で転んでいるなど、無視されているのだろうと、そう思った。

 足を動かして、起き上がろうとする。

 そこで初めて、アスファルトと違う手の感触に気づいた。

 直前まで、アスファルトの窪みが見えた。

 ざらざらとして、手にくぼみができそうな予感はしていた。

 しかし、今、手に触れているものは、冷たいけれどつるりと肌触りがよい。

 真っ平で、つややかな卓上という感じ。

 頬に触れる空気も、いつの間にか暖かい。凛とした春夜の外気はどこかへ行っていた。

 ゆっくりと目を開けて、正面を見上げる。

 人と目が合って、驚愕した。


 そこには、金髪の巻き毛、白皙の肌をした青年が、映画や小説でしか見たことない服装で、ゆったりと座っていた。

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