第1話

 その日はとても疲れていた。


 年度末は仕事が立て込み、量も平常時の倍近くに膨れあがる。

 何とか年度内におさめたいと次々に仕事が持ち込まれる。

 どれだけやっても、量を減らしている気にはならなかった。


 片っ端から手をつけているが、前に進んでいる気は全くしない。

 報告される処理数を見ると、数字は動いている。

 それを見て納得はするが、年度末の忙しさは変わらない。


 街は月末の金曜日。

 時間も10時過ぎとあって、送別会帰りの人たちとぶつかる。

 賑やかな駅のコンコースを抜け、改札をくぐる。

 ホームへはエスカレーターで上がろうと、人の波に沿って歩く。

 朝から全速力で仕事をしているため、階段を上る気力はなかった。本当は足を動かすのでさえ、億劫になっている。


 家に帰るのだって、面倒だ。疲れた体をさっさと、布団の中に沈めてしまいたい。お腹は空いていたが、何より眠ってしまいたい。

 駅に来るまでにもホテルの文字が魅力的に見えた。けれど泊まれるほどお金はない。

 仕方なく、帰るのだ。

 いや、家ならば、体になじんだ布団の中に潜ることができる。

 明日は土曜日。仕事は休み。

 目覚まし時計は鳴らないように設定して、午前中を布団の中で過ごす。

 なんて素敵な計画。


 そこまで考えて、エスカレーターに乗る前に小さくため息を漏らす。

 一週間、働き詰めで体力の限界を感じていた。

 現在の会社に勤めるようになって15年。いろいろあっての今の職場だが、小さな役職もついた。

 真面目に働いているつもりだ。

 全国に展開しているが、規模もそう大きくなく、事務所も小さい。福利厚生はしっかりしている。休みもある。表立って社員同士のいがみ合いはない。働きやすい職場だと、思っていた。

 同時に何故だか、務めれば務めるほど将来に不安があった。


 そして、ここにきて職場統合の話が出た。


 不動産、人件費などを考えると、一点集中型にしてしまうほうが得だと上層部が考えたのだ。

 理屈はわかる。

 しかし、一点集中にされると、今の勤務先から遠く離れたところに事務所ができることになる。

 遠方では通うことができない。

 この歳で、大きな決断をしなければいけない。

 親になんと伝えるべきだろうか?

 定年まで勤めることができたらいいなと、ぼんやり思っていたのに世間は甘くなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る