15-1(70)
あの日以降、再び特区に戻った僕は実家のある関西に帰らず前回と
同じ東京で新たな人生をスタートさせていた。
ただ以前と違い不向きな会社勤めではなく、小さくも自営業者を目指し、
その開業資金を貯める為、昼夜を問わずアルバイトに明け暮れた。
その後順調に貯金を増やし続け3年が過ぎ、借入金があるものの
念願の軽自動車を使った小さな移動式カレー店の開業にこぎ着けた。
メニューに関しては強気のカレー1種類のみでテイクアウト主体だが、
雨の日以外は外でも食べれるよう車の前に小さな長テーブル2台と
8脚の椅子を設置した。
アルバイトの合間にスパイスを素人なりに研究し試行錯誤の末
遂に完成した自慢のカレーはオープン当初こそ人気を博したが、
その後徐々に客足が遠退き、オープンから更に5年が経過した現在
収入が激減しまさに窮地に追いやられていた。
ローンの返済もある中、早急にメニューも含め業務内容を見直すか
或いはお店を諦めるか……僕は決断を迫られていた。
午後2時を過ぎ、僕は誰もいなくなった椅子に腰掛け、ぼんやり
空を見上げていると突然後ろから若いOL風の女性に声掛けられた。
「あの~ まだ注文出来ますか?」
「あっ、大丈夫です! テイクアウトですか?」
「いえ、ココで頂いていいかしら?」とその女性はテーブルを指差した。
「もちろんです。どうぞ、どうぞ」と少し緊張気味に椅子を引いた。
僕は早速車に戻りカレーを温め、準備に取り掛かっていると女性が
こちらに向かって様々な質問を投げかけてきた。
「カレー1種類だけのお店って珍しいですね」
「まぁ、そうですね……、カレーは比較的季節に左右されないですし
ウチは経済的理由で人を雇えないんで1種類だと提供面でなんとか
僕一人でもやってけるかなと思いましてね」
「へぇ~ 色々考えてらっしゃるんですね」
「いえいえ、そんなお恥ずかしい」
「でもどうして食べ物屋さん始められたんですか?」
「どうして? どうしてだろ…… あっ! 実は僕以前にもこんな
感じのお店をある女の子と2人でやってたんです」
「お店?」
「そう、”ひなのや”って言ってね……。で、その頃の楽しかった
思い出が未だに忘れられなくって、また始めちゃったみたいな」
「だからこのお店”ひなのや”なんですね!」
「そうなんです、ははっ!」
「でも一人じゃ何かと大変なんじゃないですか?」
「いや皮肉にも最近ヒマでなんとかしなきゃな~って思ってたとこ
なんです」と出来上がったばかりのカレーを彼女の元に運んだ。
「いい香りっ! いただきます」と彼女は手を合わせた。
「ど、どうぞ」
「ちょっと辛口だけどすごく美味しい!」
「ホントですか! ありがとうございます」
「こんなに美味しいのにお客さんが減ってるってどうしてかしら?」
「やっぱりカレー1種類だから飽きが来たのかもしれないですね」
と気力を失いかけ、まるで他人事のように答える僕に彼女はポンと
両手を叩きキラキラした目で僕に問いかけた。
「じゃ― メニュー増やしてみたらどうかしら?」
彼女の妙なテンションに少し動揺しながらも何か良いアイデア
はないか彼女に聞いてみた。
「テリヤキなんてどうかしら?」
「テリヤキ?」
「そう! テリヤキ料理をメニューに加えてみてはどうかしら」
「でもあまり料理を増やすと仕込みとか調理が大変というか……」
「大丈夫! 私が手伝うから」と彼女はテーブルの真ん中にある
スプーンの束を整え始めた。
「えっ! 手伝うって…… いいんですか?」
「うん、いっしょに頑張りましょ。そらちゃん!」と満面の笑みで
こちらを振り返った瞬間僕は一体何が起ったのか分からず一瞬
思考が停止した。
「えっ? そらちゃんって……えっ? まさか」
「そう、私よ、ひなよ!」
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