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 電車内を見渡すと若干時間帯が遅いせいかお年寄りが少なく 

仕事終わりのサラリーマンやOL、塾帰りの高校生や中学生、 

少数ながら小学生の姿も見受けられた。

 夜遅くまで勉学に勤しむ今の子供達に同情しつつもふと自身の 

学生時代と重ねる自分がいた。

 振り返ると学生時代僕は真面目に学業に取り組むどころか

遊んでばかりで将来について本気で考えた記憶がなく、ただ

なんとなく日々を過ごしてたように思う。

 学ぶ事の大切さなど微塵(みじん)も感じず成人し社会人となり、

真摯に自身を見つめてこなかった報いを痛感するなんて当時は

考えもしなかったが今はそれが現実のものとなってしまった。

 今、目の前にいるこの子達が実際どう感じているかは分からないが

このまま継続する事、すなわち遊びたい欲求を犠牲にし学業を優先 

して良かったと感じる日が必ず来るだろう。

 いや、もしループラインで出会ったおばあちゃんの説明が真実なら

この子達は既にそんな事理解しているのかも……だからこそ気持ち 

を切らさず将来のビジョンに向かってまい進出来るのかもしれない。

 もしかするとおばあちゃんが言うように過去に違う町から知ってか

知らずかココ特区に降りたち、同じ肉体年齢の子供に入り込んだ

とするなら色んな意味で妙に納得させられてしまう。

 思えば小学校低学年の頃、授業の内容をいち早く理解し、少し

冷めた感じの男子児童がいたが小学2年生の教室に4~5年生の 

精神を持つ子が参加していたと考えれば説明がつくし、ほとんどの

場合過去の記憶が抹消されるようだから彼にしてみればクラスメート

が一様に幼く見える事に戸惑いを感じあのような態度を取って  

しまったのだろう。

 やはり精神年齢が高いほど学業に取り組む姿勢が真面目なので  

成績も良い傾向にあり、更に能力向上を目指す者や早くから

社会貢献的な目標を掲げる者がいても不思議ではない。

 そもそも精神の出発点が初めから違うのだ。

 テレビなどで話題の天才と言われる少年少女はおそらく15~20番 

辺りの町で精神が天井の15歳あるいは20歳に達したが肉体年齢が   

まだ幼い頃に何らかの形で偶然特区に来てしまったのだろう。

 ただここまでギャップがあるとさすがに周りと馴染めず孤立したり  

精神的苦痛を感じるだろうが彼らとは逆パターンの僕にしてみれば 

妬みから『それは反則だよ~』とつい思ってしまう。

 とはいえそんな辛く厳しい環境の元、それぞれの目標に向かって    

現実に努力している彼らに対し何にも考えず遊びほうけてた僕が 

愚痴るのはやはりお門違いか。

 そういえばあの男子児童だけでなく各学年には必ずそういった子が

いたし中学、高校でも同様で初めは友達同士でも夏休み明けに

お互い話が急に合わなくなり友達関係が崩れたりするのは特区以外

の町の住人が夏休み期間中に偶然入り込んだせいかもしれない。 

 もし本当にそうならば意外に多くの住人がこの特区に住み続け 

ている可能性がある。

 そして彼らは使命感を持って世の中をリードしている公算があり、

例えば政治関係者や教育関係者、或いは世の中に役立つ研究を 

をしている科学者などに多いのかもしれない。 

 逆にその卓越した能力を自慢し他者を見下す者、私腹を肥やす者、

権力を我が物顔に振りかざす者も現実に存在するので結局のところ

その人次第という事か……。

「ふぅ~」 

 これ以上分析を続けるとせっかくの楽しい夜が台無しになると感じた

僕は気分を変えお気楽に乗客をいじる事にした。


(あれ! そこで降りるの? 8番だよ。まだキャ―キャ―うるさいよ!)

(おっ! 70番か~ お兄さんしぶいとこ選ぶね)

(17番って若いね! おじさん。やっぱ青春はイイよね~)

――

――――

――――――

 そんな馬鹿げたツッコミを一通り終えた僕は上機嫌で下車し寮に

向かったが小腹が空いたので近所のコンビニに立ち寄る事にした。

 カゴに菓子パン1個と缶ビール2本放り込み、普段ならそのままレジ

に直行するはずが酔ってるせいかふらっと店内を観察し始めた。

 パン以外にもお惣菜、サラダ、冷凍食品、スイーツなど種類の

多さにいたく感心した僕は自分がいかに幸せな環境に暮らしている

のかを再認識させられたと同時にふとあの少女のことを思い出した。 


(ちゃんとした食事取ってるのかな)

(いじめはまだ続いてるんだろか)

(一人で寂しくないのかな)


 今までの上機嫌から一変彼女のことが心配になった僕はお菓子

コーナーであの時交換したプチクッキーを1つ手に取りそのまま 

レジに向かった。

 レジ待ちの間、少女がお手製の腕輪や首飾りをゴザに並べ健気に

一生懸命孤独に耐えながら生活している姿が頭に浮かぶたび胸が 

熱くなり、滲む涙で目の前がぼやける。

 はっきり見えないお釣を確認もせず無造作にポケットに放り込み

僕はまるで逃げるようにコンビニを出た。

 テレビも点けないで小さな簡易テーブルに無造作に置かれた

クッキーを眺めながら缶ビールを飲み進めると再び少女の事で

頭がいっぱいになり始めた。

 少女にとってクッキーは人生初めて見る食べ物だったに違いなく

不思議そうな眼差しで見つめ、彼女の困った様子に僕が自ら食す

ことで多少不安もありながら自ら口に運んでくれたのは少なからずも

僕を信用してくれたと思っていいのかな。

 彼女が村人に囲まれ酷い仕打ちを受けてるにもかかわらず

何にもしてあげられなかった僕なのに。 

 もう一度彼女に会いたい……僕は突然そんな衝動に駆られた。

 毎日何かに怯え感情を素直に表す事さえ躊躇(ちゅうちょ)して

いた彼女が僕との別れ際に一瞬垣間見せたあのはにかんだ

ような笑みが忘れられない。

 願わくば彼女にはずっと笑っていてほしい。

 僕は缶ビールを一気に飲み干すと部屋の片隅で疲れたように

壁にもたれ掛かるリュックを手に取り慎重に中を探った。 

 するとリュックの奥に少女から貰った腕輪が2冊単行本にちょうど   

挟まるような状態で見つかったが残念なことにやせ細り、リュック  

の底には砕けた葉っぱが溜まっていた。 

 腕輪をテーブルの真ん中にそっと置き2本目の缶ビールを

空けると帰りの電車で出会ったおばあちゃんのあの言葉が心を過る。 

 いい加減な気持ちや遊び半分で電車を利用してはいけない。

 つまりそれは自身の寿命との交換を意味し、残り寿命によっては

最悪死に至るという事。

 おばあちゃんの忠告どうり確かに一時的な感情に支配されては  

いけないのは分かっている。 

 だが少女の腕輪に触れるたびにポロポロと崩れ落ちる葉がまるで

切迫した彼女の人生そのもののように思えその都度心揺さぶられる

自分がそこにいた。

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