デージーのせい
~ 九月十日(火) 9センチ ~
デージーの花言葉
あなたと同じ気持ちです
国のはずれに、その陰鬱な口をぽっかりと開けて。宝と名誉、興奮と伝説をエサに獲物がかかるのを待ち受ける剣呑な生物。
その名を、ダンジョンという。
「……ほんとに?」
「ああ、これしかない」
「ほんとにほんと? 考え直さない?」
「くどい」
いくつか確認されているダンジョンの内、最も巨大で、そして絶望的に攻略難度の高いこの洞窟、ブラン・ゼル・ドラゴン。常識を少しは弁える者にとって、近寄ることすら忌避するこの場所に、十八人もの屈強な男女が居並んでいた。
そんな大部隊が装備の最終チェックを終えた瞬間、張りのある声が響く。光り輝く全身鎧に身を包んだ優男は、顔に見合わぬ大声を皆に向けて放つのだった。
「さあ、今回は四組のパーティーが参戦するわけだが……、一つ言っておこう。最奥に潜むドラゴンと変らぬ懸賞金が貰えるからといって、仲間の首は落とさないように!」
雇い主である、辺境に住まう型破りな貴族。彼がバロータとマールの事を手の平で示すと、一同は肩を揺らして笑う。荒くれではあるが理性的。あるいは、命よりも名誉を欲する者。そんなメンバーばかりで構成された討伐隊は、バロータとマールを戦友として温かく受け入れていたのだ。
「……俺たちの素性を知っていながら、仲間と扱おうと言うのか?」
「ばかな。卿が受け入れたやつらになんの疑いを持とう」
「あいつ人を見る目だけは本物だからな」
「こら! 雇い主に向かって、なんてこと言いますか!」
相手は雇い主。しかも貴族。
だというのにこの軽口は、彼らもまた、この貴族を戦友として認めている証なのだろう。
「やれやれ……。そういう訳だから、ダンジョンに潜っている間は安心していい。無事に出て来てからの保証はないがね」
「……助かる。しかしそこまで信用されると、正直ぞっとしない」
バロータは慎重な眼を彼に向けるが、それに肩をすくめた貴族は納得のいく答えをくれたのだ。
「そう身構えるな。……私はね、両親をここのドラゴンに殺されたのだよ」
思わず体を強張らせるバロータとマール。だが、その心の機微には気づかない様子で貴族は続けた。
「だからヤツの退治は私の義務なのだ。こうして挑むのもこれで四度目。討伐隊の練度も都度上げている。……けど、のべつ幕なし仲間を集めているわけじゃない。一緒に戦う者の、人間性は見る」
そんな言葉に、照れくさそうにする討伐隊の面々。
彼らもまた、この貴族の人間性について行こうと決めた者達なのだろう。
「君は、あのはなたれカタリーナの不興を買ったのだろう? ならぼその時点で、私が背中を任せるのに値する人物じゃないか」
違うかねとおどける貴族は、細い腕に似つかわしくない筋肉を浮かせながら剣を抜く。そして……。
「では、願わくばこの討伐隊の誰もが生きてこの地に戻ることができるよう。道に迷うた魂にならぬように、ここに目印を置いていく。……そして、私がもしも命を落としたその時は、私の財産を生き残った者で山分けして欲しい」
自らの金髪を剣で切り、それをツバキの枝に結ぶのだった。
口調や態度に似つかわしくないその決意。バロータは嘆息し、思わず彼に膝を屈して、腰の聖剣を地へ置き首を下げる。これを見た貴族は慌てるでもなく、鷹揚にふるまうでもなく、ただ金髪の剣士と同じように剣を置き、対等な身分であると膝をつくことで宣言した。
「……分かった。ならば私も、あなたを騙すまい」
「ん? なにか、隠し事でもしているというのかね?」
「いや、ただ……」
言葉を選びながら、バロータも自らの髪をひと房短剣で切ると、同じように灌木の枝にそれを巻き付けて、ぽつりと呟くのであった。
「俺は、盗賊よりも質の悪いものになろうとしているのだが……、あなたからは、何も貰う気は無い」
そして、改めて青き聖剣を抜くと。
迷いの晴れた足取りで、ダンジョンへと突き進むのだった。
~🌹~🌹~🌹~
……バロータにとっては、予想外に骨のある戦闘が続いていた。それほどまでに高レベルの魔物で満ちたダンジョンで、ついに仲間のうち一人が倒れることになったのだ。
「あたし……、あたしのことをかばってくれて……」
膝をついて泣き崩れるマール。その手を優しく握ってくれているのは、腹に大穴を開けて横たわる雇い主の男。誰もが戦友との別れを胸に刻もうと駆け寄ると、その貴族は作り笑いとも思えぬ笑顔で、最期の言葉を紡ぐ。
「約束通り……、わ、私の所領は、君達で分けてくれ……」
そんな言葉を喜ぶものなど一人もいない。きっとその金を、この貴族の復讐のために使う事だろう。バロータは復讐心によって塗りつぶされた未来への道を想像しながら、遅れて彼を看取る輪の中へ入った。
「さ、最後の命令だ……、全員誰もが欠けることなく……、ここから、撤退せよ」
そして、この男らしい最期の言葉に誰もが涙すると。バロータは亡骸へフードをかぶせて、地面に転がっていたたいまつを掴んだ。
「……お前達は、こいつの遺言に従うがいい。全員無事に地上へ帰って、そしてこいつの所領を分割統治しろ」
「バロータ? お前はどうする気だよ!」
「まさか、領主様の仇討ちに?」
「……いや、そんな気は無い」
バロータは、聖剣へ火酒をかけて魔物の血を拭いながら、恐らく最後となるであろう巨大な両開きの扉を見上げる。
「もともと、俺が欲しいものを手に入れるためには、ここの主を倒さなきゃならないんだ」
「だ、だが……」
「こら、マール。いつまでもめそめそしてるんじゃねえ。……これから、大仕事が待っている」
そう言いながら剣を一振り。すると、血のりと共に火酒が地面にびしゃりと叩きつけられた。
「お……、俺達も行くぜ!」
「……いらん。足手まといだ」
ドラゴンとの勝負は一瞬。多人数で挑むなど愚の骨頂。敵の目玉か逆鱗の内側に火酒の染みた剣を突き立てて、血管の中にそれを流し込むしか、奴らを倒す方法はない。
自分の父が命懸けで見せてくれた攻略法は、奴らの自己再生能力を暴走させて自壊へ導くという、一見、不確かなものだった。
……だが、実際にそうなるところを見ている。見ているから、信じることができる。バロータは火酒の入ったヒョウタンを二つ、腰嚢に結びつけると、おもむろに最後の扉を開け放つのだった。
「うわ……」
「明かり? なんで炎があちこちに灯ってるんだ?」
結局、ついて来るなと命じた連中を引き連れて足を踏み入れたドラゴンの間。端すら見渡せぬ程巨大な広間は砂で満たされて、至る所から炎が噴き出し、室内を赤く照らしていた。
そんな王の間の中央には……。
「おいおい。ドラゴンも何も、こいつは……」
「アースドラゴンのエルダーか」
「いや……、あれはもう、神格化する直前なんじゃないのか?」
地面に伏せたその巨大なドラゴンは、天へ広げた翼と胴体、そしてしっぽまでも真っ白な岩で覆い尽くされて、まるで石細工の彫像のように見える。
そして体の周りの地面にすら鱗が生えているのは、地面が既にヤツの体の一部になっているからに他ならない。
そんなドラゴンは、唯一石化していない長い首だけをドスンと鱗の生えた地表へ叩きつけてバロータ達にその場で尻餅をつかせると、めんどくさそうにその大口を開くのだった。
「まずい! ブレスが来るぞ!」
「こ、こんなところまで届くってのか!?」
狼狽する仲間に構っている暇はない。バロータはマールの細身を両腕に抱えると、一目散に駆け出した。
バロータの反応と変らぬ動きをみせた者は数人。それ以外の仲間は、次の瞬間には巨大な火球に飲み込まれて跡形もなく消えてしまった。
……あまりのことに声も出ない。そして、あんなドラゴンを倒すことができるなどとは到底思えない。声もあげることすら出来ずに震えるマールを砂地に下ろしたバロータは、想定を越えていた敵を相手に一瞬だけ躊躇する。
父が倒したドラゴンは、あの巨躯と比するに十分の一程度。あそこまで巨大な敵に、果たして剣に滴る程度の火酒で効果があるのだろうか。
だが、そんな迷いを振り払ってくれたのは、少女の一言。あまりにも無責任で、底抜けに優しいその言葉を聞いて、バロータは思わず笑ってしまうのだった。
「な、何人かは今の炎に巻き込まれてないの。あの人達を助けてあげたいから、ドラゴンをすぐに倒して来て?」
……相手の力量も素性も知っていながら。村を焼き払った晩に自分を助けてくれた時と同じように。
少女は、目の前の不幸を何とかしたいと懇願するのだった。
「女神様の命令じゃしょうがねえが……、そんじゃ、祝福でもかけてもらおうか」
「祝福? ……こ、こんなんでいい?」
そしてマールが、困惑しながらバロータの頬へキスをすると、いよいよ腹を押さえて笑い出した剣士は。
「ははっ! ……邪魔にならねえようにそこから一歩も動くな、女神様」
一言だけを残して、次の瞬間には砂埃を巻き上げて走る風になっていた。
……走りながらバロータは考える。不確かな傷口に少量の火酒ではどうしようもない。巨大な傷口に、持ちうる限りの酒を流し込まないと。
そんな彼に気付いたドラゴンは、再びその大口を開いて走る砂埃へと向けた。巨大な岩から顔だけ出した蛇のような生き物は、頭部まですべて石化するとその彫像の中で神格化して、人類に天災と言う名の抗えない攻撃を繰り返す存在になってしまう。その寸前だった事を表すかのように、もたげた首から石の欠片が地面へ降り注いでいた。
「おや?」
そしてドラゴンの口の中。竜語魔術によって火種が灯り、あとは可燃性の息を吹き出すのみとなったその瞬間、バロータは岩の降り注ぐ地表の異変に気が付いた。
ドラゴンは、地面にも既に神経と血管を張り、この一帯を自分の体としている。
それが証拠に、地表にも金剛不壊なる竜のウロコがびっしりと生えて、いかなる攻撃からもその身を守ろうとしているのだ。
だが、ヤツが先ほど首を打ち据えた辺りのウロコは不揃いで、何枚もがめくれ上がっている。これは、先ほどのように地震を起こすために首を打ち据えるせいで、ヤツ自身も首のウロコの頑強さのせいで気づいていない事なのだろう。
「よし……。そこに、俺が知りうる最大の攻撃を食らわせてやる」
バロータは走りながらに鎧を、盾を投げ捨てると、聖剣に封じられた妖精の力を解き放つ。
……たった五秒、防御しかできねえ役立たずだと思っていたんだが……、てめえの命、役立たせてもらうぜ。
バロータは、妖精と目も合わせることなく逆立つ鱗の只中へ突っ込むと、直後に頭上から巨大な火球が降り注ぎ、それが地表に落ちて大爆発を巻き起こした。
爆風に吹き飛ばされたバロータは、石になった竜の前足へ体ごと叩きつけられたが、青い光に護られた体には傷一つ付いていない。……反して、ドラゴンの足元……、いや、既に体の一部と化していた地面からはどす黒い血が噴き出していた。
「GYAOOOOONNN!!!」
まさに地を震わす咆哮。ドラゴンは自らのブレスで体を貫き、苦悶する。だがこれではまだ足りない。怒り狂ったドラゴンの首が再びバロータへ向けて開かれる。
「うおおおおおおおおお!!!」
剣に魔力を込めたバロータは、十文字に空を切り、気砲を放ってドラゴンの口へ叩き込む。するとさすがのドラゴンも一旦首をもたげ、剣士から目を離した。
「……今だ」
千載一遇。バロータは腰に下げたヒョウタンの蓋を抜くと、躊躇なく二つとも、未だにどす黒い体液の吹き出す大穴へ投げ入れた。
「GRUUUU……? GOAAAAAA!!!」
すると、地表ばかりか石化したはずのドラゴンの体から溢れんばかりに鱗が生え始め、再生能力の暴走により、内臓に、脳にまで鱗が突き刺さった強敵は、長い首を地面へ落として最後の大地震を生むと、そのまま絶命してしまったのだ。
……まさに大団円。生き残った者は皆、多額の報酬を、名誉を、そして貴族の所領を思うがままに出来る。
だが、それが叶うことはついになく。
ドラゴンの住まうダンジョン、ブラン・ゼル・ドラゴンからは、誰一人として出て来る者はいなかった……。
~🌹~🌹~🌹~
「面白いシナリオ!」
「やりたいね!」
「お客さんにこの世界を体験させるって! なんて贅沢!」
「それにやっぱ、ドラゴンとの戦いは熱いな!」
おおむね好評の大成功。
そんな空気に、オチが一つ。
「でもぶっちゃけ、竜族を倒せるかどうかはルックスで決まってると思うの」
「身もふたもない」
そんな漫才に盛大な笑い声。
本日は二年生を説得するために。
なんと、国語の授業中だというのに。
こうして実行委員一同でお邪魔しているのです。
「と、いうわけで、そんなゲームのお手伝いをして欲しいの」
「なるほど……」
「俺たちのやろうとしてたこともうまいこと盛り込めそうだし」
「それに、宣伝効果がハンパない!」
「そうね! だって、このゲームに出た人みんながうちの店に来るんでしょ?」
「ぜひやりましょう!」
葉月ちゃんと瑞希ちゃんが事前に話をしてくれていたことも手伝って。
あっという間に協力してもらえることになったのですが。
「……ほんとに、穂咲は先生の天敵のようなのです」
「うう……。そういう意味じゃなかったのに……」
授業を完全に妨害されて。
うな垂れているのは俺たちの授業も受け持つ国語の先生。
気弱な子の人は。
穂咲のいいおもちゃなのです。
……自動販売機の隣にある。
ゴミ箱周りが汚れていたため。
穂咲が自主的に掃除をしている姿を見たこの国語教師は。
迂闊にも、一回だけ好きな授業をなんでもしてあげるといってしまったようなのですが。
「そういう意味じゃなかったの……」
「はい。穂咲被害者の会、会長である俺が正式に認めますので気を落とさずに」
「嬉しくない……」
盛り上がる二年生クラスで。
詳細な説明は野口さんの任せて。
落ちこむ先生を慰めていたら。
「あれ? 穂咲が消えた?」
「穂咲なら、女の子連れて廊下に出て行ったわよ?」
一体何のことでしょう。
坂上さんに視線で質問しても。
首をひねられてしまったので。
瀬古君も伴って三人で、穂咲の様子を見に行きました。
「か、彼氏が見に来るのに、こんな変な喫茶店できない……」
「なるほどなの。じゃあ、どうすればいい?」
……さすが。
小さな胸の痛み探知器は。
今日も一人の悲しい気持ちを。
こっそりと救おうとしていたのですね。
そんな穂咲が気付いてあげなければ。
俺たちは、彼女の気持ちを踏みにじることをしでかすところだったのです。
「……協力して欲しいの」
「もちろんなのです。そうですね……、俺が、彼氏さんの気を引くようなチラシを作るので、事前にそれを見せておくのはどうでしょう?」
「え? ……でも、彼はこういうアニメっぽいのとか好きじゃないから……」
うむむ、それは難敵。
でも、なんとかしないわけにはいきません。
「じゃあ、スポーツとかお好きなタイプなの?」
「はい、そうですね」
「ゲームとかは?」
「あんまり。……あ、でもこの間、男友達と懐かしいなって話してたゲームがあったかも。あたしが全然わからなくてムッとしてたら、なんだか必死に説明し始めて……」
おお、ドラゴンの弱点見たり。
いいとっかかりを掴んだのです。
「坂上さん! 彼女に内容を説明してもらって!」
「ん。……覚えてること何でもいいから、そのゲームの説明、して?」
そして抽象的な説明を聞いているうちに。
妖精の件を聞いて、坂上さんがこくりと頷いたのでした。
「ん。それ、『マギア・サーガ』。間違いない」
「おお! さすがなのです!」
「僕もやったな……。あれが好きなら、女子は妖精の衣装にするのはどう?」
ふむふむと、女子二名が頷くのですが。
穂咲はちょっと邪魔だから。
混ざらないで。
「ん……。あのゲーム、羽根の枚数が特徴的」
「そうだったね。枚数で美を競うんじゃなかったっけ?」
「ん。だから、この子の羽根を多くすれば……」
「いいね! 彼も、君の羽根を見て惚れ直すと思うよ?」
瀬古君が優しく言うと。
今まで悲しそうな顔をしていた子はやっと微笑んでくれて。
そして、自分ひとりのためにありがとうと。
心から感謝してくれたのでした。
……瀬古君と坂上さん。
二人に連れられて教室に戻った二年生。
その後を追おうとしたところ。
本件のMVPに袖をくいっと引かれたのです。
「なんです?」
「……瀬古君と坂上さん」
「ええ、さすがにこんな物語を作った二人なのです。息ぴったりでしたよね」
「そじゃなくて、いい感じなの」
「……どこが違うのです?」
さっぱり分からん。
いい感じのコンビだって。
俺も言ったじゃないですか。
そんな俺を半目で見つめた穂咲さん。
自分だけとことこ教室へ戻りながら。
「……朴念仁久くんは、そこに立ってるの」
なにやら人名みたいなあだ名をつけて。
俺を二年生の教室の前に立たせたのでした。
……おお。
懐かしい景色なのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます