サルスベリのせい


 ~ 八月二十七日(火) 19センチ ~


  サルスベリの花言葉 雄弁



「さあ、いただきますなの」

「なんだか、ようやく新学期が始まったという心地なのです、教授」


 俺と一緒に手を合わせ。

 同じ仕草で最初にお味噌汁へ口を付けるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をポニーテールに。

 ……しているはずなのですが。


 ピンクのサルスベリを隙間なく髪に植えているため。

 実体がどうなっているのか分かりません。


「仕入れ、まちがっちったんだって」

「なるほど」


 それにしても、藍川家のお花やは。

 宣伝費率、どうなっているのでしょう?


 俺は、教授のピンクのしっぽを眺めながら。

 からっと揚がったエビのしっぽを摘まんで。


 お手製タルタルソースへたっぷり浸してかじり付き。

 お店の経営というものについて考えるのでした。



 ……そんな、いつものお昼休み。

 いつもとは変わったメンバーが。

 俺の元へ集まって来たのです。


「…………道久」

「なんです? そんな小声で」

「大きな声じゃ話せない内容でな……」


 そんな不穏なことを言うメンバーは。

 柿崎君、立花君、やべっち君。


 クラスのお調子者ベストスリーが。

 一体、なんの用でしょう?


「……実は近日、クラスの女子の人気投票を行うことになった」

「は? 文化祭をどうするかというこの時期に、それどころじゃないでしょう」

「お前はバカだな相変わらず。そんな時期だから早く集計しなきゃいけねえんだ」

「バカは君なのです柿崎君。あなたは脈略という日本語も御存じないのです?」


 一体、なにをどう考えれば文章が繋がるのでしょう。


 眉根を寄せる俺に。

 今度は立花君がまったく違う話を始めたのです。


「俺達は、彼女が欲しいんだよ」

「いきなりなに言い出しました?」

「でも、出会いなんかねえ! なにが、夏は出会いの季節だこんちくしょう!」

「そしていきなり泣き出さないで下さい」


 ああもう。

 何なのです?


「そんな思いを共有する柿崎と矢部と話し合った所……」

「はあ」

「手近なところで、クラスの女子にアタックすることにしたんだ」

「言い方が最低なのです」


 俺が言うのもなんですが。

 デリカシー以前の問題なのです。


「今の発言にはイエロー出しときましょう。やってしまいなさい、教授」

「そういう人には、ちょんまげの刑なの」

「やめろ藍川! エビフライを頭に乗せようとすんな!」


 慌てて避ける立花君。

 ひそひそ声ですし。

 そばには俺たちしかいないので。

 他の人に聞かれる心配は無いのでしょうけど。


「あの……。この情報、教授に筒抜けではまずいのでは? こんなの女子にバレたら学級裁判ものですよ?」

「大丈夫! 藍川は、俺たちの気持ちを分かってくれるやつだ!」

「誰にも言わねえよな?」

「もちろんお口チャックなの」


 そう言いながら。

 口にファスナーを引く仕草をした教授ですが。


 そんな君の頭に咲くお花。

 雄弁という花言葉なのですけどご存知?


「とにかく、そのうちメール出すから」

「メッセージじゃねえから見落としがちだろ?」

「見落とされたらまずいことになるから、直で話しに来たんだ」

「いや、誰も参加するとは……」


 こういうの。

 まざりたくないのですけれど。

 全部の罪を擦り付けられる気がするのですよね。


 だから、断ろうとしたのですが……。


「応援しろよ!」

「手を貸せよ!」

「まかしとくの」

「こら! なんで教授が勝手に参加表明してますか!」

「なんだよ道久。お前は協力しない気か?」

「協力するのはやぶさかではないのですが、それと人気投票との繋がりが分からないのです」


 憮然とする俺に。

 今度は柿崎君が説明してくれるのですが。


「競争倍率の問題だ」

「……は?」

「だから、文化祭の間は競合が起きるだろ?」

「そこで俺たちは万全を期すため、人気上位を外して攻めることにしたんだ」

「なんとまあ」


 呆れた行動力。

 それを正しい方向へ向ければ。

 彼女くらいできると思うのです。


 ため息をつく俺の前に。

 今度は、小さなメモ用紙が置かれます。


「……とりあえず、今のところの投票用紙だ」

「見終わったら、燃やしておくように」

「そんな危険なもの受け取りませんよ。見たら返します。……おや?」


 そこに書かれた女子のお名前。

 出席番号順のようですが。


 いくらなんでも足りませんよ?


「どういう事です? 渡さんもいませんし……、向井さんもいない」

「バカだなお前は」

「クラスに彼氏がいるやつの名前書いてどうする」

「当然の配慮だ」


 なるほど。

 それは確かに。


 ……あれ?


「……あたしもいないの」

「ですよね」


 一番上。

 宇佐美さんなのですけど。


「だから言ったじゃねえか」

「クラスに相手がいるやつは書いてねえって」


 そう言いながら。

 三人揃って俺をじっと見るのですけれど。


「いやいやいや」


 もちろん俺は、いつものように。

 全力否定。


 でも。


「……こればっかりは、お前の主観を採用するわけにいかねえ」

「世間がどう見るかが重要だ」

「藍川の名前を書いた日にゃ、最低だと叩かれる」

「人気投票という行為とその目的の方が世間様からバキ打ちされると思うのですが……、教授はリストに入っていたいですよね?」

「どっちでもいいの。どうせ、票なんか入らないから」


 そう言いながら。

 さくっとフライをかじる教授は無表情。


「そこまで卑屈になること無いでしょうに」

「だって、このクラス、平均値がずば抜けてるの」


 うーむ。

 言われてみれば、確かに。

 美人さんばっかりですよね。


 いくら教授が人気があると言っても。

 こういう人気とは質が違うのです。


「まあ、いいでしょう。さて、どなたにマルを付けましょう」

「待て待て。投票方法は追って指示を出す」

「まあ、お前さんの場合、リストに無いヤツの名前書きそうだけどな」


 やべっち君の声に合わせて。

 みんな揃って穂咲の顔を見ていますが。


「……リストに無くてもいいのです?」

「無効票になるけどな、集計する理由的に」

「でしたら、書くのは一人なのです」

「だろ?」

「まあ、お前さんは当然……」

「ええ。晴花さんですね」

「「「だれ!?」」」


 だって、そりゃそうなのです。

 あんなに素敵な人。

 そうそういやしません。


「そうだ、晴花さんで思い出した。教授が前に陶芸で作った花瓶、あれを貸して欲しいのですけど」

「いやなの。晴花さんに借りればいいの」


 あれ?

 何をプンスコしているのです?


「持ってないでしょうに晴花さん。貸してくださいよ、必要なのです」

「いやなの」

「そこを曲げて」


 ぷくうと膨れた教授は。

 ながーいながーいため息をつくと。


「……そんなに言うなら、まげるの」

「良かった。来週までに貸してくれれば……? おいこら」


 どういうわけか。

 頭にエビフライを乗せてきたのですが。


「これはなんの真似でしょう?」

「まげてみたの」

「なるほど。…………ここで質問なのですが、俺、教授を怒らせるようなこと言いました?」

「さあ? 別にあたしは怒ってないの」


 いやいや。

 そんな風船みたいに膨れた顔で言われましても。


 さて。

 どこで怒らせたのでしょう?


 えびちゃんのせいで。

 首をひねることもできない俺に。


 男子トリオが呆れ顔を浮かべながら。

 揃って言いました。


「「「とりあえず、立ってろ」」」


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