ユキハナソウのせい


 ~ 八月二十六日(月) 15センチ ~


  ユキハナソウの花言葉 協力を得る



 好きなのか嫌いなのか。

 いつからだろう。

 俺は、考えるのをやめた。


 そんな言葉の意味合いも。

 日を追うにつれ変化して。


 今では、何となく。

 嫌い寄りの好きで。

 他人よりの家族。


 そんな距離で歩くことが。

 自然になっている幼馴染。


 今日も隣で、ぼけっとする少女。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をお団子にして。

 そこに、白い線香花火のようなユキハナソウをわんさかと植えて。


 目の前に立つ、委員長。

 みんなのお母さんこと。

 神尾さんへ話しかけているのです。


「今年は平気? 毎年この時期、胃を痛そうにしてるから心配なの」

「あはは……。今年は、いつもみたいにならないと思うから平気よ?」


 いつもみたいにならない。

 そう、神尾さんが言うのは。


 いつもみたいにクラスが荒れない。

 という意味ではなく。


 首からぶら下げた毛糸の先に。

 胃薬の瓶がくくりつけてあるせいですよね?


 そして早速。

 彼女は薬の蓋を外して錠剤を手に転がすと。


 穂咲が手渡したお水で。

 喉に流し込んだのでした。



「夏休み前に言ってたでしょ!? 校庭に穴なんか掘れないわよ!」

「執事喫茶なんて、六本木が休憩に入ったらお客がみんな帰るわよ!」

「また劇やるのだけは勘弁して! おばあちゃんが去年の見て腰抜かしちゃったんだからね?」

「だからって、なんで焼きそば屋台なのよ! 最後の文化祭なのに!」



 ……気のせいでしょうか。


 夏休み明け恒例。

 始業式後のホームルーム。


 女子ばかりが発言して。

 男子は、鳴りを潜めているような気がします。


 まあ、そんな男女比などどうでも良くて。

 今年は例年以上に荒れているのです。


「……最後の文化祭ですからね。みんな、やりたい事を曲げませんね」

「そう? ちっと違うの」

「あはは……。そうね……」


 ん?

 何が違うのでしょう?


 俺が首をひねると。

 穂咲が珍しく苦笑いなど浮かべて教えてくれました。


「あのね? みんながやりたいことを言えば、折衷案が作れるでしょ?」

「はい」

「でも、さっきからみんな、相手の意見の悪口を言ってるだけなの」


 なるほど。

 言われてみれば。


「あはは……。これじゃ、代替案が出せない……」


 そう呟いた委員長は。

 胃の辺りをさすって。

 俺に力なく笑いかけるのでした。



 ……しかし、この二人には。

 折衷案を作るための会議というものが見えていたわけで。


 いいんちょはともかく。


「穂咲は、よくそこに気付きましたね」


 何気なく訊ねると。


「だって、みんな辛そうなの。早く終わって欲しいって思ってるの。そしたら、みんなのあいだっこ取るしかないの」


 穂咲らしい。

 思いやりに満ちた答えが返ってきました。



 ……でも、きっと。

 簡単には終わりません。


 だって、出し物の内容ばかりでなく。

 もう一つの難題があるので。


「大学受験組のことも考えてよ! 大規模なのは無理!」

「酷い! 専門学校行くからって、勉強してないとでも思ってるの!?」


 ……そう。


 例年との大きな違い。

 進学、就職を控えたみんなにとって。

 今、この時間すら惜しいというのに。


 何となく振り返って。

 大学進学を狙っている皆さんの顔色をうかがうと。


 半数は憮然としていて。

 残りの半数は、この騒ぎを無視して参考書を広げているのです。


 いやはや。

 なんとか解決策は無いのでしょうか?


 俺の、そんな想いを汲んでくれたのか。

 それとも自分の都合なのか。


 穂咲はすくっと立ち上がってみんなの方を向くと。

 ずばっと指針になるようなことを言い始めました。


「主人公とヒロインは決まってるわけだから、方向性は劇で良いと思うの」


 ふむ、一理ある。


 みんなから愛される穂咲が言うだけで。

 何となく、納得の雰囲気でクラスが満たされます。


 ……ただ。

 余計なことを付け足すのがこいつの悪いとこ。


「道久君、主人公なの。もしもメイド喫茶になったら、お客様から、お帰り下さいませお嬢様って言われちゃうの」

「酷いのです」


 思わず反撃しましたが。

 落ち着いて考えてみたらその通り。


「……道久君、女装に自信あったの?」

「そうなっちゃいますよね。つい、いらんところに突っ込んでしまいました」

「ほんとのとこは?」

「無いですって。ちょっと突っ込みが暴発しただけですって」


 にやにやと。

 楽しそうに上げ足を取る穂咲に。

 どうにか反撃しないと。


「……そんなこと言ったら、執事喫茶になった方がもっと大変なのです」

「なんで?」

「ヒロインの君が執事なんてやったら、お客様に羊喫茶と呼ばれてしまうから」

「ん? どゆこと?」

「まるまるふかふかなので」


 そんな反撃に。

 穂咲は羊の毛皮のように丸く膨らんだのですが。


 俺は、せっかく落ち着いた皆さんに。

 再び燃料を投下してしまったのでした。


「酷い!」

「最低!」

「まるで秋山!」

「デリカシーゼロ!」

「セクハラ!」

「お待ちください。今、意外な単語が悪い意味の形容詞として用いられていたことが少なからず俺を動揺させているのですが」


 そんな抗議も。

 女子一同の罵声によって掻き消され。


 俺は新学期初日から。

 安全地帯へと逃げ込むことになりました。



「…………ここ、天国なのです」



 ああ。

 遥さんの気持ち。


 わかるわあ。

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