第10話 罠でワナワナ


 「ちぇーーっ……いちごみるくが腐っちゃうなんて勿体ない事をしたなーー」


 思いきり棒読みといったセリフを発しながら封を切った紙パックの中身を街道の地面に垂らすみかん……そのまま路肩に移動し液体で線を引く。


 「うへぇ……凄い匂い……」


 思わずリバースしてしまいそうな物凄い悪臭……林檎は鼻をつまみ顔をしかめる。


「いいですよみかんさん、ここまで繋いでください」


「オッケーー!!」


 レモンの指示通り液体を垂らしたその先にはチーズ菓子カーリーが数個置かれた上を覆うように籠が逆さに配置され、片側を持ち上げるように紐が結ばれた木の枝が挟んであった。


「レモン、これは罠……でいいんだよな?」


「はい、見ての通りそうですよ、ネズミさんは腐った乳が大好きですから……ただあの有名な猫とネズミが仲良く喧嘩するアニメみたいにネズミはそれほどチーズは好きではないそうなんですが」


「わたし知ってる!! 『トマスとジュエリー』だよね!!」


 みかんがウインクしながら舌を出し右手の親指を立て、

 レモンは頷き穏やかにほほ笑み返す。


「大方あのネズミを捕まえようっていうんだろうけど、こんなんで大丈夫なのか?

 複数の監視役がアタイたちを見張ってるって言ったのはお前じゃないか、この仕掛けをしている所はきっと見られてるぜ?」


「そうでしょうね」


「なら何故わざわざこんな事を?」


 怪しく光る赤い石で猫たちを子猫に戻す程の知恵を持つネズミたちだ、こんな見え透いた罠に奴らが掛かるとは林檎には到底思えなかった。


「林檎さん、いま……そう言いましたよね?」


「ああ、そうだ……それがどうかしたか?」


「例えばお楽しみ会の準備をクラスメイト複数人でやったとします……部屋の飾りつけやお菓子の買い出しなどですね、そんな時何が起きますか?」


「随分と唐突な質問だな……え~~と、一生懸命仕事する奴とサボる奴が出る……?」


「そうですね、ある程度の集団が事を成そうとすると積極的に参加している人に任せて手を抜くか、まったく関わらないか……『集団的手抜き』って言うらしいんですが、必ず仕事に全力を出さない人が出るわけです、人数が多ければ多い程その傾向が強く表れるそうですよ」


「うん? それは結局何が言いたいんだ?」


 林檎は首を傾げる。


「要するに真面目な人と不真面目な人が出るわけですね……だから私はその不真面目さんを狙っている訳です、そう……職務を忘れて食欲に現を抜かす困ったちゃんを……」


「成程ね、だけどそう上手くいくかね……」


「失敗したらしたで次の手を考えます」


 レモンの考えを聞いてもイマイチ釈然としない林檎ににこりとほほ笑む。


「お前変わったな」


「そうですか?」


 そう言われて目を丸くしきょとんとするレモン。

 どうやら本人に自覚は無い様だ。


「はぁ……分かったよ、取り合えずやってみよう」


「はい、ありがとうございます」


 罠を発動させないように慎重に紐の先を持って道の脇の茂みに隠れる三人。




 一時間後……。


「やっぱり来ないか……きっとあいつらアタイたちの事をどこかであざ笑ってるぜ」


 茂みの中で林檎がぼやく。


「……ごめんなさい、こんなことに突き合わせてしまって」


「あっいや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ、ゴメン……」


 落ち込むレモンに慌てて謝る。

 一時間もじっと待っていたのだ、林檎だって愚痴りたくもなる。


「あっ、二人とも見て……何かが近付いて来るよ」


「あれは……」


 みかんの声に一同は道端に注視しする……ぐるぐる巻きの布を纏った小さい存在が道に現れた……外見的特徴は城で見たネズミに似ているが布の色が赤み掛かった茶色をしており、どうやら別の個体の様だ。


「やっと来たか、待ちかねたよ」


 固唾を飲んでその様子を注視する。

 赤茶の存在はいちごみるくの線に顔を近づけ頻りに匂いを嗅いでいる……そして少しづつ罠の方へと移動していった。


 「よし、もうちょい……そうだもっと近づけ」


 作戦に否定的だった割りには一番エキサイトして居るのは林檎であった。

 夢中になって動向を見守る。

 遂に赤茶の存在は籠の所まで到達した。

 そして頭を覆っていた布切れを顔の部分だけを自らの手で剥ぐった。

 現れたのは尖った鼻先と無数の髭……頭からは丸くて大きい耳もぴょこんと飛び出した。

 まごう事無きネズミである。


「何だかよい匂いがして来てみたが、これは食べ物で間違いないでござるかな?」


(あれのどこがよい匂いなんだ?)

(え~~~?)

(理解に苦しみますね……)

 

 三者三葉、心の中でつぶやく。

 そのネズミは初めて見る未知の物体に警戒しながらも好奇心と食欲には勝てないようで、とうとうカーリーを手に取ってしまっていた。

 小さなネズミが持つとカーリーは抱える程の大きさになる。


「皆はよせと言っていたがこの魅惑の香りには勝てぬ……ええい、儘よ」


 意を決してネズミがカーリーにかぶり付く、サクサクと小気味良い音を立てあっという間に一個を食べきってしまった。


「うむ、何という美味!! これは病みつきになる美味さであるな!!」


 更にもう一個に手を伸ばし、これも瞬く間に食べてしまった。

 この調子だと残りもあっという間になくなってしまうだろう。


「はっ……!! うっかりしていました、あまりに美味しそうに食べるのでつい見守ってしまいました……みかんさんお願いします!!」


 レモンは庭のバードテーブルに来る野鳥の観賞会の感覚に陥っていた自分を戒める……ネズミが嬉しそうにしている所いささか気が引けるが目的のため心を鬼にしなければならないのだ。


「ほい来た!!」


 みかんが紐を思いきり引っ張る……すると籠を支えていた木の枝が外れ、ネズミを閉じ込めてしまった。


「ぬあっ!? これはどうした事だ!? 急に辺りが真っ暗に!?」


(アホだな……)

(アホだね……)

(あーーー……)


 ネズミはあのあからさまな罠の仕掛けに気づいていなかった様子、この個体についてはそこまで知能が高くない様だ。

 激しく揺れる籠、中で暴れていることだろう……ネズミが籠から脱出する前に三人は素早く籠に近づく。

 そしてレモンが揺れる籠を抑え込んだ。


「うおっ!? 囲いが急に重く……!!」


 ネズミのパニックはピークに達し、さらに激しく籠を揺さぶる。

 非力なレモンにはそう長く抑えていられない。


「林檎さん!! みかんさん!! 私が籠をそちらへ傾けます!! 出て来た所を取り押さえてください!!」


「おう!!」


「任せて!!」


 二人はあらかじめ自作、持参していた虫取り網を構える。


「それっ!!」


 レモンが籠を二人の方へと傾けると、勢いよくネズミが飛び出した。


「えいっ!! あれっ!?」


 林檎の虫取り網が空を切るがネズミを逃してしまった、その際大きくバランスを崩し地面に尻もちを付いてしまった。

 飛び出る方向が分かっていても小さく素早い捕獲対象を捕まえるのはそう簡単な事ではなかった。


「ぬわっ!? まさかこれはJKどもの罠でござったか!?」


 気づくのが遅い。

 しかしこのままでは逃げられる……そうなればこれまでの苦労は水の泡だ。


「はいっ!!」


 鞭のように持ち手の棒をしならせみかんの虫取り網が地面に叩きつけられる。

 その中には見事にネズミが捉えられたいた。


「みかんさんナイス!!」


「やるなみかん!!」


 網の上を握りネズミを逃げられない様にしているみかんにレモンと林檎が近付く。


「へへ~~~ん!! どんなもんですか!!」


 網を高く掲げ得意げなみかん……周りには星がきらめいている。


「不覚……監視対象であるJKどもに逆に捕まってしまうとは……とほほ」


「とほほなんて実際に聞いたのは初めてだな、ネズ公」


 林檎が網の中のネズミに話しかける。


「ネズ公ではない!! 拙者にはチュウ左衛門という親から頂いた立派な名前がある!!」


「チュウ左衛門ね……名前を自白してくれてありがとう」


「はーーーっ!! しまったーーーっ!!」


 ニヤニヤ顔の林檎を見て頭を抱えるチュウ左衛門。


「貴様らこの拙者を捕まえたところでいい気になるなよ?

 他にも拙者の仲間たちがお前らを見張っているのだからなぁ!!」

 

「やっぱり他にも仲間が居たんだね、チュウさん聞いてもいないのに次々情報を話しちゃって面白ーーーい!!」


「うがぁっ!! いっそ殺せーーー!!」


 みかんにまでからかわれる始末……このチュウ左衛門というネズミ、相当迂闊な性格をしていると見える。


「ごめんなさいね手荒なことして……チュウ左衛門さん、少し私達とお話ししませんか?」


 レモンが優しくチュウ左衛門に話しかける。


「ぬう……」


 しかしチュウ左衛門は穏やかなレモンに逆に只ならぬ雰囲気を感じ取っていたのだった。


 果たしてJKたちはこのチュウ左衛門から情報を引き出せるのだろうか?

 いやもうすでに順調に取り調べが進んでいなくもないが……。

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