第8話 名探偵レモンの事件簿
「うぇ~~~湿っぽくてカビ臭い~~~」
「ちょっとくらい我慢しろ」
薄暗い石造りの階段を奥へ奥へと降りていく。
JKたち三人はミルク女王の引率でホワイトキャット女王国の地下にある牢獄に来ていた。
ここには両国に無用の戦争行為を行わせた罪で拘束されたブルースとリチャードが投獄されているのだ。
「わざわざ女王自ら付き添って頂けるなんて、ありがとうございます」
「いいのですよレモンさん、これくらい我が国のみならずシャノワール王国まで救って頂いたご恩に比べれば些細なことです」
ミルク女王は涼やかにほほ笑む。
「あれ? 何で黒猫さんも一緒にいるの?」
みかんの疑問も尤もだ、終戦したからといって、別の国の王がこんな牢獄に来るなど普通考えられないからだ。
「JKの方々が彼の者らから何を聞き出そうというのか気になるからニャ、同行させてもらうニャ」
JKたちの疑問の眼差しをさほど気にする様子もなく、澄まし顔で石の廊下を歩くシャノワール。
「あの、気になっていたんですが、何故罪人であるとはいえシャノワール王国の国民であるリチャードさんがホワイトキャット女王国の牢に入れられているのですか?」
「それは………」
少し話しづらそうなミルク女王、そこにシャノワール王が割り込んできた。
「我が国の建造物はこちらの国ほど堅牢ではないのニャ、
特に我が国は犯罪を犯す者が極端に少ないのでまともな牢獄すら無い有様でニャ………それでリチャードの拘留をこちらにお願いしたという訳ニャ」
「あ~~~なるほど、ミルクちゃんは黒猫さんに気を使ったんだね!! って痛い!!」
みかんの額に林檎の平手打ちが炸裂する。
「こら!! 折角ミルク女王が口を濁していたのに、言っちゃったらだめだろう!!」
「林檎ちゃんはまた叩く~~~!!」
「お前が空気を読まないからだ」
湯気の立つおでこを抑えながら意義を申し立てたみかんであったが、林檎には相手にしてもらえなかった。
「もうすぐ着きます」
開けた広めの廊下に出た、その両側の壁はすべて鉄格子で仕切られており、ずっと奥までそれが続いていた。
そこからもう少しだけ移動し、たどり着いた牢獄の鉄格子の奥をのぞき込むと、粗末なベッドの上にリチャードが………打ちっぱなしのコンクリートのような床にはブルースが寝転がっていた。
「おやおや、皆様お揃いで………こんな汚らしいところに何の用ですかにゃ?」
嫌味たっぷりに声をかけてきたリチャード、その右目にはアイパッチが付けられている。
それこそは彼らが悪事が暴かれレモンに襲い掛かろうとした時に、それを阻止すべく割って入ったシャノワール王の爪によって付けられた傷を隠しているものだ。
「まだ傷が痛みましてね、時々疼くんですにゃ」
「それは自業自得というものニャ、その程度で済んだことをありがたく思うニャ」
にらみ合うリチャードとシャノワール、だがこんな事をしにここへ来たわけではない、さっそくレモンが牢の中の二人に質問をぶつけた。
「取り込み中の所すみません、お二人にお聞きしたい事があってきました」
彼女の一声でにらみ合っていた二人は離れていく。
「何だ? 俺たちは容疑を完全に認めている、これ以上追及が必要かい?
あとはあんたたちが俺たちをどう裁こうが文句は言わねぇよ」
不機嫌そうにブルースが答える、前に対面した時の人の好さそうな雰囲気は影を潜め、やさぐれた感じの印象を受ける。
レモンには先の事件において腑に落ちない事柄がいくつかあった。
それを問いただすため、実行犯であるリチャードとブルースとの面会を申し入れたのだ。
「今回の事件、あなた方だけの意思で実行した訳ではないですよね?」
「………」
レモンの質問に急に押し黙る二人、言葉を発しなくてもレモンの指摘を肯定している事を示すには充分であった。
「リチャー、私たちと初めて会った時のことを覚えていらっしゃいますか?」
「………」
「みかんさんから聞きました、あなたはみかんさんにシャノワール、ホワイトキャット両国の戦争を止めてほしいと………あなた方の目的が戦争行為の継続ならば普通、みかんさんにそんな風に話を持ち掛けませんよね………ならばどうしてそんな話をしたんですか?」
「………」
尚も二人は黙ったままだ。
「ならば私が言って差し上げましょう、あなた方は誰かの指示で動いているからです、それが誰かは皆目見当もつきませんが、あなた方はその誰かの指示で私たちをこの戦争に巻き込む必要があったから………」
「それは本当なのか、レモン?」
林檎も心中穏やかではなかった、折角三人で苦労して解決した事件がまだ終わっていなかったと知ってしまっては。
「多分に私の推測が入っていますが、お二人の顔を見る限り、大方は当たっているようですね」
見る見る猫の二人の顔色が変わる、猫の顔は毛に覆われているから顔色なんかと思うかもしれないが、明らかに目が泳ぎ動揺しているのが手に取るようにわかる。
「ただその誰かの動機が分からない………その人物は戦争を継続させることが目的なのに、わざわざ自分でこの世界に呼び寄せた私たちにそれを終息させるなんて矛盾してます」
「おい、ちょっと待て!! 今なんて言った!? その誰だか分からない野郎にアタイたちはこの世界へ呼び寄せられたってのか!?」
「少なくとも私はそう考えます………そうでなければあまりにトントン拍子に事が進み過ぎているとは思いませんか?」
「確かに………この世界に来たばかりの私たちにやたらと簡単に接触してきたよなタマゾウの奴………たぶんアタイたちがその場所に現れるのがあらかじめ分かってたってことかい」
「タマゾウではない!!」と横から聞こえているが敢えて無視する。
「え~~~っ!? そんな………あたしたち、タマゾウに弄ばれた!?」
「人聞きの悪いことを言うな!!」
「やっと話す気になってくれましたか? ならばあなたたちを裏で操っていたその人物とその目的………お聞かせ願いませんか? そうでなければこれを使わざるを得ないのですが………」
レモンの手のひらに乗せられているもの、それはマタタビ粉の詰まった巾着袋だった。
「そっ、それは………」
「おい、やめろ!!」
マタタビ粉の効力を知っている二人は狼狽える、このままでは酩酊状態にされた上に自分の意思に反して口を割ってしまうかもしれない、だがその時だった。
牢獄の隅の小さな穴から何かが勢いよく牢獄内に入ってきた。
「うわっ!! まさかお前は!!」
ブルースがこれ以上ないほど恐れ慄いている、恐らくその何かが何の目的でここへ来たのかがわかっているかのように。
穴から出てきた何かはとても小さい生物であった。
二本足で立ち、頭と上半身には紺色の布が巻かれていて顔を見ることはできないが、お尻から延びる胴体とほぼ同じだけの長さの尻尾が、その生物が何かを雄弁に物語っている。
その小動物は懐から真っ赤な宝石のようなものを取り出すと、リチャードたちに向け前に突き出した。
その石は徐々に灯がともるように光り輝き、やがて目を開けていられないほど眩く発光し始めた。
「うわああああっ!! やめろ!! 頼む!! ここから出してくれ~~~!!」
形振り構わず鉄格子にしがみ付いてくる二人、この怯えようはただ事ではない。
「まさかあの赤い石は爆弾かなんかか!? おい、みんな逃げるぞ!!」
「林檎ちゃん待って!! タマゾウたちが!!」
「気の毒だが間に合わん!!」
もしあれが爆発物であった場合は、二国の最重要人物二人がここに居るわけだから大変なことになる。
全員急いでその場から駆け出した。
「みんな伏せて!!」
爆発があった場合、爆風で吹き飛ばされてしまう、レモンの指示通り全員床に腹這いになった。
「あれ!?」
十数秒経ったが、爆風はおろか何も起こらない、あの光は何だったのか。
にゃーーーーー………
「猫の声がする………」
訝しげな表情で聞き耳を立てるみかん。
「ここは猫の国だからな、鳴き声くらい………」
「そうじゃなくて!!」
みかんは勢いよく起き上がり、さっきまでいた牢獄のほうへとは走っていった。
「おい、待て!! まだ危ないぞ!! みかん!!」
「追いかけましょう!! きっとみかんさんは何かを感じ取ったんです!!」
「ったく、しょうがないな!!」
林檎とレモンも後を追う。
二人はすぐにみかんに追いついた、特に危険はないようだが、みかんは茫然と立ち尽くしている。
「何かあったのか?」
林檎の問いかけに無言で指さすみかん、レモンはその指さす方向を見て息を呑んだ。
「これは………」
彼女たちの足元には子猫がいた………それもJKたちが元の世界で慣れ親しんだ普通のサイズの子猫だ。
一匹はブルーグレーの毛が短めの子猫、そしてもう一匹は三毛猫だ、それも右目にアイパッチをした………。
「まさか、この子猫たちがタマゾウ達だっていうのか!?」
にゃーーーと可愛げな鳴き声を上げるタマゾウと思しき三毛猫の子猫。
「それは疑いようもありません………模様も一致しますし、鉄格子も壁も壊れていない時点で彼らが外に出たとは考えにくい」
「なんだってこんなことに………」
「もしやこれは………口封じ?」
「口封じだって?」
「みんなもネズミのような小動物を見ましたよね? ネズミの持ってきた赤い石の光を浴びて二人はこうなってしまったとしたら、あのネズミは二人が都合の悪い情報を私たちに話さないように言葉がしゃべれない状態にしにきた………文字通りの口封じです」
神妙な表情のレモンを目の当たりにし、それ以上何も言えなくなってしまった林檎。
「じゃあさ、レモンちゃんはあのネズミが黒幕だっていうの?」
「その線も無い訳では無いですが、状況的にその黒幕の使いだと思いますけど」
「なるほど~~~」
「お前、本当は理解してないだろう………」
本当の意味で事件を解決するつもりが、逆に謎が深まってしまった。
この事件、想像以上に根が深そうだ。
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