夕立

木魂 歌哉

夕立

 その日部活を終えた私は、学校から駅に向かって歩いている最中さいちゅうであった。同じ部活の友人Nと、偶々出会った友人Mとその時 ともにいたのをおぼえている。にわかに空がくもってきたかと思うと、ポツリポツリと雨が顔に落ちてきた。

 「ややっ、降ってきやがったぞ」

 私がそう云って鬱陶うっとうしそうに傘を開くと、Mが笑って皮肉のようにった。

 「まぁ、普通の傘を持っているのだからいじゃないか」

 その時普通の傘を持っていたのは私だけで、ほか二人は折りたたみ傘であった。Mは傘を開いたが、Nは私の傘のなかに入ってきた。いわく、

 「君の傘大きいから(実際私の傘は父のもので、大人用であったから小柄な私には少し大きすぎるのだった)俺が開く必要はないだろ? かさばるし」

 とのことだった。ところが雨は更に強烈になってゆき、この青年Nも折りたたみ傘を出す羽目はめになったのだった。それどころか更に雨足は強くなり、数分後にはもはや私達は全身ぐしょれの濡れねずみとなれ果てていたのである。

 所謂いわゆる”夕立”であった。

 一応傘はさしたままであったが、ほとんど意味のない行動ではあった。ほとんど直接雨を体に受けていた私達は、その冷たさに叫びつつ、一方頭の中では冷静に如何いかにできるだけ濡れずに駅まで行くのかについて考えていた。しかし残念なことに、何も思いつかなかった。その時には既に足元に道はなく、水が溜まっているのみだったので、結局私達全員の革靴が水に浸かってしまった。

 そのうち叫ぶことに疲れた私達は、台風時のテレビリポータァの真似事まねごとをして遊んでいた(不謹慎だが)。特にMのものまねは秀逸であった(元来彼はこういったことが得意なのである)。

 「えー、こちらスタジオなんですけれども、凄まじい雨の様子が外からも伝わってきます。現場のNリポータァ、そちらの様子はいかがでしょうか」

 「…こちら◯◯県××町のNです!凄まじい勢いの雨と風が体に叩きつけられて、立っていることもままなりません!先程からですね、雷の音が何回も聞こえてきております!視界は殆ど激しい雨で見えません!」

 その時私はることに気づいて、あっ…という声をらした。

 「?どうかしましたか、専門家の木魂こだまさん」

 Mがそう訊いてきた。どうやら一連の真似事の中で私は専門家の地位を獲得したらしい。

 「…Nリポータァ、鼻…」

 私はどうにかそれだけ云うと(私はこのとき、専門家らしい云い方について考えていた)、Nの鼻の下辺りを指さした。そこには何やら赤黒い液体が…

 「げげっ、出てきやがったな」

 残念 ながら”それ”は服にも飛散していた。

 「えー、現場に問題が起きたようなので、中継を中断させていただきます」

 Mはそう云って真似事のリポートを強制的に終わらせると、ふう、とため息をついた。

 「本当のリポートなら放送事故モンだぜ、こりゃ。…大丈夫かい?それ」

 「できればなにかティッシュのようなものをいただけるかな」

 Nが鼻を押さえて云った。偶々たまたまティッシュを持っていた私は、ズボンのポケットからポケットティッシュ…いや、ポケットティッシュ”だったもの”、サムスィング ウェットを取り出した。私は思わず、駄目だめだこりゃ、とつぶやいた。

 「まぁ止血するだけだからそれで善い」

 Nはそう云ってぐしょぐしょになった”それ”を私から受け取り、何枚(?最早もはやそれは枚という数え方で善いのか、という見た目であった)か取って鼻に押し当てた。それでその場は一旦落ち着いた…

 そこから私達はしばらく黙って歩いた。それは決して話のネタがなくなったから、とかではなく雨が更に強くなってきたからであった。しゃべったところでそれは大量の雨の音でかき消され、と云うか喋ることさえ困難であった。口からき出された声は虚空こくうただよってはいたが、友の耳に届くことはなく雨に叩き落とされていた。

 気がついたら駅に到着していた。私達は妖怪濡れ女の如く濡れに濡れていたのであるが、周り行く人々も外の状況は把握はあくしていたのであろうから、特に変な目で見られることもなかった。見る目は大体、あわれなものを見る目であった。

 「N、大丈夫か?」

 私はその時初めて気づいたかのようにいた。

 「ああ、もう止まった。服についたのも流されたみたいでな」

 見ると確かに服にはかすかにピンク色の痕跡こんせきが残るばかりであった。大雨の中の不幸中の幸いである。

 友人と別れ、ホームにようやく着いて(何時いつも歩いているときの二倍ほどの時間がかかった)、私は革靴を片方脱いでみた。予想していたことではあったが、革靴の中にも水たまりができていた。もう水たまりを見るのはうんざりであった私は、ためらいもなくそれをてた。もう一度革靴を履き、水を吸いに吸った靴下がグジュグジュと濡れたスポンジを押し付けたような音を立てるのを感じ乍ら、私は濡れてしまった革靴を如何に乾かすかな、と考え続けていた。

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夕立 木魂 歌哉 @kodama-utaya

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