第3章 エスターシュタット戦争

第69話 前線

 前戦の街 グラデツ――――――


 この街は首都ウィンドボナから124ミレ(200キロメートル)離れた場所にあり、周辺には国内最大級の製鉄所や蒸気エンジンなどの重工業の企業や工場が多く乱立するこの街では敵のバーベンベルクと味方のエステルライヒの軍が睨み合っていた。

 そしてこの数日で戦況は目まぐるしく変わっていた。

 数日前までは戦局は変わらず、この街も前線から遠く離れていたのだ。

 だがバーベンベルク王国軍の士気は現在最高潮で扶桑の逐鹿連隊による敵陣地に対する突貫攻撃で領土を拡大させ、この街まで軍が押し寄せていた。

 一方、ノリクム連邦から名を変えたエステルライヒ帝国軍はバーベンベルク軍とは違い士気が極端に低くなっていた。

 理由は撤退続きの戦いが続いた事である。

 だが、バーベンベルクが内戦を一時休戦するという余裕さに憤りと恐怖で感情が掻き乱れていた。

 それを解決する為にカズトが前線の閲兵式にて演説をするという事である。

 俺はその前線の街に来ているはずなのだが、何故か異様に静かだ。

 砲撃音も爆発音も足音も叫び声も一切無い。

 それどころか街の破壊すら見られない。

 ホントに俺は前線に近づいているのか?そう俺は段々と不安になってきた。


「なあセバス、内戦の前線にホントに近づいているのか?」

「はい、そのはずです。この森を抜けると前線にはもうすぐで着きますよ」


 やっぱりそうなのか………。

 でもそう感じないな、ホントに異常だ。

 

「カズト様、森をもうすぐ抜けるのです!」


 ヴァイスは笑顔でそう言うが、遠足じゃないんだぞ、全く………。

 まあ、あともうちょっとで基地のある丘に着くのか、少し緊張するなぁ………二回目の戦場に向かうんだよな。

 だけど不思議だ、戦場に向かうのに不安がなく、むしろワクワクしているのは何故だろう?

 ………まあ、多分気のせいだろう!そうに違いない!!

 


 同じ頃、前線では兵士は士気を失い、逃亡兵が続出する状況になっていた。

 特に鹿人を中心とした逐鹿連隊の恐ろしさは広まっており、逐鹿連隊の居ない前線でも、突然奇襲されるのではないかという恐怖心で簡単に攻め込むことが出来ない。

 エステルライヒ帝国の陣地では敗北主義の風が強く吹いているのである。


「なあ、さっき上官から聞いた話だけど、ここに皇帝陛下が閲兵式をするって話だぜ。」

 

 一人の兵士が他の兵士に対して近づき、話をし始める。


「まさか、アンナ様かっ!」

「いや、アンナ様は強制的に退位され、弟のカール様とカズト様という男の二人が皇帝になったそうだ」

「カール様って、『聖人』カール様か?

「ああ、だが問題なのはカズト様という男だ。エティショ家や他の貴族でそんな名前を聞いた事無い」

「まあそうだが、まあカール様が認めた御方なら良いんじゃないか?」

「それな!」


 すると通りから馬が現れる。

 近くの住民だと思い、近づこうとした一人の兵士がその馬に跨がっているのが人間だと知ると、前線は一気に慌ただしくなった。


「て、敵だっ!配置につけ!発砲準備をしろッ!!」

「馬の上にヒューマンが跨がっているぞ!後ろに居るのは魔族か?」

「いや、待て!王室にはヒューマンの従者が居たはずだ!まだ撃つなよ、カール様の可能性がある」


 するとその道の角から現れた馬に続いて違う馬が現れる。

 その上に跨がって居たのはダークエルフのカールとは違う誰かが現れた。

 すると一人の兵士が叫んだ。


「に、ニホンジンだぁぁぁあ!」

「敵か!?射撃用意!撃てぇぇぇえ!!」

 

 俺は丘に入ろうとした瞬間、いきなり撃ち始める。

 多分、俺を敵だと勘違いしたのか?

 すると弾が俺の近くの地面に着弾し、乗っていた馬が暴れ始め、馬は後ろ足で立つ。

 俺は馬に乗り慣れていない、というか過去に乗った事が無かったので、馬の背中から滑り落ちその場に落馬する。

 俺は腰から落ちたが、特に弾も当たらず、腰も痛めず、怪我は無かった。

 するとヴァイスはすぐさま馬から降り、俺の所に急いで寄る。

 セバスは冷静にその状況を把握し、馬につけていた国章の『双頭の鷲』のマークが描かれている旗をセバス自身の剣の先に付け、大きくそれを振りながら陣地に叫ぶ。


「発砲を止めろバカどもっ!こちらはカール様と同じ我が国の皇帝陛下のカズト様であるぞ!!」


 その言葉を聞いた将官が急いで兵士達に発砲を停止させる。

 だが発砲を停止はしたが、銃口をこちらには向けていた。


「カズトと言ったが、我々はニホンジンが我々の皇帝だとは認められない!本当に彼は皇帝なのか?」


 俺はその言葉を聞き、すぐさま立ち上がって彼らの前に出てくる。

 それに驚いたのか、将官は近づく俺に対して銃口を差し向ける。


「これ以上近づくな!近づくと撃つぞ!!」

「だからどうした、私が新しい皇帝、カズトであるっ!カール直々の公認だ!知りたいのなら『王宮』や国防省にでも連絡しろっ!!」


 ちょっと皇帝っぽい感じを演じてみたが、やっぱり『私』より『朕』とかの方が良いのかな?

 そんな事より一番の問題はこの空気だ。

 兵士全員の視線が突き刺さる。

 戴冠式の時はその場に居た人々が祝福してくれたが、あの時は俺に対してではなくカールに対してか。

 まあそれも分かっていたけどねっ!

 それにしてもホントに何やったんだ、この世界の日本人はよぉ………。

 

「ふ、ふざけるな!俺達はニホンジンの為に戦ってないぞ!」

「そうだそうだ!!」

「大体こんな戦い、勝てっこないんだ!戦況だって数日前より悪化している!」

「帝都に帰ろう!お前ら、あんなヤツの為に戦うのはもう止めようぜ!!」


 兵士達は俺が新しい皇帝だと知ると彼らは突然不満不平を言い始める。

 するとそこに居た将官は彼らに銃を向ける。


「ふざけるな!逃亡する者はは反逆者としてこの場で射殺する!!」


 俺はその言葉を聞いた途端、何とか彼らを落ち着かせようとその銃を持った将官を制止させる。


「止めろ!彼らは数も多いし、全員武器を持っている、そんな事すれば反乱が起きた場合、狙われるのはお前だぞ!」


 するとその将官はこちらに向かって叫ぶ。


「では一体どうすれば………いや、待てよ。そうだな、その通りだ!」


 すると将官は突然納得し始め、その瞬間いきなりニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「そういえばニホンジンだったな、陛下(・・)?」


 俺は突然の陛下呼びに気持ち悪いと一瞬感じる。


「な、何だ、突然?」

「ニホンジンは何でも出来ると聞いた、記憶ではチートなるものを使えるとか、彼らの士気を上げてみせてくれないでしょうか、陛下?」


 ………はあああああああああああああああああああああ!?

 無茶苦茶だ!!

 日本人が全員、饒舌じゃないし、それに演説自体チートでは無いだろ!?

 まったくこの将官、マジで後で覚えておけよ………。

 だが士気向上の為にここに向かったんだ……むしろ早めの本番だと思えば良い!

 俺はそう思いながらゆっくりと兵士達の前に立つ。


「ヒューマンの所に帰れ!」

「そうだ!帰れ帰れ!!」

「「「か・え・れ!か・え・れ!か・え・れ!」」」


 兵士達は俺に対して銃口を向け、そして好き勝手に『帰れコール』を始め、強く罵る。

 そして俺は深く息を吸い込み、俺は大声で演説を始める。

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