第11話 皇女の優しさ
レナが見ている先には一人の金髪金眼のエルフ軍人が拳銃を構えている。
「おい貴様、我が国の皇女殿下に対して、先程卑猥な事をしていたのではないか?」
こいつ、『皇女殿下』って言ったということはゲルマニアの兵士か。
というより、ヴァイスに『皇女』ってバレたのは確実だな。
だが、そんなことはどうでもいい。
銃弾もわざと外したか。
だが、わざと外しても凄い精度である。
何故ならレナの近くで発砲するのは相当腕に自信が無ければ出来ない。
するとその軍人の声を聞いたのか、レナが反応する。
「その声はフレイヤ?あなたフレイヤじゃないの!?」
レナがそう叫ぶと、フレイヤという名の彼は先程の表情と違って笑顔になり、彼女に近づき抱擁(ハグ)をする。
俺はそれを見て何故か心がモヤッとした。
初めて感じた感情だ。
いや、まあ、知り合いに再開するのは良いが、羨ましい位の顔立ちが整ったイケメンにレナが抱きつくのはなんか納得いかない。
でも待てよ、欧米ならハグは挨拶の一種だし、この世界もそういう文化があるなら問題無いじゃないか?
すると、彼は抱擁(ハグ)を終わらせると、地面に跪く。
「ヴィルヘルミナ様!ご尊顔を拝し、恐悦に存じます。」
「フフッ、あなた固くなりすぎよ。私達友達みたいなものでしょ?」
「そうですけど、一応挨拶として………。」
レナは微笑んでいた。
多分、彼女の知り合いに出会えてホッと安堵しているのだろう。
だが、俺の心のモヤモヤが止まることは無かった。
「それはそうと、ヴィルヘルミナ様、大丈夫ですか?あの悪名高いニホンジンだから酷い事をされませんでしたか?」
レナと俺はまたドキッとする。
フレイヤに俺が日本人とバラすのか、それとも隠してくれるのか、レナは考え、俺を日本人だと教えた。
「か、彼がニホンジンだとしても、彼は無害よ、無害!」
「ですが何故、先程ヴィルヘルミナ様の胸の所に彼の顔が乗っていたのですか?」
兵士の彼がそう言うと、レナはすかさず返答する。
「あ、あれは事故なのよ!角人族の子が彼に突っ込んで、私の方に倒れただけだから気にしなくていいの、分かった?」
「角人族って呼ばないで下さい、私にはヴァイスって名前がありますっ!」
ヴァイスは角人族と呼ばれるのが嫌なのか怒りをあらわにするが、
彼がヴァイスを睨むと、その顔を見るや否や、ヴァイスは「ヒッ!」と声を出し、顔が段々と青くなる。
彼女はすぐさま俺の後ろに隠れた、それを見た彼は突然あたふたする。
「あっ、怖がらせるつもりなど無かったのだが、まあ良い。おいニホンジン!」
「は、はい!」
彼は落ち着き、また俺に睨みつける。
彼の嚇しはまるで大きな怪物に睨まれるような感じで、俺は恐怖で身震いする。
ラノベや漫画で見たエルフの性格は戦いを嫌う平和主義で穏やかな性格のはず………。
………ん?レナも穏やかではないのでは?
いやいや、考えたら彼と比べれば穏やかだろう。
「貴様はここで始末したいのだが、残念ながらオレは今から重要な会議があってね。生かしておいてやる。というより、ここはゲルマニア本国ではないからな。」
そう言って彼は銃口を下に向ける。
…………助かった。
焦った、理不尽な理由で殺されると思ったから、心臓の動悸が激しくて息苦しかった。
というより、レナと親しくしていたり、重要な会議、多分講和会議の席に出る位なら、彼は軍人の中でも相当階級の高い人なのだろう。
すると、軍服を来たエルフの彼は言葉を続ける。
「それとヴィルヘルミナ様を連れていくからなニホンジン、貴様の様な下衆なヤツとは一緒にはできないからな。」
そう彼が俺に向かって罵倒する。
俺のモヤモヤは限界に達しようとしている。
するとレナは彼の言葉を聞き、彼に叱責する。
「フレイヤ、今の言葉はカズトに失礼よ。訂正しなさい。」
軍服の彼はレナにキョトンとする。
「カズトって彼の事ですか?殿下、彼は名前からしてニホンジン、貴女に対して彼が何を仕手(しで)かすかわかりませんよ。だから自分は守ろうと………。」
するとレナはため息を吐き、弁明する。
「たった一日だけですが、私は彼と戦場で出逢い、そしてそこで過ごした時は何も酷い事をされていないわ。暴力も卑猥なことも。」
レナが真顔で怒っていた。
俺は初めて見た、彼女がマトモに怒るところを。
「それどころか、ホラ。」
そう言いながらレナは帽子を外し、彼に包帯が巻かれている頭と左腕を見せる。
「私の怪我まで治してくれたのよ。彼が敵国の兵士とは思えない行為だと私は思う。フレイヤ、アナタが私を護る為だからと言って、カズトには簡単に貶す(けなす)言葉を言わないで欲しい。」
すると、俺の心にあったモヤモヤが鎮まっていく。
俺の記憶の中で過去に何度も悪口言われたことがあるが、今までここまでモヤモヤしたことはない。
「それに彼をゲルマニアに連れていく事を決めるのは私の権利よ。」
え、俺はゲルマニアに行くのか?
俺の同意なしで?
まあ、ゲルマニアまで連れていくとは考えたが、
軍服の彼がいるから行く必要ないかなと思ってたけど、彼女の願いなら行ってみようかな。
レナは自分の事を嫌っていないし、大丈夫だよな?
軍服を着ている彼は黙っていたが、口を再び開き話す。
「………ヴィルヘルミナ様が彼を認めるならば、俺は文句ありません。ですが、いくら皇女殿下だからといって、彼を我が帝国に連れていく前に外務大臣に同意を求めて下さい。」
「外務大臣って、ヘルマンさん?アナタの乗っている馬車にいるの?」
「いいえ、俺のではなく違う馬車で入国しています。多分先に目的地に着いているかと。」
「じゃあ、新聞に載っていた会議に行けばいいのね?」
軍服の彼は軽く頷く。
「はい、彼に同意無くして彼の入国は許されません。というより、在留のニホンジン以外でのニホンジン入国は異例だと思いますが…………。」
「それでも私はやるわ、何せ私は次期ゲルマニアの女帝よ。ここで引き下がったら、国を指揮し、引っ張っていくのは無理。そうでしょう?」
「そうですか………承知いたしました。」
そう軍服の彼が言い、こちらを向いて近づいてくる。
そして目の前に直立不動で止まり、帽子を取り、お辞儀をする。
「ニホンジン、先程の発言は訂正する、済まない。」
そう彼は言い、頭を上げて俺を見つめる。
「自己紹介をしよう、自分はフレイヤと言い、仕事上は陸軍大臣であり、階級は陸軍元帥及び上級大将だ、よろしく。」
「俺は炬紫一翔(こむらさきかずと)です、カズトと呼んでください、よろしく。」
お互い自己紹介をすると、フレイヤは左手を差し伸べ、握手を求める。
握手をしようと俺も左手を差し伸べると、フレイヤは俺の左手を引っ張り、肩にぶつかって俺の耳元にフレイヤは顔を近づける。
するとフレイヤは小声で呟く。
「オレはまだお前を認めてないからな、ニホンジン。だが、殿下の前では貴様の名前を仕方なく呼んでやる、有り難く思え。」
そう言うと、フレイヤはまた顔を見てニッコリと笑う。
そして振り向き、レナの方へと向かって歩いていった。
「はい、謝りましたよ殿下。さあ、早く用意している馬車へと向かいましょう!カズトさんとヴァイスさんも一緒に。」
「え、ええ………。」
レナはフレイヤに返事をするが、どこかを困惑している様に見える。
俺はフレイヤが離れていくと段々と力が抜けそうになる。
この世界では本当に日本人が嫌われているのを俺は再認識した。
なんか、この世界で特に何もしてないのに凄く疲れたよ。
「早くしないと置いていきますよ!カズトさん、ヴァイスさん。」
フレイヤは優しそうな笑顔をしているが、内心は恐ろしい事を考えているだろうな。
ヴァイスも何故か怖がって俺の後ろにいるし。
「どうしたヴァイス、フレイヤに対して凄く怯えているがなにか感じたのか?」
するとヴァイスは俺の服を強く掴み、話し出す。
「私、あの人が本能的に危険な人に感じるのです。」
「本能的に危険って、どうフレイヤは危険なんだ?」
「あ、あの人は、その、変態な人なんだと思うんです………。」
変態、変態か………。
………変態だと!?
それが本当ならレナは危険じゃないか?
………いや、一国の大臣、まして軍人で自国の皇女にそんな事は大丈夫じゃないのか?
「オイ、本当にお前らを置いていくぞ!」
俺の考えを遮る様にフレイヤは怒鳴る。
俺ははっきりと聞こえるように返事をする。
「ハーイ!今行きまーす!!」
返事をした後、俺はヴァイスと一緒に手を繋いで行くことを決める。
「ほら、急がないと、手握って行くぞ。」
「え、それは………ええー!?」
ヴァイスは驚き、赤くなり照れ始めたが、今は急がないといけない。
恥ずかしがるヴァイスの右手を握りしめ、急いで走る。
「カズト様の手、手をつな、繋いでいるっ!」
「そんな恥ずかしがる事か?さっきなんか俺の腕を組んでぴったりとくっついていたのに。」
「そ、それは私がカズト様の腕を組む前に、私はこ、心の準備をしていたから、まさか、カズト様からしてくれるなんて思わなかったので。」
ヴァイスは感激して、突然涙を流し出す。
俺は突然泣き出したヴァイスを心配するが、次のヴァイスの発言で心配が吹き飛ぶ。
「嗚呼、コレがファースト手繋ぎですね!キャー!!もう二度とこの手を洗いません、絶っ対に洗いません。」
俺はヴァイスにドン引きする。
女性が現実でこんな事を言うのを初めて見た。
その言動に俺はショックで何も考えられなくて、普通に答えてしまう。
「いや、それは止めようよ………。」
「………冗談ですよ。」
ヴァイスはニコニコする。
そういえば走って気づいたが、女の子の手はなんて小さいのだろうか、細く、強く握りしめると壊れそうな感じがする。そんな手だ。
そして懐かしく感じるのは何故だろうか?
………気のせいかな?
そんな事を考えている内に大層立派な馬車が停まった所に着く。
俺はヴァイスの手をそこで離す。
ヴァイスは残念そうな顔をする。
「もう終わりですか?もう少しカズト様の手の温もりに触れたかったのに………。」
「仕方ないだろ、レナとお前は何故か悪い関係だし。何で睨み合う必要があるんだよ?」
「………まさか、気づいてないのですか?」
「何が?」
「………カズト様はホントに鈍感ですね。」
ヴァイスは目をジト目にし、俺を見る。
俺か?今のは俺に責任があるのか?
俺は話を反らそうとする。
「は、早く乗ろうか、ヴァイス。」
「ええ、そうですね………。」
ヴァイスは残念そうな顔をし、ため息を吐く。
ホントは自分がため息を吐きたかったが、そんな事はどうでもいい。
今からその重要な、この世界の歴史に残るような場所に立ち向かえる事に楽しみで楽しみで仕方がないからだ。
だけど、本当に話がうますぎる。
戦場で大国の皇女に出逢い、難を逃れ、違う国に逃げたらこの世界の運命を変えるような重要な会議に行くことができる。
異常だ。
恐怖すら感じる。
何か変な事が起きなければ良いが………。
俺はそう思いながら、ヴァイスと一緒に馬車に乗り込んだ。
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