第25話 混戦と決意
■9月17日 15時25分
作戦通りだった。
アマツは、蹴りによる攻撃に自信を持っている。
相性的にも短期決戦を望み、何度も蹴りを繰り出してくるだろう。ならば、そのタイミングで、軸足を吹き飛ばせばいい。
シンが合図を送り、ナヤとリーが軸足の炎を吹き飛ばし、バランスを崩す。その一瞬の隙をついて、〝渦〟の力でアマツの〝炎破水のサカズキ〟を弾き飛ばし、回収する。
しかし、予想外のことが起こった。
アマツから槍を引き剥がし、手に取ろうとしたその瞬間、目の前に稲妻が走った。
作戦が成功して油断した一瞬を突かれた。
シンも感電し、体が麻痺する。
目の前には、短髪の大柄な男が現れていた。上空から降り立ち、アマツを跨ぐような姿勢で、その手に持つ刀をアマツの胸に突き刺している。そして、宙を舞う槍に手を伸ばし、刀を引き抜いて力を受け継ぐ。
「シン!!!!」
ナヤが叫ぶ。
シンは、体内のマナを循環させて麻痺状態を即座に解き、全力の一撃を目の前の男に加える。
「ハッ!」
その拳を、男は刀の柄で防ぐ。
激しい衝撃派が大気を震わせ、シンが弾き飛ばされる。
「くそっ!」
くるりと姿勢を立て直し、着地する。
「マイヤ! おい、マイヤ!!」
シンが叫ぶ。しかし、少女はピクリとも動かず、ただ刺された胸から血が流れている。その姿に、シンの全身が怒りで熱くなる。
「この野郎ぉぉぉぉぉおお!!」
「シン!!」
飛び出しかけたシンだったが、後ろにいるナヤの声に、冷静さを取り戻した。
「そいつがマルスだ! でも、なんだか様子が違う!」
「っ! ああ、そうみたいだな。肉体が盛り上がって変形するほどのマナって、聞いてた話とは違う。……あれじゃまるでスサノオだ。」
シンがマルスに向かって構え直す。
「ふン、以前と同じ私だとは思うな。私はスサノオの能力を引き出すことに成功した。」
そう言ったものの、マルスは体内の衝動を抑えるのに必死だった。
距離をとってシンとアマツの戦いを監視し、〝サカズキ〟を奪う瞬間を狙っていたが、シンを視界に入れてからのスサノオの暴走はこれまで以上だった。
シンには、並々ならぬ執着があるようだ。スサノオの細胞が勝手にマナを吸い、その反動で全身が軋む。
ただ、その分、〝サカズキ〟の出力が大幅に向上している。これを利用してこそ、自分に勝ち目があるとマルスは理解していた。
「僕らとマルス、これで〝サカズキ〟が四つずつ……か。」
「アホか。」
ナヤの言葉をリーが否定した。
「完全に不利や。
まとまっていない〝サカズキ〟は足し算やけど、まとまった〝サカズキ〟は掛け算や。うちらが1000足す10やとしたら、相手は10000。個々に潰されて終わりや。その上、スサノオ級のマナを体内に蓄えとる。」
「……」
状況を理解していたシンも押し黙る。
「ってわけで、シン、ちょっとだけ一人で時間稼ぎ頼むわ。」
「おう、わかった。…………ありがとう。」
二人のやり取りの意味がわからず、ナヤは混乱していた。
だが、そう思っている間に体が浮き、吹き飛ばされた。
「ちょっと! どういうこと!?」
リーが風を起こしているようだ。
飛んでいる最中、シンとマルスの戦いが始まった衝撃派と音が鳴り響いた。その音から遠ざかるように飛んだリーとナヤは、シンたちからかなり離れたところに着地した。
「さて、あんたはここまでや。ほな、うちはすぐに戦場に戻るわ。」
リーがナヤの手から飛び出し、風を起こして自分だけ飛び立とうとする。ナヤは、事態を察して呼び止める。
「ちょっと待って! 何言ってるんだ!? まさか……!」
「おう、ちょっくら〝サカズキ〟としてシンの力になってくるわ。」
あっさりと、明るくリーが言う。
「そんな……それじゃあ、リーは……!」
ナヤの目に涙が浮かぶ。
「ほんっまに、なんで泣くねん。うちは元々と~っくに死んでるんやで?
それに、ここでマルスを倒さんかったら、なんのためにうちら八人はあの時スサノオと戦ったんやって話になるやん。みんなの死を無駄にしないためにも、ここできっちりとスサノオを倒す! そのために、元々死んでるはずのうちがいなくなるぐらい――」
「ダメだよ!!」
ナヤが声を荒らげる。
「そんなのはダメだ! 君は、もう十分戦ってきたじゃないか! 幸せにならないと……リーが幸せになれないなんて、そんなのあんまりだ!!
洞窟でも、死ぬのは嫌だって、言ってたじゃないか!!
諦めなければ、勝てるかもしれない!! 勝った後でじっくりと探せば、体を戻す方法だって、あるかもしれない!!」
ナヤの言葉に、リーがため息のように風を起こす。
「あんなぁ、『かもしれない』に縋って、期待して、それで倒せる相手ちゃうねん。」
「でも……!」
「ナヤ、あんたは別れってもんに慣れてないだけや、まだまだガキんちょやからな。
うちとの出会いも、別れも、ちゃんと忘れんと覚えておいて、たまに思い出したりしつつも、前を向いて生きたらええねん。別れってのは、そういうもんや。」
リーの声は優しかった。
その声に、ナヤは、自分の気持ちをリーに知られていることを悟った。そう思うと、何も言えなくなってしまった。
「あはは、ま、あんたと繋がって、一緒に戦ったのは楽しかったわ。
ええ男になって、あんたこそ幸せになるんやで! そのためにも、うちらは絶対にあいつを倒すから!」
一陣の風が吹き、鉄扇が空を舞う。ナヤはその姿をじっと見ていた。
シンが戦っている戦場に向かって、あっという間に小さくなっていく。
「リー……」
ナヤはその場に項垂れた。
涙がこぼれる。
「はじめてだったんだ。家族以外に、僕を認めて、褒めてくれたのは。
リーだったんだ。本当に、本当に、嬉しかったんだ。リーに、幸せになってほしいって、本当に心の底から思っていたんだ。」
涙が止まらない。自分の非力さを、改めて痛感する。
「好きだったんだ……。誰かを好きになったのも、はじめてだったんだ……」
風は止み、少年の声の届かないはるか遠くから、戦いの音だけが響いていた。
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