季節感出しときゃええんや:バレンタイン編

 バレンタイン――それは聖ウァレンティヌスを起源とするとも、そうじゃないとも言われているとってもあやふやなイベントだ。日本では一般的に身近な人に感謝の気持ちを込めてチョコレートを贈る日ということになっている。これは日本固有の風習であり、多分外国では「なぜそこでチョコ?」となると思われる。


「というわけでみーにゃもチョコを用意しました! プレゼントはァ……た・わ・し♡」

「ほーれ絶対何かよからぬことをすると思ってた」


 頬を赤らめてもじもじしながら手渡してきたお皿の上に堂々と鎮座する見事なタワシを前に、僕は「わたし、よりはマシだからいいか」と普通に受け入れた。こいつのボケに付き合っていたら体力が足りない。


「あれ? 鉄板ジョークだと思ったのに反応薄……」

「鉄板だから読め切っていたんだよ」

「まぁそれはそれとして、味わって食べてくださいね!!」

「えっ、タワシを!?」


 笑顔でずずいと勧めてくるが、知らないのかみーにゃ。タワシは食べ物ではないのだぞ。そんな事すらこのポンコツアンドロイドには分からないのか、それともアンドロイドはタワシを呑み込んで喉を洗浄する整備でもあるのだろうか。

 どっちか分からず神妙な顔をすると、今度はみーにゃが腰に左手を当て、右手で人差し指を振りながらぷりぷりと怒った。


「ますたぁ~……いくらみーにゃでも本物のタワシを食べさせようとする訳ないじゃないですか! それは確かにとってもよく出来ていますが、タワシそっくりのチョコなんです!!」

「えぇ? 本当かぁ……?」


 試しに匂いを嗅いでみると、確かに嗅いだことのある甘い香りがする。指で触ってみると、タワシの棘部分がぽきぽき、と呆気なく折れた。折れた断面は完全にチョコレートだ。この小ボケをする為にわざわざタワシ型チョコを作ったのだろうか。信じられん時間の無駄遣いだな。


「インスタに上げられるレベルの代物作ってんじゃねえよ。尖り過ぎて食いにくいぞ」

「そこはもうバキバキ折って食べちゃってください。ちなみにどうしても使いたいチョコがありまたので、ロシア産のチョコを仕入れました!!」

「凝り過ぎだバカモンっ!?」

「いやぁ、うっかり変装し忘れてロシア国境軍から心温まる銃撃かんげいを受けてしまいましたけど! 名前ロシアっぽいからイケると思ったんですが、現地人をナメ過ぎましたね!!」

「なんで身辺偽装完璧だったのにそこで違法出入国してんだよッ!?」


 正直食べることに不安はあるが、現実にみーにゃは既にチョコを購入した上で加工までしてしまっている。捨てるのも後味が悪いと思ってとりあえず食べると、チョコの芳醇な香りと上質な甘みが口の中に……中に……あれ。なんだ、この大成功間違いなしのオーケストラに混ざる不協和音みたいなものは。


「なんか、これ、美味しいんだけど後に残る香りが微妙に生臭くない?」

「タワシをチョコにするにあたって、ふとタワシってウニに似てるな~なんて思っちゃいまして、ロシアから『ウニと昆布入りチョコ』を仕入れましたっ!! 健康成分豊富なんですよ!!」

「そういう気遣いは要らねぇから普通のチョコ寄越しやがれぇぇぇぇぇーーーーーーッ!!」


 本体を噛み割って断面を見ると、昆布らしき小さい粒が確かに混ざっている。これからチ〇ルチョコか5〇チョコの方がマシである。いや、まずくはないんだ。味はとてもいいんだ。ただ、その味が通り過ぎた後にウニと昆布に突然背後から肩を組まれるウェーイ感が嫌なのだ。

 食べないと後味が悪く、食べると後を引く臭いが悪いとかどんな高度な嫌がらせだ。思わずみーにゃを睨みつけると、みーにゃはにやっと笑う。


「ははぁん、ますたぁ。今の言葉に偽りはないですね? 普通のチョコが欲しいって」

「言ったけど、それが何だよ」

「つまり、ますたぁはこの私、みーにゃからバレンタインチョコを受け取ることを期待しているという意味ですね!! キャー!! 大胆告白にみーにゃ困っちゃーう!!」

「え、あ……てめっ、まさか、ここまでの小ボケは全部それ言わせるためにやったのかッ!? 常々思うがその計画性もっと別の所で披露しろやッ!?」


 ちなみにみーにゃの作ったチョコは本当に美味しくて物凄く悔しかった。他、まーにゃからは『肩もみもみマッサージ券』、むーにゃからは『お耳きれいにお掃除券』を貰った。使ったら大分駄目になりそう感が半端ない。この調子だとめーにゃからは何を貰えるのか若干期待していたら、割とシンプルないちご味のチョコだった。


「うふふ~。クロエくんに作り方を教えるよう頼まれちゃって~。一緒に作ったのよ~? だからこれは~、めーにゃとクロエくんと~、あといちごを提供したユヅキさんの分ね~?」


 美原家と合同で来るとは驚きだ。

 発案者のクロエくんは本当にいい子である。

 うちのポンコツと交換しませんか。ダメですかそうですか。

 なお、チョコと一緒に写真とメッセージカードが入っており、開けてみるといちごチョコを頬張り多幸感の余り顔がとろとろにふにゃけたクロエくんと、『可愛くない!? めっちゃ可愛くない!? 可愛さ限界突破だよね!?』と血のように赤い字で書かれたメッセージが刻まれていた。なにこれ怖い。この赤黒さと掠れ具合が本物の血のようだ。


「というか、今更ながらめーにゃってクロエくんと話す機会あんの?」

「うふふ~、それは読者にとって未来の話になるから言えないわね~」

「……???」


 言っている意味はよく分からなかったが、とにかくこうして僕のバレンタインは特別な騒ぎもなく幕を閉じた。とりあえずみーにゃだけはホワイトデー抜きである。


 ――翌日、朝ご飯にウニとやけに上質な昆布ダシの味噌汁が出た。どうやらロシアに密入国したのは嘘で、あのウニ昆布チョコはちゃんと原材料から作っていたらしい。その努力を認め、ホワイトデーはなにかお返しを……。


「いや、冷静になって考えれば高度な嫌がらせ受けたお詫びな訳だからこれで貸し借りゼロだな」

「ガーン!! あの極寒の海を素潜りで採取してきたのにみーにゃショーーーック!! うう、あのチョコは本当に体にいい成分が入っていたのに……!! こんなことなら最初からタワシではなくウニ型のウニ昆布チョコを用意していれば!!」

「そっちの問題じゃねーよ。せめて普通のチョコでタワシ型にするか、もしくはもうタワシ寄越せや」

「タワシの代わりにワタシで良ければいつでも!!」

「断る」

「チョコでトッピングしますから!」

「断る。何度でも断る」

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