姉弟

「ライヤ~♡!」

「だろうな」


その要人に会わせるとキリシュライトが言うので少し椅子から腰を上げて待機していたライヤは愛のこもった突撃を悠々と回避する。

この部屋に近づいてくるにつれて特徴的な魔力も感じられていたし、避けられないはずもない。


「もう! 何もよけなくってもいいじゃない!?」

「余計な波風を立てたくないんだよ」


今やライヤも所帯持ち。

本人に悪意がないとはいえ、決して健全な性活を送っているとは言えないミリアリアと接触するのは余計な火種を生みかねない。


「なんと無駄のない動き……」

「やはり我々もまだ学ぶことは多い……」


お前らはお前らで何を感心している。

おい、そこ、イプシロン。

無言でニヤニヤするな。


しかし、イプシロンがにやにやしている理由はライヤには見当がついている。

覚えのある魔力が劣化のごとき勢いで放出されながらこちらへと向かっているのがわかるからだ。

あ、今この階に来たな。


ビクリ!


ライヤやイプシロンに遅れて部隊の者たちも事態を察する。

部隊の者たちよりは先に気づいていたキリシュライトはすでに無敵の柔和な笑顔モードだ。

すでに抵抗を放棄している。


「ミリアリアー!!」


厳重にかけられていたはずのカギが焼け溶ける音が一瞬聞こえ、扉がどうしてまだ原形を保てているのかわからないほどの勢いで開く。


「ちぇ、お早い到着だね」

「肉食動物の前にむざむざ餌を置きっぱなしにするほど私は馬鹿じゃないのよ!」


ローブのフードを引っ張られさらにミリアリアから距離をとらされるライヤは無言でアンの腕をタップする。

死ぬ! 死ぬ!


「ひとまず無事そうでよかったわ」


ズシャリとその場に崩れ落ちるライヤ。

確実に今殺意あったな……。


「久しぶりだね、アンちゃん」

「そうね、ミリアリア。あなたが変わっていないみたいでもはや安心したわ」

「じゃあ、ライヤをこっちに頂戴?」

「接続詞の使い方が終わってるわ。まずその残念な頭をどうにかしてから出直しなさい」


一触即発。

二人の間で散る火花が見えるようだ。

一体アンはどこからミリアリアの情報をつかんだのか。


「僕が伝えておきました。僕じゃ止められないので……」


ライヤの疑問に答えるようにキリシュライトが口を開く。

正しい判断ではある。


「俺たちで生徒と、キリシュとミリアリアを護衛しながら王国に向かえって? 死ねって言ってるだろ」

「そんなつもりは本当にないんですけど……」


キリシュライトは最悪放っておいても生き残ってくれるだろう。

魔法の使い方などは戦闘に特化しているわけではないが、それでも十分すぎる実力だ。

他国の将軍クラスが出てこないことには脅かされないだろうし、出てきても逃げることくらいは余裕だろう。

しかし、ミリアリアは違う。

回復魔法に特化した分、ヨルのように魔法を戦闘に使えない。

さらに、特に武器を練習しているという話も聞いていない。

そんな人物が最重要人物なのだ。


「キリシュ、ここに残りなさい」


女性二人の争いを避けるように部屋の端でこそこそと会話していたライヤとキリシュライトだが、いったん決着がついたようでアンがその会話に割って入る。

その奥ではミリアリアが頭を押さえてうずくまっている。

うーん。

暴力?


「要するに、王国へ向かうのに護衛対象がいっぱいいても困るって話でしょ? その護衛対象が護衛する側になれば話は簡単よね」

「いや、アンにはこっちでやることが……」

「キリンガム先生が出勤してくれるらしいわよ」

「いや、誰……」


アンが近くにあった紙にさらさらと「キリンガム」と書いてキリシュライトの胸辺りにぺたりと貼る。


「これでよし!」


どや顔で振り返るアン。

えぇ……。


「いや、さすがに……」

「やれ、ろ。いいわね?」

「はい……」


姉弟とはいつの世もこうである。





【あとがき】

新年度が始まりました。

まあ、なにか大きく変わるわけではありませんが。

本年度もよろしくお願いします。


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