年末の王城

王城の年末晩餐会。

それは各方面から有力者が集まり、その年の総決算を行うというもの。

という建前で行われる忘年会である。


「この行事だけは避けてきたのに……!」

「ヨルもいい仕事したわね」


煌びやかな赤のドレスに身を包み、王女らしくティアラなど被っているアンの隣。

慣れない燕尾服に身を包んで居心地悪そうにしている青年が1人。


「ライヤも王城での立場が出来たから、いいタイミングだったんじゃない? 遅かれ早かれこの場には出ることになってたわよ」

「できるだけ遅くしたかったんだけどな……」


本来なら引っ張りだこであろうアンだが、ライヤの傍を離れようとしないため有力者たちも声をかけない。

ライヤへの距離感を測りかねているのだ。

加えて、この場もほとんどが貴族であり、わずかばかり存在する平民もカサン商会が逆立ちしても勝てないような大商会のオーナーである。

この場において最年少、そしてアン絡みで各方面からヘイトを買いがちなライヤにわざわざ話しかけるだけの価値はないのだ。


「アンは行って来いよ。色んな人が話したそうにしてるぞ」

「嫌よ。仕事の話ならやぶさかでもないけど、どうせまた縁談の話が中心になるに決まってるわ。それとも、ライヤは私が縁談の話をされてもいいの?」

「それに関しては良くないんだけど。真面目な話があるかも……」

「なら、このままで問題ないわね!」


アンは良くてもライヤへの視線がエグイ。


場所は大広間。

多くの著名人や給仕の人が行き来する中、壁際の柱の裏に立っていて目立たないはずなのだが、アンの存在感がそれを許さない。

むしろ端にいるのが裏目に出てるまである。


「まぁ、俺としてもアンがいてくれるのはありがたいけどさ。王家には挨拶とかあるだろ?」


全員に向けての挨拶は王様が代表してするだろうが、王家には各個人からの挨拶回りもある。

長子としてこの集まりに既に何度か参加しているアンにもわかっていることではあるだろうが。


「そうね。じゃあ、行きましょうか?」


にっこりと笑いながらライヤの腕をとり、大胆に開けられたそのドレスの胸に抱え込むアン。

ライヤはといえば、その感触を楽しむような余裕もなく、周りからの視線に殺気を感じ、そしてこれから起こるであろうことに肩を落とす。


「ほら、挨拶に行きましょうか」


ニッコニコである。


「アン王女におきましては本日もご機嫌麗しく……」

「ドレスも大変よく似合っております」

「そう? ありがとう」

「しかし、そちらの男は……」

「聞いているでしょう? 私の家庭教師よ」

「それはもちろん聞き及んでおりますが……。王女が腕を組む相手とは……」

「あら、ここは晩餐会。レディをエスコートする相手がいるのは当然ではなくて?」


そういう事ではないという顔をするお歴々。

ライヤとてここまで来れば腹は決まっている。


「アン王女の家庭教師を務めます、ライヤと申します。彼女とは学園から旧知の中ですので、この場に呼んで頂きました。是非お見知りおきを」


彼らとてライヤのことを知らないはずがない。

だが、大きな場で名乗りを聞いてしまうという意味もまた大きい。

これを無視してライヤに対応すると、名乗りを聞かない者として周りに見られる。

貴族のような立場があれば、どうしても避けなければならないのだ。


「ところで、何の御用でしょう? 本日初参加のライヤのために落ち着こうかと料理を取りに行くところなのですが」

「! それならば! 我が息子に取りに行かせましょう。我が子ながら、よく気が利く子ですので……」

「あら、よろしいのですか? もちろん、私の分だけでなくライヤの分もですが」

「え……?」

「今、2人で取りに行くところだったんですもの。私にだけ貰っても意味ありませんわ。あぁ、私苦手なものもありますので、もちろんそこも配慮していただけるんでしょう?」

「そ、それは……」


嘘だ。

アンに苦手な食べ物などない。

だが気が利くと見栄を張った手前、王女のこの言葉があって失敗などしようものなら彼らの意図するアンへのアプローチは叶わなくなる。

そもそも相手にされていないのが、正式に目がなくなる。


「失礼しました。どうぞごゆっくり……」

「あら、前言撤回するのね。わかったわ。いきましょ、ライヤ」


引き下がったところで、既に道は絶たれているのだが。


「あそこまでボコボコだと清々しいな」

「あれくらい言わないとどうにでも解釈してくるのよ。あれでもまだ足りないくらいかもしれないわ」


実際、貴族は正式な文書でないと行動が強制されない。

もちろんアンの方が格上なので滅多な行動は出来ないが。



「……アンよ、こちらへ」


全体への挨拶をしていた王様からアンに声がかかる。


「行って来いって。流石にまずい」

「……そうね。ここで待っててよ?」

「動きたくないから心配するな」


渋々ながらアンが立ち去っていく。


「ライヤ先生?」

「ん!?」


この場でライヤのことを先生呼びする人間がいるとは思わなかったライヤ。

少し大きめに反応して大広間の壇上へと歩いていったアンから目を離す。


「この前ぶりですね」

「……あぁ!」


そこにいたのは黒髪の少女。

ウィルが誘拐された時にライヤが馬車に狙いをつけて、外した側に乗っていた少女だった。


「こちらで会うなんて奇遇ですね?」


華やかな笑みが、ライヤには違って見えた。

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