父親

「それじゃ、あたしはお昼ご飯の準備に行ってくるから、夫に代わりますね!」

「どうも」


ぺこりと頭を下げる一人の男。


「ランゲルフって言います。商会の経理を担当しています」


サラが肝っ玉母ちゃん系統なのに対し、ランゲルフはその名前に反してひょろく、なよなよとしている。

ライヤの骨格の遺伝はまず間違いなく父親からであろう。


「うちの仕事の大体は把握できたかと思いますので、経理の仕方について大まかに説明しようかと思います。まず原価計算というもので、これは1つの商品にどれだけの費用が掛かっているかの計算でこれを基にして価格を定めたりもしています。例えば……」


ライヤが勉強に異常に意欲的な子供であっても好きに勉強させてもらえたのは父親の影響が大きい。

大抵の決定権は母親にあるカサン家だが、ライヤが与えれられた教材を次々に消化していっているのを見てランゲルフは好きに勉強させてやることを決めたのだ。

サラは外で遊ばせようと意固地になっていたが、珍しく反対し、教材を用意していた。

ランゲルフの子供時代もライヤ程ではないにしろ、内向的で勉強一筋な生活を送っていた。

当時、存在しなかった原価計算の概念を生み出したのは何を隠そう、彼なのである。

改良を重ねていくうちにライヤが口出しをした部分もあるが、大枠は一人の研鑽によって形作られた。

シンプルに天才に近い。


「……ここまでで質問はありますか?」

「「……?」」

「あ、そうですよね。難しいですよね……」


原価計算なんて日本でも大学生にならないと学ばないことだろう。

9歳に説明するにはあまりにもハードルが高い。

例えウィルであってもだ。


「まぁ、計算方法はともかく、仕組みとしてそういうものがあるという考え方でいいと思う。それでいいよな、父さん」

「あ、あぁそうだな。ちょっと張り切りすぎたか……」

「父さんまで出てくるのは驚いたよ。人前に出るの苦手じゃなかったか?」

「商談に出るのが苦手なんだ。隙があればいつでも噛みついてやるっていうあの空気が嫌だ」

「わからんでもない」


基本的に内向的な人物でカサン商会の商談にも出てくることは無い。

サラに任せて奥で帳簿をめくっているのが丁度いいのだ。

そんな彼がサラにお昼ご飯を用意する時間が必要とは言え、出てくるのはライヤにも予想外だった。


「お父様」

「お父様!?」

「あぁ、間違えました。ランゲルフ様」

「お、おぉ何でしょうかウィル様」

「先ほどの説明はなんとなく仕組みは理解いたしました。ありがとうございました。話は変わりまして、先生が子供だった時のお話を伺えませんか?」

「先生? あ、そうか、ライヤか……。まだサラも時間がかかりそうだし、それまでならいいかな……。何が聞きたいの?」

「はい!」

「はい、そこの……」

「ゲイル・カリギューと申します! 先生がどのように特訓していたのかを知りたいです!」


うーん、と苦笑を浮かべるランゲルフ。


「僕らが干渉していたことは無いに等しいんだよ。手のかからない子供だったからね。ただ、我が子の事ながら凄いと思っていたのは計画性かな」

「というと?」

「失礼になるかもしれませんが、皆さんも子供ですから遊びたい盛りだろうと思います。そんな中で勉強をするのはかなりの苦痛であると言わざるを得ません。そんな中、ライヤは毎日やることを決めて最低限のノルマを達成できるようにしていました。残念ながら私も妻も魔法の素養がありませんでしたから、ライヤが何やら魔法に関することをしていることはわかっていましたが、それが何をしていたのかを知ることはありませんでした。ですが、少なくとも毎日継続していたことは知っています」


ぽつぽつと、ただ淡々と当時の話をするランゲルフ。

それをキラキラとした目で見ている生徒たちと、その後ろで悶え苦しんでいるライヤ。


これ以上の苦行が昼食時に繰り広げられることをライヤはまだ知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る