アンとの歴史

「じゃあ、この前話してたアンと俺の手合わせについてしゃべるか」


二日後の戦術講義。

席に着いた8人を前にしてライヤは頭をポリポリとかく。


「て言っても、どれを話そうかな……」

「先生」

「ん?」


ライヤが話を始める前からウィルが手を挙げていた。


「先生はアン姉さまとの手合わせを全て覚えているのですか?」

「詳細なところまでは自信はないけど。大体は覚えてるかな」

「……何戦に及ぶので?」

「? さぁ? 3桁くらいだろうけど」


これに関してはライヤが異常である。

真似しろと言われて出来るものじゃない。


「あぁ、みんなに100戦分覚えろとは言わない。そんなことしてたら先人が残してきた経験談がもったいないだろ。俺の100戦分を話したところでそれを経験しただけの経験値が得られるかって言うと、それは違うよな。そうか、そうなると話すべきなのは知識として知っておくと便利な回ってことになるな」


少し考えたライヤはパンと手を叩く。


「とりあえず、今日は俺たちが4年生の時のにしようか」


タイマンにおいて、ライヤにアンが追い付きだした頃である。





「また勝てなかったぁ!」

「あぶねぇ……」


既に友達になって3年目である。

ライヤもアンとの手合わせは自分にプラスになると考えていた。

よって週に何度も挑んでくるアンの挑戦も律儀に受けていたのだが、アンの魔力制御が上達し、ライヤでも簡単には奪えなくなってきていた。

もちろんどちらが上手かといえばライヤなのだが、アンの魔力量に対して凡人のライヤには制御に割く意識がより必要なのだ。

そのことに気づいたアンは自らの魔法を囮として使うようになってきていた。


「これで、一応無敗キープか……」

「ねぇもう一回!」

「ダメだ。一日一回って決まりだろ」

「むぅ……」


そうでもしないとライヤの魔力が尽きるまで毎日付き合わされるのだ。

魔力が尽きると全身を倦怠感が襲い、自力で寮に帰ることすらままならなくなる。

そうなるのは避けたい。


「じゃあ、魔力制御についてちょっと聞いてもいい? さっき上手くいったと思うんだけど、やっぱりまだ違和感があって……」

「(アンの強さはこの貪欲さだよな……)」


負けた悔しさよりもまだ強くなれるという楽しさが勝っているのだ。

そりゃ強くもなる。



翌日。


「勝負よ! 今日こそ勝つわ!」

「……やるか」


互いに構える。

持っている武器は互いに普通の木剣だが、ライヤの辞書に正々堂々なんて文字は存在しない。

黒ローブの中に色々隠し持っている。

だが、そんなことはアンも既に織り込み済みである。


互いの呼吸によって自然と手合わせが開始される。

既に構築済みだった魔法をアンが撃ち、それをライヤが迎撃するところから始まる。

今回は得意であることを優先したのか火の槍が飛んできたのでそれを風魔法と魔力制御によって逸らす。


その間もライヤはアンから目を離していなかったのだが、ライヤの目にニヤリと笑うアンが映る。


「! なるほど!」


ライヤを囲むように火の壁が立ちあがる。

ライヤの強みはその目の良さにある。

相手が何をしようとしているかを察知し、それに対処するのが上手いのだ。

数々の敗北によってそれに気づいたアンはまずライヤの視界を遮ることを優先した。

今までも試行錯誤を繰り返してきていたのだが、距離が遠すぎて視界を遮られてもライヤへ魔法を届かせることは出来なかった。

また、ライヤに近すぎると制御を奪い取られて役に立たない。

その距離感を試しながらこれまで戦ってきていたのだ。

そして見つけていた。

ライヤに即時に制御を奪われることなく視界を遮れる距離を。


やりたいことを看破したライヤは咄嗟に後ろに下がる。

視界の情報がない中で前に出て制御を奪いにいくのはあまりにもリスクが大きい。

一旦立て直しを図る。


「燃えなさい!」


だが、ここで時間を与えてはいけないことはアンもわかっている。

最大火力の炎の渦がライヤを襲う。

火と風の複合魔法。

ライヤは自らの周りに水の膜を張って耐えることしかできない。


そして、その炎の渦が止む頃。


アンの剣がライヤの背中につきつけられていた。


「……降参だ」


ライヤがアンに初めて負けた試合だった。





「で、まぁ実際に目にしてないから想像はしにくいだろうが、ここで考えて欲しいのは俺がどうするべきだったかだ」

「先生」

「お、早いなゲイル」

「いや、ちょっと答とは違うんだけど」

「なんだ?」

「2年ちょっとくらい、先生はアン王女に負けたことがなかったんですか?」

「一応な。この時が初めて負けた時だから」


歴代で最強とも言われている王女に2年間無敗だったというのは中々の肩書だ。


「まぁ、一回負けてからはトントンだ。それは置いといて。俺がどうすればよかったかを考えよう」


思考する授業が始まった。

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