体育祭当日 12:40

「あのー、現状の話からでいいです?」

「……」

「とりあえず、会場の外から侵入しようとしている輩がいるってことだけ……」

「……」

「本当に喋らないつもりか?」

「……ずるい」


移動しながら会話のキャッチボールが出来なかったライヤとアンだが、アンが立ち止まる。


「ライヤはウィルに甘いわ」

「いや、生徒だし。あんなもんだろ」

「生徒にならキスされるの?」

「いや、それはほんとに……」


ライヤの意図するところではない。


「ぷん!」


ぷんすかと横を向くアンに心の中でため息をつくライヤ。

自己中心的なところがあるアンだが、緊急時にはそれを押し込めてきていた。

なぜか今回はそれが爆発している。

やはり姉妹がライバルというのは放っておくわけにもいかないのだろうか。


「ひぅっ!」

「これでいいか? 話を聞いてくれ」


そんなアンもライヤが誠意を見せるために人目を気にしながらも抱きしめ、耳元でささやくと真っ赤になる。


「侵入の手口は十中八九内部の者の手引きだ。というか、それくらいしかない」

「そ、そんなのわかってるなら、私要らないじゃない」

「いや、アンの力が必要なんだ」

「ふぇぇ……」


今まで聞いたことのない声を出して自分の顔を覆うアン。

ライヤには抱きしめられたままである。

ライヤとアンの背の差はライヤが10センチもないほど高いだけである。

よって抱きしめている姿勢ではそもそもライヤにアンの顔は見えていない。

周りに人もいないので顔を覆う理由はない。

それほどまでに恥ずかしかったのだ。

自分の緩み切った顔が。


「だから、アンネ先生になってきてくれ」

「へ?」


そんなアンを一瞬で現実に引き戻す一言であった。



「……これでいい?」

「ばっちりだ。いつもの綺麗なアンネ先生だな」

「おだてても何も出ないわよ」


そうは言いつつも嬉しさを隠せないアン、いやアンネ先生。


「それで、何をすればいいの?」

「ウィルの誘拐に実際に関わる人数はそう多くない。内部の者の手引きがあっても限界がある」

「武器の持ち込みとかも厳しいから、そうでしょうね」

「となれば少数精鋭だ。どんな人間がかかわっているかわからない以上、万全を期しておきたい」

「私の力を買ってくれているのは嬉しいけど、それじゃアンネ先生じゃない方がいいんじゃない?」


アンネ先生はあくまで学園のレアキャラという存在だ。

美人な非常勤講師で教師である時点で実力は折り紙付きなのだが、アン王女の名声には遠く及ばない。

その轟く武勇ですら実力以下のものでしかないのだから。


「内部からの協力者って誰だと思う?」

「それは、観客の誰かじゃない? 先に入っている人と手分けするっていうのが妥当だと思うけれど」


フルフルと首を振るライヤを見てアンネ先生は茶髪に偽装した髪を揺らす。


「貴族、というのはリスクが高すぎるわね……。護衛の目もあるし……」


公の場でなければ私設の護衛がついているだけで監視の目もない。

手引きも可能であろう。

しかし、そんな場であればわざわざ手引きせずとも事を運ぶのは可能だろう。

それにこの前ウィルを攫った貴族が処断されたことが知らされているのにこの短期間で計画するのもリスクが高い。


となれば……。


「まさか、生徒?」

「……」

「そんな、あり得ないわ!」


無言の肯定に声を荒げるアンネ先生。


「計画は十中八九大人だろう。そして、どこかの貴族が関わっている可能性も非常に高い。だが、考えてみろ。1年生はまだ9歳だ。親の言う事であれば聞いてしまうと思わないか?」


「子供には何をするかという最終的な部分は聞かせなければいい。それでもやってくれるだろうからな」

「でも、自分の子供を使うなんて……!」

「まともな精神状況で体育祭で王女の誘拐なんて企むと思うか?」


「……ライヤが言うなら、そうなんでしょうね」


あり得ないと思う自分の考えを、ライヤへの信頼で押し潰す。

そうでもしないとやっていられなかった。


「ということは、私が先生である理由もわかってくるわね」

「あぁ、先生として。生徒を導いてほしい。その際に中に入った親たち、もしくは大人たちの処理は任せる」

「ずるいわね。自分でやればいいのに」

「じゃあ聞くが。火薬の設置場所に水魔法の同時展開。かつ実行犯の捕縛。そして火薬だけではないだろう会場周りの問題への対処ができるのか?」

「……」


アンはシングルタスクしかできない人間だ。

ライヤのような器用貧乏とは違い、一つのことに集中することで力を発揮する。


「先生としての力の見せ所だ。頼むぞ」


何やら考え込んだアンネ先生を置いてライヤはまた会場の上空へと向かうのであった。





「ウィル、あなた……」


自分のしたことに驚いてへたり込んでいるウィルに王妃は声をかける。


「お母様……。やってしまいました……」

「……ふふっ」

「……なぜ笑うのです」

「いえ、ごめんなさいね。あなたの子供っぽいところを久しぶりに見た気がして」


ウィルは家族の前でも常に大人であった。

大人ぶっているとかではなく、しっかりと。

そんなウィルが感情を抑えきれなかった場面を見れたというだけで親にとっては微笑ましいものだった。


「本当にライヤ先生が好きなの?」

「はい」

「そう、困ったわねぇ……」

「えぇ、本当に。どうやってお姉さまより上に行くか……」


困ったの意味が違うと王妃は苦笑する。

やってしまったらやってしまったで全面戦争の構えをとる自分の娘はなんと自分、そして国王に似ているのだろうかと。


「さ、とりあえずは体育祭よ?」

「そうでした! 優勝してお願いを聞いてもらえばいいのです! 失礼します!」


パッと笑顔になって午後のために席をあとにするウィル。


「ライヤ君ってばそんなこと言ったの?」


ライヤの身が心配になる王妃であった。

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