体育祭当日 12:35

「んぐんぐ……」


一方その頃。

ライヤもフィオナから受け取った弁当を食べていた。


「アンに料理は期待できないからな……」


料理上手な母親の下に生まれてきているアンだが、家事というものがからっきしである。

だからこそ一週間ほど前のデートでアンが弁当を作ってきたことにものすごく高い価値があるのだ。

城の厨房でどんな格闘があったのか分かったものではないから。


「その点、確かに先輩はいい妻になるだろうけど……」


ライヤのここ最近の悩みの種である。

アンが一番。

それはわかっている。

わかっていても考えてしまうのが男の性。

そもそもこんな考えに至らないのであれば世界に重婚は存在しない。


「だけどなぁー……」


日本の感性がそれを阻む。

憧れはあるものの、どこかでおかしいと感じてしまう。


「こういう考えな時点でダメなんだろうけど……」


もしライヤが本当にフィオナとも結婚したいと思っているのなら。

そんなことは差し置いてどうするかを考えているはずである。

だから、フィオナとの結婚は考えられない。

少なくとも今は。


「だけど、こうやってお世話になっている以上、あんまり回答を先延ばしにするのもな……」


ライヤの生活のかなりの部分をフィオナに依存している。

住は学園のものだからいいとしても、衣・食に関してはフィオナに頼りっきりである。

断っておきながら頼り続けるというのも好ましくない。


「先輩はこれを狙ってたのか……?」


まさにその通りである。



「お……?」


コロッセウムのような会場のひときわ高い柱の上で昼食をとり、そのままそこから周りを見ていたライヤは少し下が騒がしくなっているのに気付く。


「まぁ、そろそろだとは思っていたが」


この会場における最終目的がウィルの誘拐である以上、会場に押し入るのは必須だ。

体育祭からの帰り道も考えられるがその際には国王夫妻やアンと共にいるだろう。

最も厚い警護がつくはずだし、アンもいる。

万が一はない。

となれば会場に入るしかないが、午前中の個人競技では生徒がバラバラに移動するのでピンポイントでウィルを狙うのは難しい。

だが午後の団体競技になれば各クラスは指定の位置にいるので目星は付けやすい。


「だが、実際にはどうするつもりだ……?」


火薬があるというのはミランダの報告からわかっている。

火薬というのは火を点ければ爆発するというようなお手軽なものではないので会場の壁をぶち壊すというのは無理だ。

精々が大きな火事を起こすくらいで……。



ここまで考えてライヤは飛ぶ。

侵入の方法がわかったのだ。





「ふぅ……、ごちそうさまでした」

「久しぶりのお母様の料理、とても美味しかったです」

「ふふ、お粗末様ね」


国王一家は王妃の弁当に舌鼓を打ち、穏やかな空気が漂っていた。


「午後からは団体競技だけれど、ウィルは何か作戦があるのかしら?」

「一応は。アン姉さまに負けないことを目標にしていますので」


満足げに空を眺めていたアンはその言葉に視線を戻す。


「私を超えようなんて10年早いわよ」

「えぇ、ですから目標です」

「あらあら」


普段は見せない姉へのライバル意識に王妃は笑う。


(これもライヤ君への気持ちの表れかしら……? いえ、めったなことは言えないわね。デリケートな問題でもあるし……)



「失礼します! アン第一王女の家庭教師様がお越しです!」

「ライヤが!? すぐ通して!」


いの一番にアンが反応する。


「王様、失礼します」

「構わん、急ぎの用だろう」

「では手短に。アン、力を貸してくれ」

「わかったわ、どこに行けばいいの?」


何をする、ではなくどこへ行く。

ライヤの指示に疑問を感じないからこそ出る言葉である。


「外で説明する。王様、アンを借ります」


ひら、と手を振る王様。

好きにしろという事だろう。

一礼し、外へ出ようとするライヤに縋りつく者が1人。


「先生!」

「なんだ、ウィル」

「私も連れて行ってください!」

「ウィルは体育祭があるだろう」

「王族として体育祭を守るのは当然です!」


ウィルにしては下手な言い草だ。

ライヤについて行きたいだけであり、それを肯定する材料も現状存在しないのだから。


「それは、ちょっと無理があるな。今はダメだ」

「なら、いつなら……!」


ライヤのローブにしがみつくウィルの頭を撫でながら優しく言う。


「そりゃ、ウィルが大人になったらだろう。心配しなくてもウィルはすぐに強くなる。今に俺ごとき抜いてしまうさ」

「そんな……!」

「本当だって。今回だってアンがいなけりゃ解決できないと踏んだから呼びに来た。俺にはそんな大した力はない」


涙目になっているウィルの涙をぬぐう。


「だからこそ、ウィルの力もいずれ必要になる。だが今は先生だからな。見栄を張らせてくれ」

「もういいでしょ? そんなに余裕はあるの?」


ウィルに優しいライヤにアンが少し機嫌を損ねた声を出す。


「今行く。ほら、ウィル」



ちゅっ。

ウィルの手を放させようとかがんだライヤの額に、ウィルの小さな唇がぶつかる。


「!?」

「あらあら」

「あんた……!」


困ったように頭をかしげる王妃と王女にあるまじき声を出すアン。

そして驚きで固まるライヤ。


「べぇ~」


ライヤには見えない角度でアンに小さく舌を出すウィル。

末の妹の、お姉ちゃんに対する初めての小さな反抗であった。




「あのー、アンさん?」

「……」

「俺に非はないと思うんですけど……」

「……」


王家専用のVIP席を出てアンがライヤに口を利かなくなったのは言うまでもない。



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