戦争Ⅰ

「ライヤならまだしも、私も呼ばれるなんてね」

「俺もそんな言われるほど学園長室に呼ばれてないんだが」


 ライヤとアンが5年生の時。

 各学年の少数の生徒に学園長室に来るように招集がかかった。


「でも、いい予感はしないわね」

「だな。情勢が情勢だし。面子も聞いたことある名前しかいない」

「というか、Sクラス以外なのライヤくらいじゃない?」

「そんな気もしないでもない」


 実際のところ、5年生では8人いるSクラスの中からアンも含め3人。

 そしてライヤしか呼ばれていないのだ。

 他の学年であれば全体で10人以上呼ばれており、誰が呼ばれているか覚えていないこともあるだろう。

 しかし、5年生に限ってはそういうことはないのもまた確かだった。

 ライヤは自分が明らかにイレギュラーな状態に近づいていることから目をそらしているのだった。





「君たちには、軍から招集がかかりました」


 数年前、噂によれば数十年前から姿が変わらないと有名な学園長は普段とは違った真面目な顔でそれを告げた。


「「拝命します」」


 他に呼ばれたSクラスの2人の反応は早い。

 有名な軍のポストについている貴族の子供たちだ。

 親から事情は聞いていたのだろう。


「学園長」

「なんでしょう」

「俺もですか?」

「君もです」


 大真面目に聞くライヤに大真面目に答える学園長。


「そちらの2人とアンはともかく、俺ごときが軍に存在を認知されているとは思いません。この人選は学園長によるものでしょう?」


 ぎくりという顔をする学園長。


「そもそも、軍所属でもないのに個人名で招集をかけることなんてないでしょうしね。参考に出来るのなんてクラスくらいですしね。俺が選ばれてる時点でその線は消えます。となると、学園長くらいしかいないでしょう」

「ぐっ……」


 まんま図星だったのか「勘のいいガキは嫌いだよ……」という苦々しげな顔をしている。


「それで、俺を推した理由は何です?」

「あなたなら生き残れると思ったからよ」

「渋々ということでいいですね?」

「そうよ! だってかわいい生徒たちよ!? 戦場に行かせたいと思う先生がいますか!」


「軍がちゃんと機能していればあなたたちを行かせる必要もなかったわ! それをあの無能たちが自分の身を守ることだけ考えた結果よ!」

「それで、少なくとも生徒だけは生き残れるようにってことですか」


 選ばれたのは知っている限りでは個人の機動力に秀でた人選だった。

 戦線が崩壊した場合に1人でも逃げられるようにという事だろう。


「……そうよ。せめて、逃げられるように……」


 どうしてもと国に要請されたのだろう。

 先生として、生徒を送り出すのはかなり渋ったはずだ。

 だが、国からの雇われとしては協力するしかなかった。

 そして、せめて死なないで欲しいと選別したのだろう。


「それにしても、俺が選ばれてるのは納得いきませんが」

「むしろ、あなたを最初に選んだくらいよ」

「……命が軽いとかいう話ではなく?」

「怒るわよ」

「すみません」


 学園長にしてみれば生徒の命に重いも軽いもないのだろう。

 しかし、戦場の指揮官がどう考えるかは定かではない。

 Bクラスの若輩が配属されてきたら使いつぶしてやろうくらいに考えるやつはいるだろう。

 実際、学生のBクラスなんてたかが知れているだろうしな。

 そう考えるほうが普通だろう。


「でも、俺が行ったところで本当にヤバいところに行かされるのが見えてますよ」

「そうね。だから、ライヤ君にはアンさんと一緒のところに行って欲しいの」


 ここまで言及されてこなかったアンに初めて話が飛ぶ。


「アンさん、あなたは……」

「前線ですね」


 アンも、自分の役割を理解していた。


「私が王族の代表としてということは、お父様の出陣は許可されなかったのでしょう? となると、誰かが行かなくてはなりませんからね」

「本当にごめんなさい」

「まぁ、皆さんに関しては先生によるところもあるでしょうけど。私が行くことは決定事項ですしね」


「それに、ライヤが来てくれるなら私としても戦場に出ることはやぶさかではないわ」

「そう思って選んでおいたわ」


 私情入りまくってんな。


「でも、学年で上からとっていってもライヤ君が入るのは妥当だと思うわよ? それならまだアンさんの近くの方が安全なのではなくて?」

「それはそうなんですけど……。俺は軍志望でもないので、行かなくてよかったりしませんかね」

「そうは問屋が卸さないわ。それとも、あなたはアンさんを一人で戦場に送り出すつもりなの?」


 それを言われると弱い。


「ライヤ、来てくれないの?」


 ウルウルした瞳で上目遣いをするアン。

 経験上わかっているのだ。

 ライヤは結局のところ優しいから、本当にアンが望むのならついてきてくれるという事を。


「……わかった。なら、条件がある。アンが俺がそばにいることを周りに認めさせてくれ。俺は、アンを守るために戦う」


 日本に住んでた俺がいきなり戦争なんてやってられん。

 そんな国のために命を賭してっていう意識はないんだ。

 だけど、友達1人守るためなら戦える。

 それに、王女の護衛なら万が一の場合にアンを連れて逃げても文句言われないだろうし。


「ま、任せなさい! 絶対にライヤは私のところに来てもらうわ!」


 フンス! と鼻息を荒くするアンであった。

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