下町

「凄いです! いつも馬車で通ってる道も歩いてみるとこんなに景色が違うんですね!」


 ウィルが年相応にはしゃいでいるのを見て、何とも微笑ましい気持ちになるライヤ。

 はしゃいでいる観点が庶民とかけ離れているのが気になるところではあるが。


「あ! あれは何です?」


 トトトッと屋台に駆けていくウィル。


「あら、お嬢さんいらっしゃいませ! 話題の飲み物ですよ、いかがです?」

「あ、では……」


 そう言ってウィルが取り出した小さなポシェットのような財布の中には煌びやかな金貨が輝きを放っている。


「ちょっと待て」


 止められて不思議そうにするウィルの肩をがっしりと掴んで店員さんにも断りを入れて少し横にずれる。


「お前なんてもん出す気なんだ?」

「? これでお買い物が出来るのでは?」


 そう言って財布から中身を出そうとするので抑えつける。


「あのな。巷の屋台で金貨を出すやつなんかいないんだよ。銅貨5枚がいいところだからな。金貨なんて出したらおつりが足りずに困らせてしまうぞ」


 ガーンという効果音がウィルの後ろに見え隠れする。

 こいつって実はこんなに表情豊かなんだな。


「店員さん、それ1つください」

「あら、この前のやけに詳しいお客様じゃないですか。……うちは誘拐のお手伝いはしてませんけど?」

「しねぇよ! この前俺と一緒に来てた奴がいただろ? あれの妹だ」


 共通の見事な白い髪を見て納得する店員さん。

 騒がれるのが嫌で店員にだけ伝えたが、既に世間にお披露目が住んでいるアンとは違い、ウィルは存在が伝えられているだけだ。

 多くの者はどのような姿なのか知らない。

 一応、変装としてフードを被らせてはいるが、王家の特徴である白髪を見て店員さんも気を遣ってくれたっぽい。

 子供の時に騒がれてもいいことなんてないだろうからな。

 特に今日はお忍びで楽しみにきてるわけだし。


「はい、お待ちどうさま! お姉さんと一緒に引っ掛けられないようにね?」

「おい!」


 学園1年生になんてこと言ってるんだ!

 憤慨するライヤだが、ウィルは店員にだけ見える覚悟で妖艶に笑って見せる。


「引っ掛けるのは私の方かもしれませんよ?」


 片手に持ったドリンクを奢ってくれた相手に腕を絡め、次へと向かうウキウキとした後ろ姿に、店員は眩しすぎて直視できずにいた。


「可愛かった……」


 そしてウィルのファンが1人増えた瞬間でもあった。





「先生、奢ってくれてありがとうございます」

「あぁ、あの財布もう出すなよ?」


 常識がないって恐ろしいな……。

 屋台で金貨とか聞いたことないし、あの小さなポシェットに入ったパンパンの金貨はなんだ。


「あれはお小遣いか?」

「いいえ? 先生と遊びに行くといったらお父様がくれました」


 激甘やないかい。

 王様も金銭感覚バグってんのか。

 それとも末っ子に甘すぎただけか。


「とにかく、あれはもう出すな。それを使うほどの買い物は認めん」


 トラブルの種にもなりそうだし。


「? わかりました。じゃあ、次は先生が行きつけのところに行きたいです」

「いや、それはダメだ」

「なぜです?」

「お前の親に殺される」


 とてもじゃないが治安のいい場所じゃない。

 王女様が行っていいような場所ではないのだ。


「ということは、お姉さまも行ってないんですよね?」

「う」


 そう、アンは押しきられて連れて行ってしまったのだ。

 だからこそ!

 同じ過ちを繰り返してはならない!


「そうですか、お姉さまと私は違うのですね」


 う。


「いえ、いいのです。所詮、私なんて実力も才能もお姉さまには遠く及びませんし……」


 うぅ。


「先生のお気に入りの場所を教えてもらえる資格なんて私にはないのです……」


 うぅ……。


「これはお父様に報告ですね」


 最後に脅しをぶっこんできた!?


「わかった、わかったから。ただ、文句は言うなよ? 余計なこともするな」

「もちろんです」

「あと、さっき言ってたの」

「?」


「アンより才能がないって言うのは、やめておけ。アンの努力をないがしろにした言葉だし、才能だけで言えばウィルはアンにも匹敵する」





「大将! 厄介ごとは御免ですぜ!」

「厄介ごとじゃない! 俺が誘拐やらすると思うか?」

「やってもおかしくないくらいには……」

「よし、俺は帰る。もう二度と来ん」

「すんませんでした!」


 ウィルを連れてライヤが訪れたのは大通りから路地に3つほど入ったところ。

 つまり、ちょっとアンダーグラウンドなところだ。


「えらい別嬪さんですなぁ。どこから攫って来たんで?」

「だからやってないって言ってんだろ!」

「あのー……」


 着いた途端にライヤは各地のおっさん共とこんな言い合いを続けながら歩いており、ウィルは置いてけぼりとなっていた。


「あぁ、こいつらは俺の昔からの知り合いで……」

「大将には世話になってるぜ! なんせ新しい技術の方向性を次々持ってきてくれるからなぁ!」

「あの、鍛冶師の方たちですよね……?」


 ウィルは怪訝そうに言う。


「どうして先生と関わりが……?」

「教えてやろう! あれは大将が2年の時だ」

「あ、おい!」

「まだケツの青いガキだった大将はここに来てこう言い放ったのさ。『今まであんたらが作ったことないものを作らせてやる』ってね!」

「やめろぉ!」


 当時ちょっと中二入ってたんだよ!


「ま、こっちも何十年とその道を貫いてるもんで最初は反発したが、聞けば聞くほど面白そうでな! つい、乗っちまった!」

「それからも何かしら新しい製法やら何やらを持ってきてきてくれるし、大口顧客だからな」


「2年生の時という事は……」


 職人たちと言い争っているライヤを尻目にウィルは考える。

(決闘の話であった短剣もここで用意したものでしょうか。そんな簡単に信用を築けるわけないですし、どうやって武器を用意してもらったのでしょう……?)


「あんたたち、うるさいよ! 表通りまで聞こえるじゃないか!」

「「すんませーん」」

「あら、あんたはライヤの連れかい?」

「あ、はい。ウィルと申します」

「そうかい。ライヤの決闘の時の得物を見に来たんだろう? ちょっと待ってな」


 出てきたのは表通りの鍛冶屋のおかみだった。

 ウィルには何かしら職人たちの上役なんだろうということしかわからなかったが、ちょうど考えていたことが解決しそうだったので流した。


「ほら、これさ」


 持ってこられた短剣は、外から見る限り何の変哲もないものだった。


「なぜ私がこれを見に来たと……?」

「前にもあんたと同じで白い髪の女の子が見に来たからさね。なんか違ったかい?」

「いえ、大丈夫です」


 ウィルはその記憶力の良さと、勘の良さに感心する。


「凄いですね……」

「このくらいできなきゃ客商売やってらんないよ。ほら、あんたたち! しゃべってないで手を動かしな!」

「「へーい」」


 下町の女は強い。

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