夫婦漫才

「えっと、街を案内してもらおうかと思いまして」

「は?」


 なんだって?


「いえ、ですから……」

「いや、聞こえてはいるんだけど」


 質問があるとかいう話じゃないのか?


「こう見えて私、大人しいんですよ」

「うん?」


 何の話だ?


「お姉さまと違って私は勝手に出歩いてたりしてなかったんですよ。年の近い護衛もいることですし」

「それはアンが悪いまであると思うけどな」


 見ると、また顔をそむけるアン。

 こいつは俺でさえお転婆だと聞いたことがあるくらいには噂になってたからな。

 年の近い護衛がおらず、年上をまくという行動しかとってきてない。


「それで、国を見て回ったことがないのですよ。私が一番下の子って言うのもあるのでしょうが……」


 特にそういった話は聞かないが、やっぱあの王様でも末っ子には甘いとかあんのかな?


「で、見学に行きたいってことか?」

「そうです。私は別に、デートでも構いませんよ?」

「俺が構うわ。王女とデートとか誰に殺されてもおかしくない。……!?」


 背後で膨れ上がる怒気に神速で振り返るライヤだが、そこには普段通りのアンがいるだけだ。

 しかし、対面して話しているウィルには見えていた。

 デートという言葉に反応してウィルを敵視する姉と、その後のライヤの言葉により今までの2人のお出かけがデートとしてみなされていなかったことが発覚したことによる激情が。


「お姉さまとのお出かけは何なのです?」

「あー、それな。今俺も考えたけど……」


 ポリポリと頭をかくライヤ。


「まぁ、ギリギリデートかなと」


 パアァァァ!

 煌びやかな光が拡がる勢いの笑顔をその本人の後ろで咲かせるアン。


「長い付き合いだし、それに関する嫌がらせとかはもう散々受けてきてるからな。今さら変わんないし。それくらいは背負える範囲だ」


 少々照れたように言って背後のアンを腰砕けにさせていたが、途中の一言でアンは現実に戻ってこざるを得なくなった。


「ちょっと待って、ライヤ」

「ん?」

「嫌がらせ、受けてたの?」

「いや、お前の前で絡まれたことも一度や二度じゃなかったと思うんだが」


 見解の相違である。


「え、どこよ」

「ほら、例えば4年生くらいか? お前が俺と帰ってる時に絡んできた貴族がいただろ」


 必死に記憶をたどるアン。


「そ、そうだったかしら?」

「あの時はお前があいつらを相手にしてお話ししている間に残りの奴から魔法から物理まで色々攻撃されてたんだぞ? 全部封殺してたからお前は気付かなかったのかもしれんが」

「な、なにそれ! 私に言いなさいよ! そしたら……」

「そしたら? やめさせたのにって?」


 思ったよりも強いライヤの言葉に詰まるアン。


「いいんだよ。アンと関われば貴族たちから不興を買うことまで織り込み済みだ。だから、決闘の報酬をそれに使ったんだろうが」

「そ、そうだったのね……」


 自分のせいでライヤが危険な目に合っていたというのを聞いて落ち込むアンの頭を、ライヤは撫でる。

 10センチも差はないので、撫でにくいのだが。


「そこまで含めて、俺はお前と関わってるんだ。そいつらに憤りを向けるより、もっと俺に感謝してくれてもいいぞ?」

「そういうことを言わなければもっと感謝するかもしれないのに!」

「いーや、言うね。誰も言ってくれないから俺は自分で自分を褒めてやることにしてるんだ」


 不満げに頬を膨らませながらも撫でられるのは心地よさそうなアン。

 普段ならまぁ、良かったのだろうが。

 本日はここにもう1人。


「本当に仲がよろしいのですね」

「ちょっ! ライヤ! 妹がいるのよ!」

「今更だろ……。それより、おい。俺の部屋のお菓子を勝手に食べるんじゃない」

「いいじゃない、減るもんじゃなし」

「物理的にしっかり減ってるんだよ!」


 そんな夫婦漫才(?)を聞きつつ、ウィルは気になったことを聞く。


「先生、そういえば決闘の報酬については言ってませんでしたよね。結局、何だったのですか?」

「え? あぁ、大したことはない。王家からうちの実家を出来るだけひいきにしてもらえるようにお願いしただけだ」

「先生の実家と言うと……」

「まぁ、商人だな」


 なるほどとウィルは納得する。

 さっきの話のように貴族から嫌がらせを受けていたのならば、真っ先に影響が行くのは貴族にとって簡単に影響を及ぼせる金銭関係だろう。

 そして、その妨害を奇しくもライヤの実家はダイレクトに受けてしまうのだ。

 しかし、ライヤが王家に口利きしたことによって手が出せなくなった。

 王家の取引先を悪く言う訳にもいかないし、妨害はそのまま王家の妨害にもつながりかねない。

 強固な後ろ盾を手に入れたのである。


「そのお話をご両親には?」

「するわけないだろ。余計な心配をかけたくもないしな」

「……先生は、凄いですね」

「何言ってるんだ。そこまで考えが及んでるウィルの方が末恐ろしいだろ」


 ライヤとしては、精神的に30年近く生きていることによる考えであったし、高校時代に王朝とかに興味を持って学んでいた時の知見を活かしているだけだった。

 しかし、目の前の少女はゼロから考えて今の説明だけでたどり着いたのだ。

 とてもじゃないが、9歳がたどり着けるものではない。


「まぁ、そこはいいですよ。それで、私の見聞を広めるのに付き合って頂けますよね?」

「よし、いいだろう。もう今更だし」


 先日シャロンを連れて街を歩いたのは記憶に新しい。


「それでどこに行きたいんだ?」

「全部です!」


 いつもの落ち着いた空気とは違い、テンションのあがっている様子のウィルに、ライヤは頬を引きつらせるのであった。

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