クラブコーチ

「先生、自分の話は……」

「えぇ、えぇ。学園長から聞いていますよ。顧問は多ければいいとはいいませんが、このクラブでは実力者が多いに越したことはないですからね。歓迎しますよ」

「先生までこいつを実力者と言うんですか?」

「むしろ彼が実力者でなければ世界がおかしいですよ。それに、相手の過小評価は自分の首を絞めることにもつながりますよ?」

「むぅ……」


 俺が学校に在学中何度も挑みかかっては敗北を喫していたのを思い出したのだろうか。

 渋面になってしぶしぶ引き下がる。


「ほら、皆さん。今日はライヤ先生も見学だけのようですから、活動に戻りましょう」

「「はーい」」


 人気のクラブだけあって全ての学年、全てのクラスに門戸を開いているこのクラブの所属人数は多い。

 休みの人もいるだろうに現在80人ほどが特訓している。


「どう思います?」

「いえ、今日は見学だけですので、控えさせてもらいます」

「はは、優しいですね」


 言外に改善点はあるという俺の意図を汲み取り、苦笑いの先生。


「しかし、これでもギリギリなんですよ」

「それも、わかります」


 端的に言って、教員の人数が足りていないのだ。

 他にも一応顧問はいるらしいが、貴族だから他に用事があると言って顔は出さないし、実質1人で頑張っているようである。

 となると、全員を監督することは難しく、粗が出てしまうのだ。


「ライヤ先生がいらっしゃればもうちょっと楽になるかとは思うんですがね?」

「自分には決定権ないので、学園長にでも言って頂ければ」

「いえ、言った結果ライヤ先生が今ここにいるんですよ」


 なるほど。

 先生なりにどうにかしようと行動した結果だったか。


「お待ちしていますよ」





「確か、先輩って魔術クラブでしたよね」

「ん、いきなりどうしたの? 確かに、そうだったけど……」


 その日の夜、いつも通り管理人室で夜ご飯をご馳走になりながら質問する。


「いや、どういう部活だったのかなって……」

「なぁに? 学生時代の私に興味惹かれちゃった? 写真とか見る?」

「いや、先輩とは学生の段階でもう会ってるじゃないですか。それに、今の先輩の方が俺は好きですよ」


 学生時代のフィオナはそれこそ貴族のしきたりに縛られているというか、本音を隠すのが常になってるような人だった。

 今でこそこんなにちゃらんぽらんだが、当時の学友たちがこの姿を見たらフィオナが操られているか、自分が操られているかを疑うレベルだ。


「……そういうとこよ! 私がライヤを好きなの」


 ご褒美! とばかりに抱き着いてくるフィオナを華麗に避け、話を続ける。


「それで、先輩はなんで魔術クラブに?」

「そうねぇ……。きっかけは親に言われたからよ。やっていくうちに自分に向いてるかもと思ったしね。でも最終的に目標は親をぶん殴る力が欲しいってことだったかなぁ」


 何とも物騒な。


「それで、結果はどうだったんです?」

「殴れなかった!」


 あっけらかんとしたフィオナ。


「それでよかったんです?」

「というかね、降参されたの」


 聞けば、かなり抑圧されていた先輩は学校卒業と同時に親に喧嘩を吹っ掛けたらしい。

 決闘ではなく、喧嘩であるというところがみそだな。

 親子間の話だから、決闘であっても問題があると思うが。


「それで、ボッコボコにしてやろうと思ってたんだけど」

「先輩に勝てないと見てすぐにお父さんは降参したんですね?」


 一応、先輩は平等な時点からの喧嘩で勝ちたいと思っていたようだ。

 だからこそ準備の時間を与えたし、場所や時間を指定して下準備を頑張ったらしい。


「だけど、逃げられた」

「そうなの。それからはあれのことを親とは思っていないわ」


 はっきり言えば、失望したらしい。

 向いていたから良かったとはいえ、自分の娘に「護衛をつけるのがもったいないから」という理由で魔術クラブに入れさせ、その成果を見せようとした先輩から戦わずに逃げたのだ。

 で、ここに来た。


「まぁ、結婚するときには祝い金をたっぷりもらうけどね?」


 ウインクしながら言ってきてもダメです。

 かわいいからやめてください。

 胸を寄せない!


「それで、先輩がいる時はあまり大所帯じゃなかった気がするんですけど」


 決して小さなクラブというわけではなかったが、あれほどまでに人数が増えているのは予想外だった。

 ライヤが把握している限り、つまりフィオナが在籍していた2年前まではあれほどおおくなかったはずなのだ。


「そうね。全体で50人くらいかしら。それも女の子は極端に少なかったわね」


 戦うクラブだ。

 無理もない。

 だが、今日行った感じだと男女比は半々くらいだった。


「やっぱり先生の影響か?」


 先生が着任したのは去年で、それから魔術クラブの人数は格段に増えた。

 20代後半くらいで決して若くはないのだが、普段の温厚な先生と指導時の真面目な先生とのギャップがいいらしい。

 と、今日耳にした。


「あの先生私好きになれないんだよねー。笑顔が薄っぺらい感じがしてさー」

「まぁ、不愛想なのよりはいいんじゃないかね?」


 感情が読めないというのには同意するけど、それで嫌いになってたりしたら埒が明かない。

 とりあえず、先輩もあんなに大所帯な魔術クラブは知らないってことか。


「よし、ありがとう先輩」

「いいよいいよー」

「ごちそうさまでした」


 引き受けてもいいかな。





「ということで、引き受けてもいいかなと」

「良かったわー、好意的に引き受けてくれて」

「もし受けなかったら?」

「辞令として出すしかなかったわねー」


 うーん。

 雇われの厳しいところである。


「それで、先輩はなぜここに?」


 今朝もライヤを見送ったはずのフィオナの姿がそこにはあった。


「フィオナさんにはコーチを務めてもらうことになりました」

「は?」


 あのぐうたらな先輩が?


「実力に関しては問題ないですし、時間の方も問題ありません。魔術クラブ出身ですし、現在の上級生とは関わりもありますからね。何か問題が?」

「イエナニモ……」


 ひらひらと手を振るフィオナに言いたいことは色々あるが、形式上何も問題がないので文句は付けられない……。

 こういう動きもほんとに上手いなこの人は……。

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