打上花火

22世紀の精神異常者

打上花火

 はち 月   さん 日   にち 曜日


 きょう、ぼくはおじいちゃんとはなびをみにいった。

 おうちからくるまでかわまでいって、そこでふたりでみた。

 かわについてすこししたら、きゅうにおそらがあかるくなった。

 すこしまぶしかったけど、がんばってうえをみた。

 そしたら、そこにおおきなはなびがあがってた。

 パーンっていうおとはすごくおおきくて、みみがいたくなった。

 だけど、そんなのはすぐきにならなくなった。

 はなびはいろんないろがまざってて、すごくきれいだった。

 「きれいだね!」

 おじいちゃんにはなしかける。

 おじいちゃんは、おっきなカメラでしゃしんをとってた。

 ぼくのこえをきいて、てをおろしてぼくをみて、わらった。

 「そうだね。」

 ぼくはたのしくなって、はなびがおわるまでずっとはしゃいでた。








 高校に上がって、もう二年が経つ。

 俺は両親の期待を裏切らないよう、部活も勉強も全力で取り組んだ。

 そのお蔭で、部活ではエースとして活躍し、学習面でも常に上位にいた。

 とても充実した毎日を送っていた。

 そんな時だった。

 いつも通り授業を受けていると、急に教師から呼び出された。

 問題行動は起こしていないはずだが、と思考を巡らせながら教師の後を追う。

 職員室に入り、受話機を渡された。

 その向こうでは、母の啜り泣く声。

 嫌な予感がした。そして、それは的中した。

 祖父が亡くなったのだそうだ。

 泣きたくなる気持ちを堪え、教師に受話機を返す。

 父が迎えに来るとのことだったので、支度をして校門前に出た。

 五分ほど待って、父が到着した。

 すぐに車に乗り込み、祖父の自宅へ向かう。

 十分して、ようやく着いた時には、既に場は整っていた。

 白い布に包まれた、優しい祖父の体。

 表情はとても安らかで、苦しむこともなかったように見える。

 俺はそれを見て、涙が堪え切れなくなった。

 嗚咽を漏らしながら、何度も祖父に呼びかける。

 当然、反応はない。だが、俺には祖父が微かに笑ったように見えた。

 少し落ち着いてから、線香をあげる。

 独特の匂いが部屋を満たす。

 その匂いを嗅いで、俺は小さい頃のことを思い出した。

 まだ俺が小学生だった頃、よく祖父と花火をやった。

 俺は花火が大好きで、何度やっても飽きることはなかった。

 そういえば、祖父と約束をしていた。

 『ぼくがおおきくなったら、いっしょにうちあげはなびやろうね!』と。

 初めて二人で打上花火を見た日のことだ。

 俺は、どうして約束を守ってくれなかったんだ、と言いたくなった。

 俺は、また涙が溢れてきた。








 祖父が亡くなってから早数か月。

 葬儀も滞りなく終え、今まで通りの生活に戻っていた。

 だが、俺はあまり力を出せずにいた。

 部活も今までの様にはいかず、偶に心配されるようになってしまった。

 学習面でも中堅程度になってしまい、担任に志望校のランクを下げるようにと言われてしまった。

 今は夏季休暇中なので、恐らくクラスメイトは皆、毎日自主学習に励んでいることだろう。

 だが、俺はそれにも全く身が入らなかった。

 それを見て心配したのか、母が花火大会に行ってみたらと言い出した。

 正直な所、俺は行きたくなかった。

 また祖父のことを思い出して、胸が締め付けれられる気がしたからだ。

 俺が渋っていると、母に無理やり連れて行かれることになった。

 その日の夜、俺は部屋に鍵をかけたにも関わらず、車に押し込まれて花火大会に連れていかれた。

 仕方がないので、川岸の芝生に腰を下ろし、暫くの間無為に過ごした。

 やがて時間になり、アナウンスの後花火が上がる。

 それを見て、俺は言葉を失った。

 俺があの時、祖父と話し合った花火の色と、ありえないほど似ていたのだ。

 その花火は、俺と祖父の二人で上げた、特別な花火。そんな考えが頭をよぎる。

 何とも形容しがたい気持ちでその花火を見つめていると、ふと横に祖父の姿が見えた。

 その祖父は、俺に向かってほほ笑んだ後、こう呟いた。

 『儂と二人で作った特性花火じゃ。綺麗じゃなあ。』

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に閊えていた何かが、すっと取れた気がした。

 「ありがとう、おじいちゃん。」

 それから、俺はあの時の気持ちで、花火を見つめ続けた。








 花火を見終えて家に帰ると、父がアルバムをくれた。

 祖父が撮り溜めてきた花火の写真だ。

 これまた何とも言えない気持ちでページを捲る。

 最後のページを開くと、そこには花火を見る幼い俺の写真があった。

 いつの間に撮ったのだろうか、と考えるが、すぐに別のところに意識を奪われる。

 写真の下、少しスペースが空いたところに、祖父からのメッセージが書かれていた。

 『これからもずっと見守っていてあげるから、しっかり頑張れよ! おじいちゃんより』

 俺は、久しぶりに涙を流した。








 あれから数年。

 俺は無事調子を取り戻し、名門大学に進学した。

 そこでもそこそこの成績を維持し、大企業に就職。

 今ではかなり安定した生活を送っている。

 そんな俺だが、毎年欠かさず行っている行事があった。

 花火大会だ。

 例えどれだけ忙しかろうと、必ず行った。

 その時は、祖父と二人で過ごしているようで、とても心が落ち着くからだ。

 今年も、その日だけは決して他の予定を入れないようにしている。

 実を言うと、今日がその日だ。

 今日は朝から何度も荷物の確認をして、時間が来るのを今か今かと待っていた。

 時計が開始時刻の一時間前を告げる。

 もうそろそろだと、俺は軽い足取りで駐車場へ向かった。

 駆け足で車の元へ向かい、急いで乗り込んで発進させる。

 会場へはものの十数分で着いた。

 荷物を広げ、花火が上がるのをそわそわしながら待っている。

 荷物はいつも二人分だ。

 やがて、聞きなれたアナウンスが聞こえ、空が鮮やかな色に染め上げられる。

 俺はそれを見ながら、隣に声を掛ける。

 「今年も来たよ。」と。

 そんな俺の言葉に返事をするように、一際大きな花火が、天の川のほとりに美しく咲いた。

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