3-9.アイドルになるっ!
その時フシギなことが起こった!
神様が気まぐれにもアタシのペンダントにお恵みを与え、実体を持ちだしたのだ!
つまり……アタシの首からすり抜けて、質量を持ち、叶くんでも触れるようになったってこと!
ママ……いや、パパ? どっちでもいいや、とにかくアタシの思いにこたえてくれたんだ!
「これは……」
「蘭ちゃんにつけて!」
「……わかりました」
私の代わりに巣立くんが、蘭ちゃんの首に実体を持ったペンダントを通す。
ハートの片割れしかなかったはずが、もう片方まで現れた。
一つのハートになった!
きっとこれなら以心伝心だよね、
『蘭ちゃん!!』
「姿が……」
髪がふわふわと伸びだし、まつ毛もばしばしとボリュームを増していく。
顔も体もやわらかさを表していく。見慣れた姿だ!
「これが、夢の世界での蘭ちゃん……!
なりたい自分になった! やった、『戻った』んだ!」
「戻った……
これが、蘭太さんの『本当の姿』……?」
「なによ、納得いかないの?」
「本当の姿とは、先ほどのようなおめかしをしていない、男の人の状態を指すのではないのでしょうか」
「ちがうよっ、それは『こうならざるを得ない仮の姿』だよっ! 蘭ちゃんじゃなくて周りの人があーだこーだ言うから、仕方なくあんなジミ~な見た目にしてんのっ!
今のこの蘭ちゃんが! 自分のなりたい蘭ちゃんなんだよっ! あっははっ!!」
「……複雑なかたですね、蘭太さんは……
それに、神様のご加護が、このような形になって現れるとは……ふしぎなものですねぇ……」
「……ん……」
ここは……布団の上、でも自宅じゃ、ない……
「きっと、蘭太さんには見えませんよ」
誰かの声が聞こえる。重たいまぶたをこすりながら体を起こす。
目の前にいる人は何もないはずの真横に向かっておしゃべりしているようだ。独り言にしてはまるで、会話してるような……
「また、夢の中で会えればいいんです。
お二人は、二人で一つなんでしょう?」
体に違和感がはしる。
体が小さくなったような気がする、服がぶかぶか……
でもそれ以上におかしな事態に目がさえた。
「す、す、巣立叶くん!?」
「こんにちは、川中蘭太さん」
「なななな、なんで、か……巣立くんがこんなところに!?」
いたっ、後ずさりしたら頭を壁にぶつけちゃったっ! いたたた……
学校でも世間でも人気な『Citrush』の最推しの叶くんが、どどど、どうして私の目の前に!?
うそ、夢でも見てるの!? 私の夢に出てくるのは『蘭ちゃん』だけなのに!?
他の人も出演するようになったんだ……これも何かの影響なのかな?
「えーと、そうですねえ……確かにご用事はあったのですが。
あっ、そうだ」
ポン、と手のひらにこぶしを置いて、ひらめいたというようなジェスチャーをする叶くん。
うわー……近くで見ると思いのほか男の子の背丈だし、なのに笑顔がかわいい……夢だからカメラアプリみたいに補正かかってるのかな。
ドキッとしちゃった、これがアイドルのオーラ!?
「よろしければ、アイドルになってみませんか?」
「えっ?」
ついさっきアイドルやったばっかりなのですが……
「夢の中ではありません。現実で、です。
まだご自分の性別に関する葛藤があるかもしれません。ですが、アイドルになれば、きっと新しい答えが見つかるはずです。
待ってますね、『ODDP』で」
わわわわっ、て、手にぎられた! すごく照れるっ!
って、私の手、こんなにちっちゃかったっけ?
「おー、でぃー、でぃー、ぴー?」
「拙者らの所属事務所『ワンデイドリーミングプロダクション』でございまして。半年ごとに新人発掘オーディションが開催されますゆえ、なにとぞ」
「……巣立くんって、そんな古風な口調だったっけ?」
おかしな夢見てるなぁ、私ったら。
「外ではなるべく出さないように気を付けておりますゆえ……
なかなか、人に求められる姿で表に立つというのは、苦行でございますね。それでもおのれの望み、そして人々の望みを合わせて振る舞うことこそ、アイドル……人に無条件に愛と幸せを贈れるこのお仕事は、博愛主義者のあなたにぴったりですよ」
博愛主義者か……博愛って、人を分け隔てなく愛するってことだよね。
私にもできるかな、たくさんの人に愛と幸せを贈ること……
「……わかった、やってみる。夢の中で巣立くんに言われたんだから、きっとお告げみたいなものなんだよねっ!」
「夢の中ではありませぬが……」
そんなまさか、最推しアイドルが私の目の前に登場だなんて、夢じゃなきゃ起きないでしょ?
それに声も高くなってて……髪も体も、夢で見た女の子の姿になってる。ちょっと風景が独特なだけの……
「では、まだ夢だと信じるのでしたら、明日から拙者はあなたに挨拶しに行きます。連絡先も交換しましょう。
若輩者がこのようなことを申すのはおこがましいですが、毎日夢を見るのも結構です。しかし、夢をかなえるとは、責任を負うことでもありますゆえ……『夢のままがよかった』と投げ出すのは、お断りですからね?」
そ、そのいかにも男の子のものっぽい、スポーツブランドのスマホリングがついてるのって! 私のスマホ!
わああん、壁紙に叶くんの画像を設定してるのがバレたっ! はずかしいっ!
なっ、なんで連絡先に自分のメアドと携帯番号登録してるの!?
ままま、まさか、巣立くん、今私が見てるのって……
「あれから何が起きたのかは、『蘭ちゃん』さんやお家の方から聞いてくださいね。
それではまた、学校で……芸能界で」
にこ、とかわいくほほえんでるのに、ちょっとおそろしく見えた。
叶くん、一体何者なの!?
私の身に何が起きたの!?
そもそも私の体……
なんで、女の子になってるの~!?
***
『蘭ちゃん!!』
『わーいっ蘭ちゃんだ! グンナイ☆』
『グンナイ☆ じゃないよ、最初から説明してっ!』
眠ればいの一番に広がる、『ゆめかわ宇宙』。まるで久しぶりのような感覚だ。
ユニコーンのぬいぐるみを私に差し出して陽気にあいさつする蘭ちゃんは相変わらずだけれど、おかげで置いてかれた気分だよっ!
『やっと女の子になれたのに嬉しくないの?
まぁ、あれから色々あったし、順に追って説明してくね。ホント大変だったんだから……』
それから蘭ちゃんは、ユニコーンを抱きしめながら空白の一日を説明した。
私もそろって、紫のユニコーンをぎゅっと持ちながら聞いたけど、やっぱり不安も疑問もぬぐえなかった。
『なーんでそんな顔するの? むしろよかったじゃん、やっと安心できる場所にいられるんだよ?』
『たしかに、神主さんのほうがママよりは分かってくれるけど……』
『……もしかして、生活費のことを心配してるの?』
『なんで分かったの、蘭ちゃん?』
『当たり前でしょ、アタシは『もう一人の蘭ちゃん』だよ?
……ホントは、蘭ちゃんから生まれた人格じゃないけどね』
『蘭ちゃん……』
でも関係ないよ。こうして私の友達でいてくれてるんだから。
『ねえ、蘭ちゃん』
『どうしたの、蘭ちゃん?』
『どうして私は女の子になれたの?』
あのネックレスを外すと、体が元に戻るらしい。
まるで変身道具のようなそれは夢の中で蘭ちゃんがくれたものと全く一緒で、二つで一つになるハートの飾りが溶接したみたいにくっついてるんだ。
夢でしかなかったはずなのに、現実の世界でもこうして存在している。その上、今こうして濃いピンクの片割れが私の首元に、淡いピンクの片割れが蘭ちゃんの首元に飾られてる。
私と蘭ちゃんは二人で一つ。でも、私が女の子になれた理由にはならない。
『そりゃもちろん、神様がくれた力なんじゃん?』
なんじゃん、って……もしかして蘭ちゃんも分かってない?
『だーって、アタシ神様の子どものはずなのにあの人の声なんて一度も聞いたことないもん! 一応いるのは肌で感じてるけどさ?』
『そんなにぼやぼやした存在なの……?』
『大体の神様なんてそんなものだよ。いると思えばいる、いないと思えばいない。人を救っても、人によっては『運がよかった』と片付ける人もいる。
でもね、蘭ちゃんには神様がついてるよ。アタシが保証するよっ! 蘭ちゃんの願いが届いたんだもん!』
私にとっては蘭ちゃんが神様みたいな存在だよ。
蘭ちゃんが私にたくさんのことを教えてくれたもの。もう一人の自分だって言ってくれる蘭ちゃんが、自分の自信につながる。
『私の願いなんて、かわいいアイドルになりたいって不可能に近いものだったんだよ。でも、蘭ちゃんと蘭ちゃんのママがかなえてくれたんだよね……
……ホントに、私でもアイドルになれるか、心配だけど……』
『なろうよっ! せっかく人気アイドルから声をかけられたんだよっ!?
女の子の蘭ちゃんはすーっごく! かわいいんだもんっ! できるって!』
『蘭ちゃん……』
……それに、ママは結局私を育てるためのお金を、、パパ以外の男の人に使ったらしくて、今の私には学校に行くお金すらほとんどないらしい。
これから神主さんのお家にお世話になるけど、このままスネをかじるなんて申し訳ない。何度も養子入りのことを話しても実行できなかったのは、私を育てる経済的な余裕がないから……
ママの逮捕がきっかけで引き取ることにしたんだから、これから大変になるはず。
せめて……二人にお礼ができるように、今からでもアイドルにならなきゃ……!
***
「ではエントリーナンバー21番の方。お名前と出身地、特技を教えてください」
「とおーいとおーいお星さま、別名・神奈川県出身、夢中蘭香ですっよろしくお願いします! 私の特技は料理ですっ!
今から3分でできる簡単なお料理をエアで紹介しますねっ♪」
この半年間のレッスンが、果たして長かったのか、短かったのか。最初よりは人見知りがマシになったと思っても、今でもあがり気味なのは成長できてないとヘコむ。
きっとスタート地点に立っても、それは永遠に立ちはだかる高い壁なんだと思う。
でも私は一人じゃない。周りを見渡せば、もう一人の自分がいる。あたたかい家族がいる。待っててくれる人がいる。
だから何も、怖がることはない。ありのままの私で前に進もう。作りたい笑顔だって作れるから。やりたいこと、できることがたくさん増えたから。
数日後。オーディションが終わってもレッスンは終わらない。自分には足りないものが多すぎるから。
スマホのメールで来た、一通のメール。タイトルは、『【重要】
『大丈夫だよっ』
……蘭ちゃんの声が聞こえたような気がした。おかしいな、夢の中じゃないのに。
よし。心の準備ができた。夢が、かないますように……!
『合格』……
赤く大きな字でハッキリと書かれている。見間違えるはずがない。
真っ先に叶くんに報告しなきゃ。感情が追いつかなくて涙がこぼれだしたけど、震える手でスマホで彼の連絡先を開いた。
やった、やったよ、叶くん! 蘭ちゃん!
私、夢中蘭香は現実でもアイドルになれるんだ! なってもいいんだ!
やっと神主さんたちを、楽にさせられるよ……!
***
今後の芸能活動の方向性を決めるための打ち合わせに呼ばれた。
う~んっ、この高層ビルに何度来てもずっと心臓バクバクしちゃいそうっ!
叶くんがお祝いと励ましのメールを送ってくれて、ちょっとは勇気もらえたけど……
たしか16階の第三会議室に来るようにって言われたんだよね。
実はちょっと人見知りだから、手汗がすごい。
おそるおそる、コンコン、とノックしてからドアをゆっくり開ける。
大丈夫、叶くんが所属してる事務所だから、きっと中にいるのはいい人のはず……!
「ん?」
ひえっっっ!!
い、いま、ききき、金髪のおねえさんが!?
あ、あの人が、これから一緒にお仕事する大人のひと!?
金髪って、そんな不良みたいな……!
って、私も髪の色変わってるんだった。で、でも、なんか怖そうな感じしてたような……
おちつかなきゃ、おちつかなきゃ、すごく緊張したらもっと何か言われちゃう! そーだ、手のひらに『人』の字を書いて飲みこもう、緊張がなくなるおまじない!
人、人、人……
「もしかしてこの前のオーディションに合格した? あーしもなんだけどさ」
「ひゃっ!? ……はっ、はいっ、そうです……」
ドアが開き、さっきの金髪のお姉さんが顔をのぞかせた。
びびび、ビックリしたーっ!
「16階の第三会議室に来るようにって言われた?」
「はい……ここで合ってます、よね……?」
「うん、合ってるよ。入ったら?」
「ははは、はいっ」
うえーんっ、まだ心の準備できてないのにー……!
男の子の時の私と同じくらいの身長だろうか。自分が小さくなると周りの人がもっと大きく見える。
「喉渇いたしお茶飲も。アンタは?」
「おおお、おかまいなくっ」
「ふふっ、一応用意しとくね」
き、気を使わせちゃった……
お姉さんの髪をよく見てみると、全部が金髪ってわけじゃなくて、根本を避けるように染めてる。自分で染めたのかな。耳たぶに飾ってある輪っかのピアスがゆらゆら揺れてカッコいい。女の子にモテる女の子って、こういう人のことを言うんだ。同い年くらいに見えるけどすごくしっかりしてそう。
……もしかして、私の緊張をほぐすためにお茶を……?
「す、すみません」
「そこは『サンキュー』でいーの。
あーしは桔梗貴楽。貴重の『貴』に、音楽の『楽』ね。アンタは?」
桔梗さん……ステキな名前。それにほほえむと、怖いってより、カッコいいって意味でドキッとしちゃう。
「ぼ……えっと、わ、私は……夢中蘭香っていいます」
しまった、いつものクセで『僕』って言いそうになっちゃった!
「
「はいっ、えへへ、かわいいでしょ?」
「……芸名?」
「えっ!? えっと……本名、です、よ」
たしかに芸名っぽさはあるけどっ!
本名は知られちゃマズいの……! 学校とかにナイショでアイドルやるから!
「へぇ。ちなみに出身地ってどこ?」
「かな……あっ、ここからとおーいとおーいお星さま、です!」
蘭ちゃんと相談して、アイドルっぽさとは『個性』だと結論がついた。
もちろん色んなタイプのアイドルがいるけど、私の大好きなゆめかわ世界を大事にしたいからってことで、自分は『宇宙出身アイドル』って設定でアイドルをやろうって決めたんだ。
イタイって言われるかもしれない。でも、蘭ちゃんも私の一部だから、あの子の意見も取り入れたい。
それで、そんな自分のキャラが愛されたら、アイドルになった意味ができる、よねっ!
ふーん、と相づちを打った桔梗さんは頬杖をついて、いぶかしげにさらに質問を続けた。
「それってどんな星? 惑星? 星雲? 何光年離れてるって設定?」
「せ、設定って言わないでくださいっ! えっと、お星さまはお星さまで、その、たくさんのユニコーンが住んでて、お空はいつも紫色の夜空で、天の川で輝いてて、だから、えーっと……」
あわわっ、重箱の隅をつつかれたカンジ……!
ファンタジーでメルヘンな星でも、設定はちゃんと細かく考えたほうがよかったかな……
「わかったわかった、ごめんって」
「ううっ……私こそごめんなさい。これじゃただのイタイ子ですよね」
「別にいんじゃね? アイドルなら許されるっしょ」
「アイドル、なら……
……私、アイドルになれた、んですよね……?」
未だに実感がなくて、でもこうして大手事務所から招かれて、「ようこそ」と歓迎されて……まるで、夢みたいな気分。
「えへへ……私が、アイドル……」
今度こそ堂々と好きなものを『好き』って言える、かわいいものに囲まれる、楽しいことが続く!
そう思うとワクワクしてきたっ! やっぱり夢の世界から戻ってよかったな、なんて思ったり。
「失礼しますっ!
今日からお世話になりますっ、沙咲サクラといいます、よろしくお願いしますっ!!」
「は、はひっ、よろしゅくおねがいしゅましゅっ!」
わあんっ、ボケっとしてたっすみませんっ!
……と思ったけど、入ってきたのはツインテールの元気な印象の子。
もしかして……桔梗さんと同じ、オーディションの合格者!?
「ああ、アンタも受かったんだ。どーも」
「あの、お二人って」
「そ、アンタの3番前のラップ見せたギャルがあーし。桔梗貴楽でっす、どーぞよろしくぅ」
ニカ、と歯を見せてはにかみ腰に手を当てもう片方でピースをする桔梗さん。桔梗さん、やっぱりカッコいいなあ。男の子の時の私よりも。
「えへへ、かんじゃって恥ずかしい……えっと、私は夢中蘭香、です!」
ぺこ、と小さくおじぎをして自己紹介をする。人見知りがちなので声がちっちゃくなりそうだけど、彼女くらい元気にあいさつすることができた。
「ここの人が来る前に自己紹介しちゃいましたね~」
「まー手間省けてイイじゃん? つか向こうが遅えんだし、余裕もって30分くらい前には来いっての」
「桔梗さん、一番早くに来てたんですよ~」
「えっ、そうなんですか!?」
だからきっと、根はマジメな子なのかも。思ったよりも怖くなさそうだしっ!
「キラでいいよ。同期になるんだから堅苦しいのはナシっしょ?
で、二人はアイドルになったら何やんの?」
「私は……今は分からないけど、きっと続けていくうちに……新しい夢が見つかると思うんです。だって、アイドルって夢をプレゼントするお仕事ですから、いつか自分の夢に気付けますよね」
やりたいこと第一位がアイドルだから、もうかなっちゃった。でも夢はまだっ始まったばかりだから……
アイドルだからできることがあったら、み~んなやりたいっ! 今の自分ならなんでもできる気がするんだっ!
「マジそれ。けどまあ、カワイイアンタらがいるワケだしあーしはなんとなく、かな? 人気アイドルとかに会えたら自覚できっかもね」
人気アイドル……学校ではよく見かけるけど、いつか叶くんと共演できたらいいなぁ。なんて……
「サクラは……」
「すっみませーん! 前の仕事が押しててギリギリになっちゃいましたーッ!」
サクラちゃんが答える前に、ドアがバンッ! と勢いよく開いた。
わっ、わーっ! ……って、いきなり来るのは二回目だからいちいち驚かなくてもいいよ。
突然現れたのは、明るい茶髪にウェーブをかけたお姉さん。今の時刻は集合時間の3分前。全然遅れてもいないのに、「すみません」だなんて。
メイクが濃くて芸能人みたいな風貌で、スーツの中のブラウスが淡いピンクでかわいい。ジャケットにつけている花のブローチはちょうちょが舞うような花びらにおしべとめしべが天に伸びている、クレオメの花みたい。
花言葉は『あなたの姿に酔いしれる』とか、『秘密』とか……オシャレでかわいいなあ。
懐から名刺入れを取り出したので、慌てて立ち上がる。きっと名刺を差し出すんだ。
「皆さまが今回のオーディションで選ばれたお三方ですねッ! ワタクシ、『ワンデイドリーミングプロダクション』のマネージャーを務めております
どうぞどうぞ! と両手で名刺を私たちに差し出す。サクラちゃんくらい元気にあふれてる人だ。これくらい大きな声を出せたらなぁ。
いただいた名刺を確認する。あっ、名刺にある花の絵がマネージャーさんのスーツに飾られている花のブローチと同じだ!
「あっ、クレオメですね。ステキです~!」
「あら、夢中さんはお花にも詳しいんですね! 素晴らしい!」
えへへ、花言葉を調べてるうちに詳しくなったんだ。
咲く花ごとにメッセージがこめられてて、ロマンチックだよね……!
「たぶんウチらの中じゃ一番女子力高いんじゃん?」
「えへへ……それほどでもないですよ~」
女子力が高い、と言われて、やっと私は『女の子なんだ』って強く思えた。
でも、言ってしまえば、本来の体は男の子で、こうしてウソをついてるような見た目でアイドルデビューするのは後ろめたいことなんだ。
サクラちゃんはなにもごまかしてないようなカワイイ顔立ちだし、貴楽ちゃんは自分に合うメイクを色から分かってて、自分の良さを引き立たせてる。
その点、私の堂々と自慢できるポイントの無さといったら……
本当になんで、『私』なんかが合格したんだろう。
私はなんとか、ネックレスをつけると変身できるけれどそれさえなかったらただの『自分を女の子だと思い込んでる男の子』だよ。こんな自分、おかしいよ。
あまりにも、自分はウソつき過ぎると思ったよ。
……いけない。アイドルになってるのは『川中蘭太』じゃない。『夢中蘭香』だ。ようやくなりたい自分になれたんだ、胸張っていかなきゃ!
「花言葉は『秘密』」
ドキッ、とした。そう、この花はそうだって聞いたことがある。
マネージャーさん、どんな意味で言ったの?
……私が『秘密』を隠し持ってるなんて、知らないよね……?
「もしも悩んでることがありましたら、その名刺に書いてある電話番号にかけてくださいッ! 絶対に『ヒミツ』にします、ワタクシとアナタ方だけの約束ですよッ!」
「ああ、そういうこと。プライバシー保持の誓いってことね」
「そゆことです! さすが桔梗さん、難しい言葉をご存じですね!」
「なるほど~! それでは、スマホにマネージャーさんの電話番号を登録しますね~」
「そーだっ、せっかくだしお互いの連絡先も登録しよっ! トークアプリもいい?」
「ラッ……そ、それは」
だめだめ、絶対にだめっ! アプリだと連絡先を交換したら登録名が自動的に向こうのスマホに表示されちゃうっ!
私、登録名は本名なのっ! 川中蘭太なのっ!
アカウントを知ってる人たちにバレちゃうから、アカウント名は変えられない。かといって、この二人に本名を教えるのも……
「また今度でいいですかぁ……? 今回は電話番号とメアドだけってことで~」
そうそう、そっちならまだごまかしが効く。
二人は、私は『夢中蘭香』が本名だと思ってるから……!
……あれっ? 貴楽ちゃんも教えられないの……?
「そ、そーだねっ、また今度にしよっか!」
「どうやら自己紹介も済んでるようですし、このままお話を進めてもいいかしら?」
貴楽ちゃんが名刺をギラギラにデコった名刺入れにしまい、「どーぞ」と返事をする。すごい、名刺入れも自分でデコったのかな……!
「えー、お三方に集まっていただいたのはですね……
三人で、アイドルユニットを組んでもらうことになったからですッ!」
……えっ?
こ、この二人と……?
こ、この年上っぽそうな女の子と~~~!?
へんしんっ☆ツボミブルーミン! 唐沢 由揚 @yak_krsw
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