2-4.暗闇の予兆

 それから聖ミスティコ女学院に入学した。中学生になっても、お稽古の日々は続いた。すべて立派な女性になるために必要だって。

 お母様には、私に家を継ぐ道を用意していると言われた。『シシオスタイル』はおじいさまの代から続く世襲制なので、次期社長はすでに一人娘である私だと決定されている。

 結局お母様は、私の将来に私の意志を取り込むつもりはないのだ。


「ママの会社とか言ってたけど……まりっち、そんなスゴいトコの社長娘なんだ」

「隠しててごめんなさい……」

「なんで謝るの、そりゃ隠したくもなるっしょ? そーゆうしがらみから逃げたくて、ここに来たんでしょ?」

 あーちゃんとはたまに、あの時出会った公園のドームで会ってる。もちろんこのことを知ってるのは私とあーちゃんだけ。

 彼女も、やりたかったはずのモデル活動が自分の思うようにいかなくて悩んでいるらしい。

 最近ギャルファッションを中心とした雑誌の休刊が続き、ついに数か月前をもって、あーちゃんの専属した雑誌も最終号を発行した。今のあーちゃんの立場は、友人のモデル仕事の手伝いをしているものの無職も同然らしい。

 立場や年齢は違うけれど、やはり似ている。でも、私にはあーちゃんのほうが深刻だと思う。

「……あーしはさ、自分の『好き』を発信したくて読モになったり、インスタで自撮り上げたりしてたワケよ」

 あーちゃんや友人と話していくうちに、現代の言葉を覚えるようになった。

「たくさんの子がイイネしてくれたり、その子が似たファッションをしてくれるのも嬉しいし、まるであーしがムーブメント起こしてるみたいで、チョー気持ちいいんだよね。みんながさ、あーしのセンスをうらやんでんだよ」

「私も、あーちゃんのファッション大好きです。今は見ることしかできないけど……いつか、あーちゃんみたいになりたいです」

「そーそー。みんなそー言うんだ。

 ……それってさ、ハッピーなことなんだって、思ってたんだよ」

 あーちゃんはキレイにデコられた金色の長い爪で、地面にぐるぐると円を描く。

 せっかくの爪が汚れる、と言おうと顔を上げる。

 ……いつも金色に光ってたあーちゃんの目が、カラコンを外しているからか黒くよどんで見えた。

 まるで絶望に打ちひしがれるような重たさを帯びていて、言葉が出てこない。

「あーし以外のコが流行って、そっちに流れてったコが流れず留まってくれたコをたたき上げて……対立が起きたワケ」

「そんな、どうしてですか!?」

「『あーちゃんはもう古い』って。

 自分らが飽きたってだけなのに、もうあーしが流行遅れだと思ってるらしーよ」

 まるで、あーちゃんをお洋服のように見ている。

 人は誰だって新しいものを追いたい。でもこの世の中、スマホで得られる情報が多様化して、両手じゃ抱えきれないくらいの流行りが増えていく。同時に、廃りも比例するように増える一方。だから、飽きたら捨てる。着すぎて飽きたから、新しいお洋服を求める。

 あーちゃんは……あーちゃんはギャルのアイコンだったはずなのに。どうして、全員から愛されないの? どうして対立しなきゃいけないの?

「ギャルって……

 派手で自分らしい格好をしてみんなで目立ちたいんじゃないんですか!? そこに敵なんてできないはずなんでしょう!?」

「仲間意識が働くとね、自然とそーなっちゃうっぽいね……

 流行る、盛り上がる、みんながあーしに合わせる、けれどそれが長く続くとは限らない。

 平家物語って知ってる?」

「えっ……ええ、もちろん」

 あーちゃんからそんな言葉が出てきたのにビックリだ。

「『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし』……どうあがいても、あーしは永遠にギャルのアイコンになれないんだよ。

 もう、世代交代の時……なのかな。いや、もう……

 ギャルの衰退期、的な」

 ……ギャル雑誌の続々の休刊。少子化による若者の減少。マナー悪化によるイメージの低下。たとえイメージを回復しようにも、その場合は保守的にならざるを得ない。

 もう、あーちゃんの一番楽しかったギャルの時代に戻すことも、戻ることもできなくなったのだ。

「そんな悲しい顔しないでよ、あーしはゼンゼンヘーキだよ」

 悲しい目で言われても、こっちも悲しくなるだけだ。

「そんでね、あーし、クラブで出会った知り合いに声かけられてさ」

 クラブ……社交クラブ、というよりアメリカなどで流行しているディスコのような雰囲気のものだと聞いたことがある。

 まだあーちゃん達のような雰囲気に慣れておらず、未知の領域ということもあって多少何事かと恐ろしくなった。

 予想に反して、あーちゃんはにかっとはにかんでピースサインを見せた。

「このたび、ラッパーとしてデビューすることになる……かも!」

 ラッパー!? つまり、ラップをするアーティスト、ということですか?

 確かに、女性のラッパーさんはみなあーちゃんみたいな派手な雰囲気はしてますが……

「……本当に、なりたいことなんですか?」

 ピースして立てた人差し指の長い爪が、先ほど地面に落書きしたことで少々欠けていた。

 痛いところを突かれたのか、そのピースをする力が弱くなる。

 私に顔色を窺われたくないのかキャップで顔を伏せながら真正面を向いて、おかしげに大きめの声で話した。

「元々ヒップホップ聴いてたからさ、あーしにも歌えるチャンスが来たワケ! チョーカッコイイよ、ラップ。アレが一番バイブスアガるし」

 好きなことを話しているのに、ばさばさのまつ毛が伏せた目は見ていて切ない。

 きっと、ファンの前では常に明るくいたい性分なのだろう。アイコンとされてたから……弱音が吐けない。

 本当はどう思ってるんですか。彼女の本音を知りたくて、彼女との距離を詰めた。

 じっとまっすぐ、まつエクもつけまもつけてないまつげのまま、あーちゃんの瞳を見つめる。

 ……やっぱり、強がってて、悲しい色で揺れている。

「……確かに、ギャルモデルとしてずっと雑誌に載っていたかったけどさ……もう活躍の場が狭まったし、SNSじゃ呼吸しづらいし……

 ホームグラウンドを変えるなら、生き方も変えなきゃなんだよ。熱帯魚が北極の海で泳げねっしょ?」

 ぐ、と彼女のこぶしを握る力が強まる。

 あの時もそうだった。雑誌の関係者の方ともめたって。雑誌の求めるものと、自分の求めるものがすれ違っていく。

 雑誌は基本的に発信のための媒体だ。だから編集者は読者の需要をリサーチして、それを基に雑誌を編集し、発行する。強大な力を持っていたはずのあーちゃんでも、他のモデルが彼女より人気になれば、ギャルのアイコン……代表といえる人物も交代される形になる。

 玉座を降りたあーちゃんは、ただのギャルの一人となってしまったのか。あの時見ていたのは、もはや過去のものとなってしまったのだろうか。

 『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』……たとえどんな名将も、朽ちる時が訪れる。千年ほど前に作られたと言われる古典だが、その常識は今でも通じる。

 スマートフォンだって、私が幼いころにようやく普及したんだ。その前は折り畳みの携帯電話が主流だったと聞く。

 生きることができないのなら、自滅するか、もしくは生き方を変えるか。両者しか選択肢がない。

 その生き方も、自分の望む生き方に進むとは限らない。私だって敷かれたレールの上を走るようにと説かれたのだから。

「……あーちゃん。今はきっと苦しい時かもしれませんけど、私はずっと、あーちゃんの味方ですからね」

「……ありがと。みんなあーしから離れてっちゃうからさ、そう言われるとなんか……心にきちゃうな……」

 ぐすん、と小さく鼻をすする。声もわずかに震えている。

 ……あの時とは真逆だ。あーちゃんの我慢が、もう限界を越えたんだ。

「あーし……自分の好きなの着て、自分を表現したかったよ……」

「あーちゃん……」

 あの時のように、あーちゃんの背中を優しくさすった。

 今の私はまだ小さくて、力もない。泣きじゃくるあーちゃんをどうにかすることもできない。

 そんな自分が、うらめしかった。


 ……数か月後に、あーちゃんがラップを歌ったCDを出した。売れ行きはまずまずで、次のCDを出せるかどうかは怪しいらしい。

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